天城ナガトの決意。その身、その心はシルメアと共に
翌朝僕はベッドの中で目を覚ました。慣れない国、慣れない寝床であったが、昨日は疲れが溜まっていたようでよく眠れた。今日はいよいよ戦争が始まるのだ。未だに実感がわかないところはあるが、僕の意見を中心に組み上げられた作戦が試されることを意識すると、背筋に緊張が走る。
「やるしかないか」
あえて決意を口にすることで、緊張を押し殺した。
「ナガト様、よろしいですか?」
コンコンというノックの後に、扉の向こうからリリアスの声がする。
「どうぞ。起きていますよ」
「失礼しますね」
リリアスが僕の部屋に入ってくる。リリアスは昨日の王族の衣装とはうってかわって、女性用の甲冑を身に着け、帯剣していた。ずいぶん印象がかわって見える。その風貌は美しく、勇ましい指導者の姿だった。
「まさかリリアス様も戦闘なさるのですか?」
「国の存亡をかけた戦いですから、私も安全なところでただ見ているのではなく、お父様と共に近衛兵を指揮します。微力ではありますが……、皆様を支援させていただきます」
ところで昨日リリアスの話では、獣人の国の王族には魔法の伝承があるという。僕を呼んだ召喚魔法のような魔法は、一世一代の大魔法のようであった。そのような魔法の力で戦況を打破できないかは、確認しておいた方が良いだろう。
「あの、僕を呼んだのは魔法の力とのことですが、リリアス様や国王陛下は、他の魔法は使われるのですか?」
「お父様も使える素質があるはずですが、どちらかというと見た目通り、自身の肉体で戦うタイプですね。若いころは剛腕の獅子王と呼ばれていたそうですよ。魔法を使っているところは見たことがありません」
「そうなのですね。たしかに、腕っぷしのほうが似合いますね」
「この世界には様々な魔法があると書物に書かれていましたが、残念ならが我々獣人は、基本的に魔法の適正がないのです。書物で読んだ知識だけよければ、いくらかはお伝えできます」
リリアスは魔法についての知識を説明してくれた。この世界の魔法は炎や水を操ることができるようだ。何もないところから炎や水を生み出すことは、まさに僕のイメージする魔法と合致する。
「そしてさらに高位の魔術師となれば、自然の範疇を超えた現象をおこすことも可能といわれていますが……シルメアには残念ながら、そのような使い手はいません」
この国にはいない、か。リリアスの話通り、シルメアは基本的に魔法に長けた国ではない様子だ。もしかしたら帝国に高位の魔法を使える者もいるかもしれないということか。敵として現れる可能性は、考えておいたほうが良いかもしれないな。
リリアスとの会話の最中、近衛兵が現れリリアスに報告する。
「リリアス様、間もなく兵の布陣が完了いたします。国王様もただいま陣中に向かわれました。リリアス様もお早めにどうぞ」
「分かりました。ただちに向かいます」
リリアスは凛々しい顔で返事をし、部屋を退室しようとする。
「ではナガト様、私も出陣します。不利な戦況ですが、シルメアの意志を示してまいります」
国王もリリアスも国家主導者という立場でありながら、前線に赴くのか。流れ矢でも飛んできて負傷しようものなら、それが原因で命にかかわることだってあり得る。普通の感覚だと考えられないことだ。それでもあえて自分の身を危険に晒し、味方を鼓舞するというリリアスの姿に、僕は心打たれていた。自分はただ待つだけでよいのだろうか。正直戦場に出るのは怖い。しかしそれ以上に、僕の描いた戦争の行方を見届ける義務があると感じ始めていた。
「あのっ」
少し震えた声でリリアスを呼び止める。
「僕も陣に加えていただけないでしょうか」
僕の提案に対してリリアスが答える。
「ナガト様は私が招いたお客様です。危険な戦闘に晒すわけにはいかないというのが、お父様と私の考えです。城内で勝報を待っていただいて大丈夫なのですよ」
僕の身の安全を考えてくれているのは、とてもありがたい。それでもここで引くわけにはいかない。
「あなたたちを守りたいんです」
僕の力強い言葉に、リリアスの表情が変わる。
「違う世界から招かれた僕ですが……僕の気持ちは決まっています。あなたたちの国を守ろうとする強い意志に、僕の心も動かされました。あなたたちを帝国から守りたいんです。僕は非力ですが、僕が陣中にいれば戦闘の状況で何か指示を出せるかもしれません。どうか僕を陣中に加えてください」
完全に自分でも勢いで言っているのが分かる。それでもリリアスたちを守ってあげたいというのは、偽りなき本心である。
「そこまで私たちのことを想ってくださっていただのですね。うれしいです。まさか人種にこんな方がいたなんて」
リリアスの表情が和らぎ、僕に手を差し伸べてくる。
「分かりました。ナガト様、ぜひ一緒に戦ってください。私たちもナガト様が陣中にいてくれれば、頼もしいです。あらためて、よろしくお願いします」
僕はリリアスの手を握り、強く返事をした。
「一緒に帝国と戦いましょう」
リリアスの手は柔らかく、力強く、繊細な猫の手だった。
「ちなみにもしナガト様に敵が迫ることになったら、守るのは私ですよ」
リリアスは腰に帯びた剣に手を当てて、僕の背中を叩いた。
「そのときは頼りにさせてもらいますね」
僕とリリアスは緊張が高まる会戦へと向かった。
城門を出ると、すでに軍の布陣は完了していた。僕の提案通り、中央にアルジュラの率いる狼騎兵500、その両脇を近衛兵250ずつが固めているという配置だ。狼騎兵の先頭には、アルジュラとイゼルの姿も見える。国王はリリアスと同じく甲冑に着替え、中央後方の司令部に入っている。司令部と言ってもいるのは国王とドリトルほか数名の側近だけのようだ。僕はリリアスとともに国王の元へ向かった。僕の姿をみて国王は驚いた様子で話しかけてくる。
「ナガト殿も陣中に加わるおつもりか? 安全なところで待機してもらうよう伝えてもらったはずだが……」
「僕も陣中に加えてもらうようリリアス様に頼みました。僕も何か皆様のお役に立ちたいのです。無理矢理を言って申し訳ありませんが、これが僕の意志なのです」
「お父様、ナガト様は自分の意志で私たちとともに戦うことを選んでくださったのです。どうかその気持ちを尊重してあげてください」
リリアスの真剣な眼に、国王も意志の強さを察したようだ。
「分かった。陣に加わっていただきましょう。くれぐれも命を粗末になさらないようお気を付けください」
「ご厚意に感謝申し上げます」
こうして僕はシルメアの戦争に直接参加することになった。アレス平野の向こう側には、帝国軍が慌ただしく隊列をつくろうとしているのが見える。刻一刻と戦闘開始の瞬間が近づいてくる。僕は固唾を飲んで、国王の号令がかかるのを待った。
リリアスらと共に陣中に赴くナガト。次回、彼の目に映るものとは……