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人間という生物はまさに小石だ。何の特別性もない。六十億という数の有象無象が地球という限られた大地にひしめき合っている。僅かに生まれる意志も生存本能の前では無力。生という永劫の奔流にただただ溺れ、真実を失っていく。欺瞞に覆われた生など誰が望もうか。今こそ、革新の時。
僕という人間には何も無かった。しかし、ある事件に僕の凡人としての生は奪われてしまう。そして、僕を孤独から救ってくれた人は、共に世界を変えよう、と笑いかけてくれた。その時から僕の生き方はもう決まっていた。従おう。ずっと、ずっと。これからも、ずっと。義父さんの、偉大な目的のために。
……今回も僕の役割は【裏切者】だ。
質素なカーテンを閉め、光に惑わされる騒々しい街と自身を隔絶する。僕は決して、惑わない。壁際にぽつりと置かれた鏡が僕の頼りにならない体を映し出す。黒いダッフルコートに紺のジーンズ。冬場の一般人の服装としては何の問題もないだろう。だが、踏み折られた枝に似た細い腕はおよそ常人のものではない。
「今度こそ、僕は義父さんに認められる」
空虚な部屋の中でベッドに腰掛けた僕は睡眠薬の錠剤を水と共に飲み込んだ。プラスチックのコップが僕の手から離れ、床に転がる。プラスチックのコップを拾い、艶美な銀の流し台に置いたころには既に意識は朦朧とし始め、倒れ込むようにベッドへと身を任せる。大学からの帰り際、人気の無い路地で連れ去られた一般人に擬態した僕は本能に抗うことなく瞳を閉じた。
まだ見ぬ君たちへ、僕は心から君たちの全滅を願う。