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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
獣人の国シルメア編
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勝利の後、ひとときの余韻

 最前線で戦闘していたアルジュラと狼騎兵ルプリオスは、部隊をまとめて隊列を組みなおしているところだった。


「敵軍は全軍退いていきましたが、追撃はなさいますか?」


イゼルがアルジュラに問う。


「やめておこう。敵軍は壊走したというよりは、組織的に退いていったように見えた。撤退の俊敏から察するに、敵騎兵の練度もなかなかのものだよ。一旦仕切りなおして私達を迎撃するつもりなのだろう」


「私もそのように見えました。形勢不利と見て即撤退を選んだ敵指揮官も、なかなかやり手ですね。今日のところはここまででしょう」


「そうだな。戦闘終了だ。皆よくやってくれた。王都に帰還しよう」


 こうしてシルメア軍と帝国軍の初めての戦闘は終結した。あたりを見渡すと、おびたたしい数の帝国軍の死体が横たわっている。おそらく数百に及ぶであろう帝国騎兵が、アルジュラの部隊に討ち取られていた。一方、狼騎兵ルプリオスの損害は軽微で、十数名の負傷者が後方に下がったのみである。戦闘の結果だけみれば、シルメアの完全勝利だ。随伴した歩兵部隊は一切の戦闘の機会すらなかった。とはいえ歩兵の存在が帝国軍の包囲攻撃を躊躇させたのも事実であり、勝利に貢献していたと言って良い。


 王都に凱旋した軍には、ひとときの勝利の安堵が訪れた。喉元に迫る帝国軍を撃退したという事実は、国家指導者達や市民たちを大いに勇気付けた。しかしまだ帝国軍との戦いは始まったばかりなのだ。事実、国境内には敵の本軍である歩兵大隊が、刻一刻と王都に迫っているのである。さらなる大規模な戦闘は避けられないことは、僕にも容易に理解できた。勝利の余韻に浸るまもなく、シルメアに次なる戦火が降りかかるのであった。





 僕は今日、戦争を身近に経験した。人種が異なるとはいえ、人と獣人同士で大規模な殺し合いが行われたのだ。これまで平和な世界に生きていた僕にとって、その光景は凄惨であった。しかし一方で、自分の描いた戦争が勝利に導かれたことに、心の高揚感を覚えていた。自分が守りたいと言った人達の役に立てたのだ。今まで誰かのために必死になったことのなかった自分にとって、そのような実感は初めての経験になった。もっとも戦闘が始まれば、自分は後方に控えていただけに過ぎなかったが。


「よろしいですか?ナガト様」


部屋をノックする音が聞こえる。リリアスの声のようだ。


「どうぞ」


リリアスを部屋に招き入れる。


「本日はお疲れ様でした。ナガト様の作戦のおかげで、勝利することができました。味方の損害もほとんどなかったようです。一方で敵の騎兵は大きく戦力を減らしたようです。まずは一歩、状況が良くなりましたね」


リリアスは普段通り上品な表情だが、声は少し嬉しそうだ。シルメアの初陣の勝利に、心は踊っているのかもしれない。


「僕は大したことはしていませんよ。戦闘が始まってからはほとんど見ていただけですし、シルメアの皆さんが国を守るために戦ったお陰です。特にアルジュラ様の部隊ですよね。将軍が女性なのにあんなに強いなんて、びっくりしましたよ」


勝利を決定的にしたのは、紛れもなくアルジュラの部隊が敵の前衛を粉砕したからだろう。先陣を切って獅子奮迅の戦いを見せたアルジュラは、見惚れるほどの槍捌きで敵兵を次々と討っていった。あそこまで強力な部隊がいるなら、細かい作戦は本当に必要なかったかもしれないな。


「アルジュラ様は、私が幼少の頃から面倒をみてくれている姉のような方です。お城にいるときは、本当に美人でおしとやかで頼れるお姉様なんですよ」


「小さい頃からお付き合いがあるんですね。いわれてみれば、ここぞってときに気が強いところなんか似ているような」


「そういうところも尊敬していますから。男が言うことを聞かないときは、ぶん殴って従わせろと教わりました」


「それは物騒なことですね……」


 今後は何があっても、リリアスに異を唱えるのは止めておこう。その後もリリアスとしばらく会話をした。主にこのシルメアについてもっと知りたいと思った僕は、色々な質問をリリアスにしてみた。この国にいる獣人の種族についてや、王都以外の都市について、それに文化や伝統などについてだ。リリアスは僕がシルメアのことを積極的に知ろうとする態度は、リリアスにも好意的にとらえてもらえたようだ。


「今までナガト様が会ってきた獣人は、どちらかというと人の特徴が濃い方々ですよね。でも逆にほとんど獣の特徴が濃くて、二本足で歩く以外は共通点がないような獣人もいるんですよ。お父様が比較的それに近いですね」


「シルメアは国土が広大で、王都以南の土地はほとんど山林におおわれています。山林にも小規模な集落がございまして、先ほど申し上げたより獣に近い獣人が主に暮らしています。逆に王都から国境側には平野が多いですね。農耕を生業とした村がいくつか存在します。今のところ村が帝国軍に襲撃されたという報はきておりませんが、戦争が長期化すれば村が略奪される危険もあります。早急に手を打たなければいけませんね」


「戦争の危機にナガト様を召還してしまった私が言うのも変な話ですが、ナガト様には是非とも平和なこの国を体験していただきたいですね。毎年この時期には、豊作を祈る祭事が王都で開かれるんです。国内の諸侯も王都に集まって、食事をし、酒を飲み、交流を深めていくんです。とっても楽しいですよ」


リリアスは嬉しそうにシルメアの話を僕に語っていった。話を聞けば聞くほど、戦争を早く終わらせたいという気持ちが溢れてきた。


「戦争が終わったら、この国の魅力を隅々まで案内してくださいね」


「ええ、喜んで」


僕の要望に、リリアスは快く返事をくれた。


「夜分に失礼しました。そろそろお暇しますね。明日あらためて作戦会議がございますが、お父様から、ナガト様も是非出席してほしいとのことです。それまでゆっくりお休みくださいませ」


リリアスはお辞儀をして僕の部屋を後にした。気がつけば夜もふけていた。明日のために今日は十分に休んでおいたほうが良いだろう。僕は床につき、本日の戦いを思い出しながら眠りについた。


シルメアはひとときの勝利を得る。一方、帝国軍の逆襲の手立ては……次回に続きます

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