ランディア大平原の決戦 魔獣と魔狼の烈戦
「ナガト様! 南東方面より大規模な敵増援軍が現れたとのこと! バルディア軍は敵増援を邀撃するべく反転しました。ただ……彼らが抑えていたメルフェト軍左翼はバルディア軍の背後を討たず、こちらに向かってきています! 人造兵も多数確認されているとのこと!」
「ここが正念場ですね。こちらは左の攻勢はそのまま維持! 右からの攻撃には、前線からオルグの隊を引き抜いて対処します。なんとか耐えてください」
バルディア軍の反転に乗じ、メルフェト軍左翼もシルメア軍本陣へ向けて進軍を開始していた。さらにシルメア軍にとって悪い知らせが飛び込んでくる。西の方角からは、イゼルが引き付けていた魔獣兵の群れが迫ってきたのだ。
「まったく、自律行動に任せておけば、本能で獲物を追い回すことしかできぬ。こうして魔力で誘導してやらねばならんとは……まだまだ課題が多いな」
オルトルはイゼルらを追跡していた魔獣兵を魔力で制御し、シルメア本陣へ差し向けてきた。その異形の魔獣をみたシルメア軍兵士たちは、獣人の本能からか底知れぬ恐怖を覚えた。
「尋常ならざる相手のようだ……我々がなんとかしましょう」
魔獣兵に対面したのは、前線から本陣に帰還していたジルヴァら餓狼兵だ。彼らだけが魔獣を前にしてなんとか士気を保っており、決死の形相で魔獣兵を睨みつけている。
「ここは抜かせぬ! 餓狼兵の底力を見せよ!」
「"魔狼"か! ウルガルナでは随分と煮え湯を飲まされたが……今度はこちらの番だ! 非力な犬どもめ! ばらばらにしてくれるわ!」
オルトルは魔獣兵をジルヴァ達にけしかける。傍から見れば怪物同士の血みどろの戦いが幕をあけた。魔獣達の牙が餓狼兵に深く突き刺さる。普通の人間ならばその瞬間に絶命してしまうほどの傷の深さだが、生命力に長けた餓狼兵たちはその攻撃に耐え忍び、魔獣兵に反撃する。餓狼兵の爪は魔獣の肉を切り裂いた。傷口からはどす黒い血液のようなものが噴出する。
「石の人形と違って、攻撃が効かないわけではないな。しかしあの魔獣たちは……やはり痛みがないのか? どれだけ損傷した状態でも戦うことを止めぬ」
「エルフ部隊、弓矢の射撃でジルヴァ将軍の援護を!」
ヴィラの指示で、本陣を守る弓兵たちが魔獣兵に矢を放った。矢は魔獣の巨体を的確に捉えたと思われたが、ほとんどの矢は魔獣の大きな翼に刺さっており、頭部や胴体には届いていなかった。
「なるほど、巨体ゆえ飛行能力はないようだが……その翼は飛び道具を防ぐ盾というわけか!」
魔獣兵は数多の槍や矢が刺さった状態でもその動きを止めず、ジルヴァたちに苛烈な攻撃を加え続けていた。
「目障りな犬どもめ、存外に粘りおる。しかし私の魔獣兵の力は、まだこんなものではないぞ!」
オルトルが魔獣兵に魔力指令を送る。次の瞬間、魔獣兵の口付近が赤く発光し、炎魔法が発射された。エルフ神官兵たちもこの攻撃は予想していなかったため水魔法障壁を展開する余裕もなく、炎はシルメア軍に襲い掛かった。
「なんと!? こやつら……魔法まで扱えるのか!?」
魔獣兵の攻撃になんとか耐えていた餓狼兵も、炎魔法を浴びて明らかに押され始めた。餓狼兵は物理的な攻撃にはきわめて強靭であったが、獣の本性から炎を苦手としていたからだ。
戦闘は本陣から目視できる距離で繰り広げられており、餓狼兵苦戦の様子はナガトらから見ても明らかであった。
「ナガト様、このままではジルヴァたちが……!」
リリアスが焦りの表情をみせる。
「たしかにまずい流れですが……敵が魔法を使い始めてから気付いたことがあります。よく観察すると……敵将が魔力の指令を発するときに、魔獣の延髄のあたりも鈍く光っていました。首の背面、おそらくそこに魔力を受給している核のような器官があるのではないでしょうか」
「なるほど、それにかけてみましょう! ジルヴァ! 首の背面を狙ってつぶせますか? おそらくそこが魔獣の弱点です!」
リリアスが本陣前で奮戦するジルヴァに僕の考えを伝えた。
「難題を言ってくれるが……なんとかしよう!」
ジルヴァは味方に食らいついている魔獣の首筋を強打した。さらにその爪で肉塊をえぐり、僕の予見した通り何やら固形物の感覚があるとのことだった。引きずり出してみると、鈍く発行する赤色の球体が、魔獣の体内から出てきた。さきほどオルグの攻撃で砕かれた人造兵の内部にあったものと同様のものだ。
「これで魔獣を操作していたのか? だとすればこいつを破壊すれば魔獣達を倒せるかもしれん」
ジルヴァは力を籠めると、球体は粉々に砕け散った。
「いかん、魔力核を砕かれると制御が効かなくなる!」
オルトルが事態をみて動揺する。信じられないことに、延髄を砕かれ、核を摘出された魔獣兵はまだ動いていた。もはや敵も味方も見境なく、周りの生物を攻撃し続けていた。
「リリアス様の助言が当たりだったようだが……この状態は危険すぎるな! 餓狼兵は暴走している魔獣の周囲から下がれ!」
魔力核を砕かれた魔獣はしばらく暴れまわった後、まるで燃料切れのように動きを止めた。
その様子は本陣からも確認できた。撃破困難と思われた魔獣兵撃破で落ち込んでいた士気を回復させるも、まだ安堵できる状況ではなかった。
「なるほど……魔力核を失うと制御を失い、さらに魔力の供給ができなくなって、人造兵と同様燃料切れになるわけか。しかも燃料切れの速さが、人造兵よりも相当早い。かなり燃費の悪い兵器のようですね……」
魔獣兵は人造兵と同じ原理で魔力を供給し、貯蔵された魔力で稼働する兵器であった。しかし魔獣兵のような生体を稼働させるには、無機の物質を稼働させるよりもはるかに多量の魔力が必要であった。そのため貯蔵された魔力のみで稼働する人造兵と違い、魔獣兵の戦闘中は常に魔術師が随伴して魔力供給を続けなければならなかったのだった。
一応倒せることは分かったが、それにしても暴れまわる魔獣の延髄を捕らえて砕くのはかなり困難であった。ジルヴァがやっと一体仕留めたところだが、彼も魔獣の報復にあい、所々傷を負っている。
「この程度傷のうちにも入らぬ! さあ倒せることが分かった以上、恐れることはないぞ! 餓狼兵の意地を見せてやろう!」
ジルヴァは部下を鼓舞し、士気をつなぎとめた。
「1体つぶしたくらいで調子に乗り追って……。よかろう、奴から始末してくれる! あの"魔狼"に一斉にかかれ!」
オルトルは待機させていたすべての魔獣兵にもジルヴァたちを攻撃する指示を出した。魔獣たちは指令をうけて、餓狼兵に苛烈に襲い掛かった。なかでもジルヴァの元には3体の魔獣兵が殺到している。こうなればいくらジルヴァでも狙って魔獣の延髄を攻撃するのは難しかった。
オルトルは魔獣兵に倒されていく餓狼兵を見て悦に浸っていた。それもつかの間、一瞬のうちにおこった事態が、オルトルは背筋を凍り付かせたのである。
「攻撃に夢中になるあまり……ご自身の足元を見ておられなかったのですか?」
オルトルの背後に迫ったのは、魔獣兵の攻撃で敗走したと思われていたイゼルら狼騎兵であった。イゼルは護衛の魔獣兵がいなくなった隙を狙って、オルトルらを強襲したのである。
「ばかな、きさまらいつの間に!?」
オルトルは魔獣兵の他にはわずかな手勢しか連れておらず、たちまち狼騎兵に包囲された。
「どの部隊がどこに行ったのかも把握しておられないのですね。まさか私たちを警戒せず、自分から丸裸になってくれるとは思いませんでした。一応聞きますが……投降されますか?」
イゼルは自らオルトルに剣を突き付けた。
「こ、降伏する、命だけは助けてくれ!」
オルトルは所詮研究者肌で、軍人の性質は持ち合わせていない。なによりも自身の命を優先する選択をするのは明白だった。
「分かりました、投降を認めます。ではまず、あの魔獣達をとめられますか?」」
「あれはまだ試作段階の代物で、細かい指示は出せぬ。しかし我ら魔術師からの魔力供給を止めれば、ほどなく活動を停止するだろう……」
オルトルたちは自身からの魔力供給を絶った。それからほどなく魔獣達の動きは鈍くなり、やがて動きをとめた。
「要らぬ企みをしないように、この男をリリアス様の元へ連行してください。これで左から迫る敵は一旦片付きましたが……右からも大量の敵が迫っていてまずい状況のようです。我々も救援に向かいましょう」
イゼルが本陣右側から迫るメルフェト軍迎撃に移動しようとしたとき、ジルヴァが言葉を遮る。
「いや、イゼル殿は先に敵陣に突入したアルジュラの援護に向かうのだ。彼女はあと一押しで、メルフェト本陣に届きそうなところまで攻め込んでいるようだ。貴公が行けばメルフェトの首をとれるであろう」
「しかし……私たちの本陣はもつのでしょうか?」
「われわれ餓狼兵が支えるので心配には及ばん。よもや我らの力を知らぬわけではあるまい?」
「……ではお言葉に甘えさせていただきます。ジルヴァ様、ご武運を!」
「イゼル殿もな!」
オルトルらの魔獣兵はシルメア軍本陣を危機に陥れたが、ジルヴァらの武力とイゼルの一手でなんとかしのぎ切ることができた。イゼルはメルフェト本陣へ切り込むアルジュラの援護に、ジルヴァは本陣右側を防衛すべき、それぞれ移動を開始した。
オルトルが魔獣兵を率いてシルメア軍本陣を強襲。ジルヴァらの奮戦とイゼルの奇襲によりこれを撃退する。これが反撃の目となるか? 次回に続きます。




