題:1
「起きてください、起きてください!」
断続的に撹拌される脳髄。肩を強く掴んだ何者かが身体と覚醒したばかりの意識を激しく揺動してされている。必死さは伝わってくるが、あまりにも乱雑な振動。に振られているが故、次第に気分が悪くなってきた。
「……分かった、分かった!今起きる」
肩に乗せられた硬い手を掴み、倦怠感の残る鈍重な瞼を開く。危うく脳震盪でリタイアさせられるところだった。僕の身体を揺らしていたのは赤茶色の髪をした高校生ほどの青年。まだ無邪気さの残る彼は目覚めた僕を見て安堵へと表情を変える。目の前で安心されるのは癪に障るが、ここで悪態をついていても仕方がない。
「大丈夫ッスか⁉」
「まぁ、動けなくはないな。……ここは何処だ?」
今回のゲームもなかなか特殊な状況からスタートするようだ。電球一つで照らされた薄暗い部屋の中には僕と彼の他に六人。壁に背を付いたままこちらの様子を伺っている細身な灰色のパーカーを着た青年、部屋の隅でしゃがんだまま震えている制服姿の少女、その隣で眠るライダースーツの女。そして、見るからに育ちの悪そうな金髪の青年二人と少女が胡坐をかいて談笑している。その中の一人は冬だというのに肌が黒く焼けていた。馬鹿馬鹿しい、どうしてそんなことに金を使えるのか。
一瞥した限り、最後の方まで生き残りそうなのは三人も居ないだろう。
「わかんないス……ドアも鍵が必要みたいですし、壁もなんか変ッス」
「壁が?」
横開きのドアの横に付いている鍵穴に興味は無い。どうせ開かないのだから。青年の言う違和感を探そうと壁に近づくと、不健康そうな顔をした眼鏡の男が映った。思わず声を上げそうになるが、その正体に気付いて悲鳴を呑み込んだ。
この壁は光を反射する鏡、またはガラスで出来ているらしい。いつの間に僕はこんなに生活を心配されそうな顔になっていたのだろうか。それよりも、このガラスの向こう側には何が広がっているのかの方が余程大切だった。義父さんからゲームの内容は聞いていない。これは僕自身の意志で、不注意でプレイヤー側に情報を流してしまう可能性があるからだ。義父さんも僕を信頼してくれているのか、それに関しては何も言ってこない。
「なぁ、何か照らせるものを持っていないか?」
壁を照らそうと青年に催促するが、生憎今回も無事に余計な荷物を全て預かられているようだった。
「恐怖じゃなくて探索なんだ。君、不健康そうに見えて案外生に貪欲だったりする?」
煽るような発言に振り向くとフードの青年がこちらを向いていた。
やはり僕は不健康に見えるらしい。そして、それ以上に今の発言は僕の立場を危うくしていた。そもそも僕がこういう事態に慣れているが故に冷静に部屋の検分などをしているが、本来なら青年や少女のように慌てふためいていてもおかしくはない。傍から見れば僕は不審人物だろう。
「初対面で貪欲呼ばわりとは失礼だな。何も分からない場所で目覚めたら誰でも驚くだろう。これでも一応驚いたんだ。だが、僕も一緒に戸惑っている訳にもいかないだろう。そういう君こそ随分と落ち着いているようだが、こういう環境に巻き込まれるのは慣れているのか?それとも、連れて来た僕らを監視する役割か?」
あまり目立ちたくはないが、疑われたままよりかはよっぽどマシだ。
「監視ね……。それに関しては僕ら二人ともに可能性があるよ。あとは疑心暗鬼を誘発させる役割、とかね」
一触即発の僕らを見兼ねたのか、視界に青年が割り込み、互いの姿を隠す。口論の仲裁をするには相手の姿を視界から外すのが一番いい。その場を収めるだけならば。この青年は仲裁する立場の勝手が分かっているようだった。
「英琉さんッ!起きたばっかりなんですよ!何で疑うようなこと言うんスか!貴方も乗せられて反論しちゃ駄目ッス!」
喧嘩両成敗というわけか。全く、善い人間過ぎて哀しくなる。だが、ここでは人の良さは何の足しにならない。むしろ、攻略を阻む邪魔な足枷となる。
いかにも性善説に納得させられたかのように「そうだな」と言って一歩下がると、仲裁者の彼もうんうんと頷いて引き下がった。その時、僕は初めて彼女と視線を交わした。『凛』の一文字を思わせる切れ長の瞳がよこす猜疑心たっぷりの重い視線と僕が送る威嚇も含む鋭い視線がぶつかる。今回は役立たずの演技は必要なさそうだ。
「井佐波英琉……だったか?史上最年少で臨床心理士の資格を有した天才でありながら、家族の情報が悉く存在しない謎多き少女ということで暫く色んな雑誌から追いかけ回されていたようだが、今は大分落ち着いているみたいだな」
心理学の知識を使われてしまっては僕の嘘など赤子の手を捻るように見抜かれてしまうだろう。当の本人も個人情報を目の前で開示されたというのに一切の怯みなく反論の一手を打って見せた。
「ほぅ、三年も前の事なのに良く知っているね。君は色んな分野の情報に詳しいみたいだ。『|Knowledge is power《知識は力》』とはいうけれど、よっぽど自分の身が大事なんだ」
再び訪れた剣呑な雰囲気に青年が冷や汗を搔き始めたところで僕は止めておくことにした。これでは事態が一向に進まない。このゲームをさっさと進行させねば。その時、スピーカーがジジ……と雑音を立てた。