ランディア大平原の決戦 解き放たれた魔獣兵
メルフェト軍の側面に回り込んだケイレス、ジェノンの騎兵隊は、正面に人造兵を配置されたために突入の機会を得ず、睨み合ったままであった。側面に展開した部隊がそれぞれ10体の人造兵を釘付けにしているとみれば、悪くない状況である。しかし正面のぶつかりが拮抗しているのであれば、左右どちらかが戦場の流れを変える必要があった。
「奴らは帝都ベルザを背にして戦っています。背後に回り込むのは少し難しそうですね」
「うむ……しかし我々騎兵では、あの人造兵をどうにもできんしな。シルメア軍の"穿ち姫"さんも同じ見解のはずだ」
ケイレスの想定した通り、アルジュラ達も人造兵に対峙したまま攻撃を加えられずにいた。
「正面のナガト様たちは善戦しているようですが……敵の守りも固いようです」
「そうか。なんとか私たちが崩してやらねばならんな……」
狼騎兵を待機させたままでは戦いの流れを変えることは難しい。そう判断したアルジュラは、盤面を動かすべく部隊を動かす決断をする。
「先ほどナガト殿の隊が人造兵を撃破したといったな?」
「はい。エルフたちの魔法とドワーフたちの武器で共同撃破したそうです」
「よし、イゼルはここに残って狼騎兵の指揮をとれ。敵軍に隙ができるまでは、このまま待機でよい。私は小隊を率いて、ナガト殿が人造兵を倒した場所から突入する。敵軍に風穴をあけてやるとしよう……!」
「かしこまりました。アルジュラ様、ご武運を!」
アルジュラは狼騎兵100騎を率いて、人造兵が撃破された地点に向かった。そこは両軍の激しい白兵戦が繰り広げられていたが、アルジュラ達の狼騎兵が突入することで流れが変わることになる。狼騎兵はその突出した攻撃力で次々とメルフェト軍をなぎ倒し、前線を押し込んでいった。
「メルフェト様、右の軍が苦戦中です。人造兵もすでに3体やられました。そこから"穿ち姫"の部隊が突入してきているようです……!」
アルフォンは自慢の人造兵が小細工なしで撃破されはじめたため、明らかに狼狽していた。
「なんとしても食い止めるのだ! 今はこちらの本陣を守る人造兵はおらんのだぞ! オルトルからの報告はまだか!?」
「いましばらくお待ちを……いえ、ただいまオルトルが、ベルザから帰還したようです!」
「お待たせいたしました。魔獣兵20体、出撃準備ができております。ただやはり制御が難しく……味方が近くにいる所では敵との区別がつかない可能性があります。今の状況でしたら……側面にいる敵にぶつけるのがよろしいかと思います。」
帝都内にある魔道塔イクリペルから下準備を終えて戻ってきたオルトルをみて、メルフェトは不敵な笑みをうかべている。
「よかろうやれ! 本陣が危機となっては、やつらも攻め手を緩めるしかあるまい」
「オルグ隊が順調に人造兵を撃破しています。現在3体が沈黙しました! さらにアルジュラ様がその隙間に突入して敵陣に切り込んでいます」
伝令からの報告を受けたリリアスが、前線に檄を飛ばす。
「さすがはアルジュラ、僕たちがつくった隙を敏感に感じ取ってくれたのですね。いい流れです。この調子で各戦線を押し上げましょう!」
このままシルメア軍優勢で戦闘がすすむと思われていたが、イゼルと共に待機していた狼騎兵に異変が起こる。
「どうした狼達よ、震えているのか? 様子がおかしいな」
狼騎兵の様子が変わる。狼達はいち早く迫りくる脅威を察知していたのだった。
「各員警戒せよ! 何か来るぞ……!」
イゼルが注意を促したのもつかの間、おぞましい咆哮とともに巨大な魔獣が姿を現した。その体躯は人造兵と同等であり、獅子のような魔物の胴体に巨大な翼を携えた姿であった。魔獣たちは殺意に溢れた冷たい瞳で狼騎兵をにらみつけている。その背後にはオルトルの姿があった。
「こやつらは我らが研究により生み出された魔獣兵! 魔獣兵は生物であって生物にあらず……ただ本能のままに殺戮する兵器である! さあまずは目の前の敵を殲滅せよ!」
オルトルが魔力をこめて念じると、魔獣の瞳が赤く発光した。次の瞬間、魔獣兵はイゼルらの狼騎兵に襲い掛かる。狼騎兵は魔獣の爪と牙に次々と屠られていった。
「あわてるな! 獣狩りと要領は同じだ。頭部か胴体を狙え!」
イゼルの指示に従って狼騎兵は魔獣の急所に槍を突きさすが、魔獣兵の勢いが止まることはなかった。
「急所を刺してもなぜ止まらない!? まさか奴の言う通り、本当に生物としての性質はないのか!? だとすればどうすれば……」
イゼルとしては苦しい状況だった。こちらから有効打は与えられず、かといって退けば、今度はこの魔獣兵が味方本陣に襲い掛かるだろう。
「やむを得ません……一旦戦場を離れます! あの巨体では、足はおそらく速くないはずです。できるだけこいつらを引き付けて、味方本陣から遠ざけましょう! それから本陣のナガト様にも『異形の怪物が出現、注意されたし』と伝令をお願いします」
イゼルの判断で、左翼に展開していた狼騎兵は戦場の西の方角へ移動した。ランディア大平原からは遠ざかる方面だが、魔獣兵をできるだけ味方本陣から遠ざけるねらいがあった。20体の魔獣兵はイゼル達の追跡をはじめた。魔獣達の足の速さはイゼルの予想した通りそれほど早くなく、逃げ惑う狼達に追いつけずにいた。
メルフェト本陣では、右翼の狼騎兵がいなくなったのを確認したメルフェトが歓喜していた。
「みたか! うっとおしい狼どもを撤退させたぞ! よくやったオルトル……このまま右側より反撃開始じゃ!」
メルフェト軍右翼の兵は、側面を守っていた人造兵を先頭にしてシルメア軍本陣へ向けて進軍を開始した。
シルメア軍の攻勢に対し、オルトルは自身が開発した魔道兵器である魔獣兵を投入。イゼルの率いる狼騎兵は有効打を与えられず、後退することに。さらにメルフェト軍右翼からは人造兵の一団が迫る。この状況を打開できるか? 次回に続きます。




