反メルフェト同盟の成立
バルディア軍とシルメア軍の会談のため、イリューガル前方の平原に簡素な席が設けられた。僕たちが訪れると、以前にもみた帝国軍将校3名がすでに着席していた。
「救援感謝する。戦時中ゆえ、大したもてなしができなくて申し訳ない。こちらへどうぞ」
僕たちを案内してくれたのは、鉱山都市キルゴスでの会談で姿を見たケイレスという将だ。彼の案内に従い、僕たちも席についた。
「君たちとはウルガルナでの会談以来だな。あの時は礼を省いてすまなかった。私は帝国軍将軍バルディア。こちらは我が配下のケイレス将軍と、ジェノン将軍だ」
「シルメア国王女リリアスです。この度はシルメア軍代表として参りました」
「さすがはシルメアの姫、以前と同じく勇ましいお方だ。さて……今ここに軍勢を率いてここにいるということは……先のウルガルナ戦での和平文書はよくお読みになったということでよろしいかな?」
ケイレスが、僕たちが和平文書の意図に気付いているかを確認してくる。
「その通りです。シルメアはウルガルナ国との同盟を破棄した上で、ダレム帝国領に侵入しています。当然、帝国軍と交戦することは問題ないはずです」
僕は事態が概ね分かっていることを匂わすように、ケイレスの問いに答えた。ケイレスも僕の返事の仕方から、察してくれているようだ。
「これは失礼、では面倒な探り合いは不要ですな。今我らはダレム帝国軍の全権を掌握せんとするメルフェトに敵対する反逆者です。我らの目的はメルフェトを討つこと。共通の敵を討つために、お力添えいただければ幸いなのですが……」
帝国国内の事情は、あらかた予想していた通りだ。かつてシルメアに侵攻してきた軍と手を組むのには抵抗のある者もいるかもしれない。しかしメルフェトを討つためには、共闘するのが最も理にかなっているなろう。
「私たちもメルフェトを討つべくダレム帝国に侵入しました。貴国の領土や国民を虐げる意図は一切ありません。その点をご理解いただいたうえで、共闘の提案を受け入れようと思います」
リリアスが要点を的確に述べて返答している。先のウルガルナでの経験で、外交能力がどんどん上がっているように見える。
「共闘を受け入れていただき光栄だ。それではこれより我が軍とシルメア軍は、『同盟軍』として行動を共にすることを決定する!」
バルディアの宣言のもと、バルディア軍とシルメア軍から成る反メルフェト同盟軍が誕生した。バルディア軍の精強さは、以前戦った僕たちが最も身に染みている。一時的な同盟であっても、共通の目的で味方として戦ってくれる分には頼もしい限りだ。
僕たちはケイレスから、帝国内の軍の動きについて説明をうけることにした。ケイレスは地図を広げ、メルフェト軍の動きを示し始めた。メルフェトは帝都ベルザ本国軍のほかに、将軍セスメント管轄の北方面軍を傘下にしているとのことだ。メルフェトらは戦力を2分して、メルフェト本人はここ要塞都市イリューガルを、そしてセスメントはギークスのこもる都市ボルニアを攻めているのだとういう。メルフェトに反対するバルディア、ギークスの両将を屈服させ、自身の権力を盤石にしようという狙いだ。
「……というのがメルフェトの考えでしょう。しかしメルフェト軍がここイリューガルで敗退したことで、彼の思惑は頓挫することになります」
ケイレスの説明で、これまでの経緯が大分明らかになった。
「メルフェトは片割れの戦力では我々を破るのは困難と判断して、帝都ベルザ方面に撤退した。おそらくセスメントの軍も呼び戻し、合流して我らと対決するつもりであろう」
「つまり、決戦が想定されるのは……ここですか」
僕は帝都ベルザ南方に広がる大きな平原を指す。
「はい……おそらくそこ、ランディア大平原が決戦の地となるでしょう。メルフェトがセスメントの軍と合流してしまうと、その兵数は100000に迫る。その地形は大軍を展開するにはうってつけの場所……そして背後には帝都ベルザがある。メルフェトにとっても背水の陣といったところです」
「分かりました。そうすると行動は早い方が良いですね。理想はメルフェト軍とセスメント軍が合流する前に叩いてしまうことです。ただちにメルフェト軍のあとを追いましょう」
「慣れない土地だというのに、まるで盤面全体が見えていらっしゃるようだ。我々もその方針で依存はない」
こうして同盟軍は決戦の場所をランディア大平原と想定し、メルフェト軍を追撃することとなった。
「では我らが先行して案内しよう。幸いギークスからも都市が陥落した知らせは届いていない。逆に後退するセスメント軍に食らいついているかもしれん。合流を遅延させてくれていれば、各個撃破も可能であろう」
ジェノンの騎兵隊がランディア大平原までの道案内を務めてくれるとのことだ。シルメア軍はそれに従い、北上を開始した。
「メルフェト様……帝都ベルザがみえてきました」
メルフェトらは同盟軍との戦闘を避けるべく、可能な限りの速さで帝都ベルザへ撤退していた。そしてついに、首都ベルザの前面に広がるランディア大平原に到達することに成功した。
「なんとかたどり着いたな……セスメント軍はまだ帰還しておらんのか?」
「伝令の時間差もありますでしょうし、ギークスの軍と交戦中かもしれません。まだ時間を要すると思われます」
「ならばセスメントが来るまでは我々だけで対応するしかあるまい。敵方の戦力はいかほどか?」
「シルメア軍の規模は正確には不明ですが……20000強と見積もられます。彼らがバルディア軍と結託した場合は、我々との物量差はほとんどなくなります」
オルトルは目視で確認できたシルメア軍の規模を伝えた。多数の人造兵を喪失して茫然としていたアルフォンも、なんとか平常に戻っていた。
「シルメア軍とは、以前ウルガルナで戦ったな」
キルゴスの戦いで2度も本陣に迫られた記憶を思い出し、アルフォンが発言する。
「シルメア軍は多数の怪物や狼の騎兵を従えた手ごわい軍団です。個々の戦闘力が尋常ではなく、さらに奴らの将"魔狼"や"穿ち姫"の実力も計り知れません。軍の規模が同数であれば、我々に勝ち目はないかと……」
「アルフォンの人造兵は残り半数の50体か。戦力がいささか不安だな……。オルトル、あれの試作は実戦に投入可能か?」
「制御できそうなのは20体といったところです。しかし実戦試験が済んでおりませんので……思いの通り動いてくれるか未知数です」
「かまわん。この際使えるものは全て使う。いつでも投入できるようにしておけ!」
「はっ、ただちに!」
メルフェトの指示を受けて、オルトルは首都ベルザ内の魔道塔イクリペルに向かった。魔道塔イクリペルは魔道旅団の本拠地であり、研究施設から魔道修練場などの軍事施設まですべてを備えていた。特筆すべきは上層にそびえる中央の塔で、最上階はランディア大平原を一望できるほどで、帝都で最も高層の建築物であった。
メルフェトは帝都ベルザを背にして、ランディア大平原に軍を展開した。人造兵は最前列に配置し、同盟軍を待ち受けるのだった。
ケイレスが描いた策の通り、シルメア軍とバルディア軍は共闘してメルフェトを討つことになる。一方、メルフェトはランディア大平原で同盟軍を待ち受ける。決戦の時は迫る……次回に続きます。




