ランディア大平原の決戦 鳴動する巨人兵
「メルフェト様、もうここはもちません。脱出なさってください! 私が時間を稼ぎます」
アルフォンはメルフェトに単独での脱出を進言した。
「なんだと? 貴公の勇気は評するが……奴らを相手に時間を稼ぐことなどできるのか?」
「保証はできませんが、一矢報いられるかもしれません。命あれば……またメルフェト様にお仕えできればと思います……」
「アルフォン……貴公は犠牲になるつもりか?」
「私は武人ではありませんので、主君の盾にというつもりではありませんが……研究者として、最後の可能性をお示しできればと存じます」
「いいだろう……ここは任せる。私もイクリペルから攻撃の準備をする。魔道旅団はまだ終わってないところを奴らに見せてくれよう……」
メルフェトとの会話を最後に、アルフォンは自軍の物資班の中に姿を消す。メルフェトはアルフォンの言葉に従い、本陣を後にして帝都ベルザへ撤退を開始した。
「総大将が逃げるつもりか? 逃がさんよ!追撃だ!」
ケイレスが騎兵に追撃を命じたそのとき、その間に巨大な人造兵が立ちふさがった。
「こいつは、人造兵!? しかし、何という大きさだ。他の人造兵の2倍の大きさはあるぞ!」
「戦としては負けだが……貴公らにはここで死んでいただく! メルフェト様のために!」
巨大な人造兵は拳を振るい、一瞬にして数騎の騎兵を打ち払った。
「なんという破壊力だ! まともに戦ってはいられんな。ジェノン君、一時後退だ!」
ケイレスとジェノンの騎兵隊は、巨大な人造兵になすすべなく一時後退する。そしてその様子は、本陣守備隊と交戦していたアルジュラたちの目にも留まることになる。
「帝国軍はまたしても規格外なものを出してきたな」
「友軍は後退したようです。私たちもあれを撃破する手立てがありません。一旦下がるべきかと存じます」
「仕方あるまい。狼騎兵転進! それから、本陣にも伝令を。巨大な人造兵が出現したと、ナガト殿に伝えるのだ。」
アルジュラもイゼルもケイレス達が後退するのに合わせて攻撃を中止し、メルフェト軍本陣を離脱した。本陣に迫る敵を一掃したアルフォンは、帝国軍兵士に指示を出す。
「各自持ち場にて奮戦せよ! 反撃の機会はこのアルフォンがつくる!」
「この声は、アルフォン様? しかしどこから? あの人造兵から聞こえてきたように思えたが……」
帝国軍兵士が聞いた声は、聞き間違いではなかった。アルフォンは先のウルガルナ戦において、人造兵の課題は魔力切れであると理解した。アルフォンはウルガルナ産のミリス鉱を入手し、人造兵の材質に用いることでそれを解決しようとしていたが、その目的は達成されなかった。そこで苦肉の策として講じたのが、魔力の中心である自身が直に人造兵の中に乗り込み、稼働時間を延ばすという方法であった。
そして人間まるまる一人を胴体部に収容するために、人造兵の体格そのものも大型化されていた。大型化を可能にしたのは、内部から直接魔力供給をおこなうことで、より大きな質量の物質を動かすことも可能となっていたからだ。結果的にその攻撃力や、周囲に与える威圧感はさらに向上することとなり、その脅威が今、シルメア軍の前に立ちふさがっていた。
「これが私の切り札、巨大人造兵だ……! このままシルメア軍本陣へ突貫する。兵たちよ、道をあけ、我の後に続け!」
アルフォンはシルメア軍本陣へ狙いを定め、進軍を開始した。
「ナガト様、巨大な人造兵が出現し、こちらに向かってきます!」
「ええ……あまりの大きさですね。すでに視認できました。あの人造兵は……いままでのものとは違いますね」
「こちらの魔鉱人造兵は敵の電撃魔法をうけて沈黙したままです。オルグらの隊が巨大な人造兵の足止めを試みていますが……ことごとく弾かれています!」
「報告ありがとうございます。ヴィラ様、あの人造兵をどうみますか? 単純に巨大なだけとは思えないのですが……」
「魔力の消費量は、動かす物質の質量に比例します。通常の人造兵でも稼働時間が限られるのですから、同じ原理で動いている以上、すぐに魔力切れになるはずです。あるいは別の方法で魔力源を確保しているのでしょうか……」
「後者かもしれませんね。たとえば、魔術師が直接中に入り込んで操作しているとか?」
「その可能性はあると思いまいます。他の人造兵とは違い、その動きに明確な意図を感じます」
「分かりました。中に人間が入っているのであれば、対処のしようがあります」
中に操縦者がいるという前提で、迫りくる巨大な人造兵をもう一度みてみる。なるほど、よく観察すると、胸部から腹部にかけて開閉できそうな隙間がある。さらにところどころに、通常の人造兵にはない穴が散見される。あれは視界を確保するための隙間なのか、あるいは通気口なのかもしれない。
たしかに人間が中に入っているのであれば、気密性の高い装甲で覆うことはできない。中から外の様子が確認できなかったり、中で空気が欠乏したりするわけにはいかないからだ。その点が巨大な人造兵攻略の糸口になりそうだ。
「ヴィラ様、なんとかできるかもしれません。そのためにはエルフ神官隊をお借りしたいです。それから……あの帝国軍魔術師が使用している炎魔法です。ヴィラ様はたしか修得されているのでしたよね。他に炎魔法を使える方はいますか?」
「あまり得手ではありませんが……数名の神官も一応心得ております。しかしあの石の巨人に炎は有効なのでしょうか?」
「勝算はあります。神官兵達を本陣前に並ばせてください。それからヴィラ様たちは、僕の合図で炎魔法を、巨大な人造兵の胸部めがけて撃ってください」
「分かりました。ただちに手配します」
アルフォンの操る巨大人造兵は立ち塞がるシルメア軍兵士を薙ぎ倒しながら猛進し、ついにシルメア軍本陣の眼前に迫った。
「ここまでだな! このまま一気に粉砕してくれる!」
アルフォンは本陣に向けて進軍速度を速めた。
「今です。ヴィラ様、炎魔法を!」
「分かりました。炎魔法!」
ヴィラと数名の神官兵から、巨大人造兵めがけて炎が放たれた。
「炎魔法だと!? ウルガルナの連中がこざかしい真似を! そのような攻撃、我が巨大人造兵に効くものか!」
アルフォンは炎が巨大人造兵の胸部に届く前に、通気口を塞ぎ防御態勢をとった。
「やはり開閉可能になっていましたか」
放たれた炎は内部に籠るアルフォンに届くことなく、その火力を失いつつある。石造りの巨大人造兵には有効打になりそうにない。
「神官兵の皆さん、炎に向けて風魔法を! 魔力の続くかぎり撃ち続けてください!」
「風魔法ですか? わかりました。風魔法にて自由攻撃開始!」
本陣前に並んだ神官兵から、炎がくすぶる人造兵に向けて風魔法が放たれた。ヴィラたちの放った炎は風魔法による大量の酸素供給を受けて、火力を増し、巨大人造兵の周囲を焼き付くすほどの勢いの大火災となっていた。通常は可燃物が尽きてしまうと炎は消えてしまうのだが、前に高位炎魔法の説明を聞いた時に、炎の魔法では魔力を可燃性の物質に変化させて燃えるようにしていると聞いていた。絶え間ない炎は少しずつ人造兵の表面を赤熱させていった。
巨大人造兵の中に籠るアルフォンは石の装甲に炎の効果があるはずがないと思っていたが、徐々に異変に気付く。大火力にさらされ続けることで、巨大人造兵の材質である石の温度がどんどん上昇してきたのである。
「これはまさか……奴らの狙いは!?」
アルフォンが気付いた時には、既に手のうちようがなかった。通気口を解放すれば、外で燃え盛る炎が入り込んでくる。巨大人造兵内の空気は一瞬で燃え尽きてしまうだろう。かといって通気口を閉じたままでは、外の様子を確認すらでず、現状を打破できない。炎で炙られ続けた人造兵の内部温度はぐんぐん上昇し、アルフォンの思考力を奪っていく。
「メルフェト様、どうやらここまでのようです。しかし、時間は稼ぎましたぞ。あとはお任せします……」
ついにアルフォンは意識を失い、巨大人造兵はその可動を停止させた。
「巨大な人造兵、沈黙しました!」
兵士たちから歓声が上がる。燃え盛る炎の中には、赤熱した巨大人造兵が膝をついていた。これほどの炎にさらされ続けたのだ。内部の温度も灼熱の状態になり、もはや生命が生きていけない環境となったのは想像に難くない。巨大人造兵を撃破したことにより、シルメア軍は士気を取り戻した。
他方、メルフェト軍は最後に残った将アルフォンを失い、全体の指揮系統が崩壊していた。各地での戦線は総崩れとなり、勝敗は決したも同然であった。
「ナガト様、敵は戦意を喪失し、敗走しております。我々の勝利かと!」
誰の目からみてもそれは疑いようがなかったが、ふと空を見上げた僕はある違和感に気が付く。
「……雨雲?」
アルフォンが決死の覚悟で繰り出した巨大人造兵を、シルメア軍は魔法の連携で機能停止させる。もはや勝利は揺るぎない状況と思われたが……次回に続きます。




