要塞都市イリューガル防衛戦 石像砕くは破壊の罠
「メルフェト様、バルディアらの本拠地イリューガルです」
「ついに追い詰めたか……さあもう後がないぞ! 引導をわたしてくれるわ!」
人造兵はさらに前進し、バルディア軍に肉薄する。
「火矢を構えよ」
バルディアは弓隊に指示を出す。弓兵達はつがえた矢に油を染み込ませた布を巻き付け、弓を構えた。
「火矢だと!? ばかめ! 人造兵にそのようなもの効くものか! そのまま踏みつぶせ!」
アルフォンは火矢を構えるバルディア軍をものともせず、人造兵をさらに前進させた。人造兵がさらにバルディア軍との距離を縮めようとしたそのとき、メルフェトらが想像もしていなかったことが起こる。
木々が折れる音とともに出現した穴に、人造兵が滑り落ちていったのである。
「な、なんじゃとお!?」
50体の人造兵がことごとく突如あらわれた穴に滑り落ちていく。ケイレスは人造兵の投入を想定して、一定以上の重量がかかると滑落する落とし穴を、イリューガル前面に張り巡らせていた。兵士たちは落とし穴の上を通過できたとしても、すさましい密度と重量の人造兵は土をかぶせた木の板を踏み抜き、落下する仕組みだ。
「そりゃあこんな兵器持っていることが分かっていれば、こちらも相応の準備はするさ。古典的な罠なのだが……脳なしの人形達には効果的だろう?」
「ええい小細工を! しかし穴に落としたところでどうだと言うのだ。這い上がってそのまま進撃せよ!」
アルフォンはさらに人造兵を進撃させようとする。落とし穴の深さはそれほど深くなく、人造兵の頭部が地表に出ている程度であった。滑落の衝撃で人造兵の四肢が破損したわけでもなく、穴から脱出することも可能と思われた。しかしバルディアらが仕掛けていた罠は、これで終わりではなかった。
「弓隊射撃せよ!」
バルディアは落とし穴に向けて火矢を放った。火矢が着弾した瞬間、轟音とともに爆発がおこり、人造兵は粉々に四散した。
「鉱山採掘用の爆薬を敷き詰めてみたが……思ったよりすごい威力じゃないか。これは真剣に軍事利用を検討できそうだな」
ケイレスは穴の底に、あらかじめ爆薬を敷き詰めていた。そこに放たれた火矢が着火し、爆発とともに人造兵を吹き飛ばした。
「バルディア様、敵の人造兵撃破です! やりました!」
バルディア軍に歓声が上がる。穴で起こった爆発により戦場は黒煙に包まれており、両軍の視界はさえぎられている。他方メルフェト軍は衝撃の展開に絶句しており、軍に指示を出せないでいた。
「まあ、これを見て軍をすすめてくる者はおらんでしょうな……」
メルフェト軍からみれば、爆薬を仕込んだ罠が未だ張り巡らせてあるようにみえる状況である。兵達はうかつに飛び込めば、最悪木っ端微塵になることを想像していた。虎の子の人造兵を失ったことも加えて、大いに士気を喪失し、メルフェト軍はただただ硬直していた。
「このまま帰ってくれれば、戦術的には我らの勝利です。しかしこの内乱を収めるには、最終的にメルフェトを捕らえるか討つしかないと思われます。こちらから攻め込むべきでしょうか?」
ジェノンがバルディアに方針を提案する。
「もちろんそのつもりだ。南をみてみろジェノン。最後の仕込みがようやく到着したぞ」
メルフェト軍の絶望はまだ終わらなかった。
「ナガト様、メルフェト軍と思われる軍勢を確認しました。やはりバルディア将軍の本拠地イリューガル要塞を攻めているようです!」
シルメア軍の斥候が、戦闘が起こっている場所を確認したようだ。
「使者案内通り、まっすぐここに向かって正解でしたね」
「すでに両軍は交戦中のようです。なにやら黒煙がたちこめておりますが……何かおこったのでしょうか?」
「魔術師の炎魔法による攻撃かもしれません。拠点を火攻めにされてはひとたまりもないでしょう。急ぎ彼らを救援します」
「私が行こう。敵は全てイリューガル方面に集中しているようだ。手薄な背面から強襲する」
アルジュラとイゼルは狼騎兵を率いて、メルフェト軍の背後に回り込む行動をとった。この軍の動きはメルフェト側にも確認できた。
「メルフェト様、南方より軍勢が接近してきます!」
「なんじゃと!? だれの軍か!? ギークスの軍はセスメントが抑えているはずだぞ!」
「あの狼に乗った軍勢は……シルメア軍です!」
「ばかな、やつらとは休戦中であったはずだ! 帝国の内乱に乗じて攻め込む魂胆か!?」
「シルメアの意図は分かりかねますが……この状況での参戦は、少なくとも我らの味方でないことは明らかです!」
「敵だとすれば、今の我々の戦力でバルディア軍とシルメア軍、同時に戦うのはさすがに厳しいか……」
「一度帝都ベルザまで退き、セスメントの軍と合流すべきです」
メルフェトの側近オルトルはこのまま戦闘を継続するのは難しく、ギークスを攻めているセスメント軍を帝都ベルザに呼び戻して合流するべきと進言した。一方アルフォンは多数の人造兵を失ったことにより、言葉を失ったままであった。
「やむを得んな。全軍撤退だ! 北進して帝都ベルザを目指す!」
メルフェトは要塞都市イリューガル攻略をあきらめ、帝都ベルザ方面へ軍をすすめた。
「アルジュラ様、敵が退いていきます!」
「賢明な判断だな」
「追撃しますか?」
「いや、後ろの軍がついてこれまい。やめておこう。それより、こちらもバルディア軍と接触するべきだろう。我々の意図を伝えておかなければ、同士討ちになりかねない」
「分かりました。それにしてもあの黒煙の周囲、よくみれば人造兵の残骸が散らばっていませんか?」
「たしかに、まさかあれを撃破できたというのか。バルディア軍も只者ではないな……」
シルメア軍歩兵が戦場に到達するころには、すでにメルフェト軍は撤収を終えておた。僕たちはバルディア軍に救援にきた意図を打診した。そしてバルディア側もこの展開を予想していたのか、いともたやすく両軍の将校同士の会談は成立した。
ケイレスの策によりガルガントの先鋒は完膚なきまでに撃破された。さらにシルメア軍の到着により、メルフェト軍は撤退を余儀なくされる。緒戦の勝利したものの、未だメルフェト軍の戦力は大きい。今後の戦況の行方は……? 次回に続きます。




