獣人の姫と共に
この声は、リリアスだ。
「大丈夫ですよ。どうぞ」
「失礼しますね」
僕はリリアスを部屋に招き入れた。
「ナガト様、今日は来賓の方々も大いに楽しんでいただけていました。何から何まで、お世話になりっぱなしですね」
「ありがとうございます。しかしさすがに、疲れてしまいました……」
リリアスはいつも僕が疲弊しきったタイミングで現れ、僕をねぎらってくれる。
「お疲れの所申し訳ありません。ですが大切なお話を伺おうと思ってまいりました。少々お時間をよろしいですか?」
大切な話とは? 一体何のことだろう。
「かまいませんよ。リリアス様と二人でお話する分には、むしろ疲れが消えていくようです。どうぞお気遣いなく」
「ありがとうございます。では……」
僕とリリアスは机に向き合って座った。
「ナガト様は……今後はどうなさるのですか?」
なるほど。たしかに極めて重要な質問だ。
「実は僕もそのことについて、いろいろ考えを巡らせていました。僕は異国の人間です。シルメアの国難を乗り越えるために、僕はリリアス様に招かれました。その危機が去った今、元の国に戻るというのが筋なのですが……」
こういったものの、具体的に帰る手段は未だ分からない。それよりも、僕のこの発言にリリアスの表情が曇っているようだ。
「ですがまだ、僕はリリアス様との約束をすべて果たしていません」
「約束、ですか?」
「はい。戦争が終わったら、シルメアの文化や伝統、情景、はてはこの世界の隅々まで案内してもらうというお話でしたね」
「いつぞやの夜に申し上げたお話を、覚えていてくださったのですね……」
リリアスの目から、感涙がこぼれている。
「ですのでこれからは……リリアス様の従者として一緒にこの世界をみてまわりたいと思っています。どうでしょうか?」
「とても……嬉しいです! でしたら早速なのですが、ナガト様に来ていただきたい場所があります」
リリアスはそう言って、僕を部屋の外へ連れ出す。部屋を出るだけかと思われたが、城を出て、ついに城門のところまできた。
「この子に一緒に乗っていきましょう」
リリアスが乗ったのは、狼騎兵の騎乗する狼だ。リリアスが後ろに乗れと言っているが、乗馬の経験すらない僕に果たして乗れるのだろうか? その心配はすぐに現実となった。
「リ、リリアス様! 怖いです! 無理です!」
狼への騎乗は、想像よりはるかに振動が激しく、少しでも気をぬくと振り落とされそうになる。アルジュラたちはこれをいとも簡単に乗りこなしていたというのか。つくづく凄い方たちだ。
「しっかりつかまっておいてくださいね!」
僕はリリアスの胴を絶対に離さないように、しっかりと抱きしめていた。男女の関係としてはすごく良い雰囲気なのだろうが、そのような気分に浸れる余裕は僕にはなかった。
「着きました。こちらです」
リリアスの案内でたどり着いたところは、王都リラの北西にあたる丘陵地の頂上であった。そこからは王都リラやその前に広がるアレス平野、その向こうにはイーリスの丘と、シルメアの景色が一望できた。空を見上げると、時刻はとうに日没を過ぎていたので、満天の星々が広がっていた。
「いかかですか? ナガト様」
「すごく綺麗ですね……」
あまりの情景に、僕はそれ以上の言葉を失っていた。この景色は皆が国のために戦って守った景色なのだと思うと、感慨深い。
「さすがはリリアス様、素敵な場所を知っておいでですね」
「ここはアルジュラが昔教えてくれた場所なのです。好意をもった殿方に接するのに良い場所だと……」
「へえ……アルジュラ様は戦ってばかりいるイメージですけど、そのような指南もしてくれるのですね」
「私にとって姉のような方ですから。でもアルジュラは『伴侶にするなら私より強くないとだめだ』と言っていました。もうその時点で、シルメアに候補者なんかいませんよね」
「アルジュラ様らしいですね」
この話も興味深い話だが、先ほどさらに重要なことを言わなかっただろうか。好意を持った殿方と過ごす場所……つまり……? もはやリリアスの顔は僕の目の前だ。頬を赤らめた彼女から、その一言が発せられた。
「ナガト様、私は貴方を……お慕い申し上げております」
聞き間違いではない。たしかにリリアスの口から発せられた言葉だ。どうしよう。僕の心は決まっているのに、全然気の利いた返事が思い浮かばない。よく考えよう。この状況であれば、どう転んでも気まずくなることはあるまい。まずは相手の目を見て……
「ナガト様、難しく考えすぎです!」
まいったな、何もかも先に言われてしまった。僕はリリアスの身体を何も言わずに、無言で抱きしめた。
「あのイクリペルの時のように、これからも私を守ってくださいね」
「もちろんです。リリアス様……」
そのまましばらく時が流れる。僕にとって、国のこと、戦争のこと、すべてから解放されて、ただ一人の女性と向き合っていられる、やっと訪れた至福の時間だった。
「……でもナガト様、やっぱり剣はきちんと振れるようになってもらわないと困ります!」
「ははは、痛いところを突きますね。明日から訓練に励みます」
これからも獣人の姫と共に歩む天城ナガトの旅は続く。彼らが勝ち取った平和な世界を、隅々まで見てまわるために。
獣人の国シルメア史には、異国より招かれたごく普通の青年によって、救国がなされたことが記されることになる……
『何の特殊技能もない一般人が軍師となって国を救う! 獣人の姫と歩む本格異世界戦記』
~完結~
長らくご愛読ありがとうございました。「何の特殊技能もない一般人が軍師となって国を救う! 獣人の姫と歩む本格異世界戦記」これにて完結です。
皆様のご支援により、無事執筆を終えることができましたことを感謝申し上げます。また、ぜひご評価、ご感想等いただけますと、作者の励みとなりますので幸いでございます。
読者・投稿者の皆様のご多幸をお祈りしております。
大和ムサシ




