要塞都市イリューガル防衛戦 激突する帝国の勇士たち
バルディア軍の本拠地、要塞都市イリューガルでは、今まさに迫りくるメルフェト軍との戦闘が開始されようとしていた。
「敵の配置は分かったか?」
バルディアが伝令兵に、メルフェト軍の陣形を確認する。
「見たところ単純な横陣を敷いているだけのようです。また、人造兵は前列には配置されていないように見えます」
「単純な兵力の差で勝つつもりなのか? だとしたら我らを侮り過ぎだ。戦の仕方を教育してやるか……!」
「敵の中核となっているのが帝都ベルザの駐留軍だとすれば、騎兵もほとんどいないはずです。ここは我らにお任せを!」
ジェノンがバルディアに自身の騎兵隊が先行することを申し出た。
「よかろう。ケイレス、ジェノンよ、大きく迂回して敵の側背面に回り込め。機動力を活かして敵を揺さぶるのだ」
「かしこまりました! バルディア様もご武運を!」
帝都ベルザを拠点とする本国軍団は、治安維持と首都警備を主な任務とするため、騎兵は伝令係くらいしか所有していない組織であった。本来の任であればそれで十分なのだが、こと野戦においては、機動戦力を有していないのは大きな弱みであった。ケイレス、ジェノンはそれぞれ騎兵を率いてメルフェト軍の側面方向へ移動を開始した。
「メルフェト様、敵騎兵が左右に展開してきました!」
メルフェトはオルトル、アルフォンとともに本陣から戦況を確認していた。アルフォンの人造兵は100体が待機状態で本陣の周りを固めていた。
「大した数ではあるまい。側面の兵5000ずつぶつけよ。残るは前進だ! 正面の敵を粉砕してくれる」
メルフェトは側面から迫る騎兵に対し、歩兵の一部の方向を変えて対応した。残りの歩兵40000はそのまま前進し、ついにお互いの弓矢が届く距離まで両軍の距離は縮まった。
「弓兵射撃開始せよ!」
バルディアが号令を下す。
「きおったな! こちらも撃て!」
メルフェト軍もただちに弓矢で応戦する。両軍の号令にて、要塞都市イリューガルの戦いは開始された。両軍が射たおびたただしい数の矢が飛び交い、前線の兵士を襲う。万単位の軍同士の弓矢の応酬は、それだけで戦闘の結果を決定づけるほど重要だ。当然斉射する矢の領は数に勝るメルフェト軍に分があり、数多の矢がバルディア軍に降り注いでいた。
一方、メルフェト軍の側面にまわったケイレス、ジェノンらの騎兵隊は、大きく旋回して、なんとメルフェト軍の真後ろまで到達した。二手に分かれていた騎兵隊は合流し、まさにメルフェト軍の背面を突かんとする突撃体制をとった。
「いかん、敵の狙いは前後からの挟撃だ! ただちに後ろ半分の軍は反転して攻撃に備えるのだ!」
メルフェトの指示で軍の後衛が前進の足をとめ、方向を変える。これまで側面攻撃に備えていた両脇の軍は空振りとなった。
「部隊の動きがあわただしくなってきたが……これが終わりではないぞ!」
ジェノン、ケイレスはメルフェト軍背面から突入すると思われたが、今度は再びメルフェト軍側面へ移動を開始した。
「みたか! 敵騎兵はわれらの隊列に恐れをなして突入を諦めおったわ」
背面からの強襲を未然に防いだメルフェトは満悦していた。
「今度は再び……側面を突くつもりのようです!」
「ようし、隙をみせるな。側面の守りを厚くしろ!」
メルフェト軍はふたたび、ケイレスら騎兵の移動に合わせて向きを変えた。一見して騎兵の突撃を未然に防いでいるように思われたが、度重なる方向転換により兵達は混乱しつつあった。今度はどこから敵が来るのか、いつ突入してくるのか、それらが不明のまま転進を続けていた。
「所詮は実践経験の乏しい素人集団だな。騎兵が周囲を回っているだけで、大いに混乱してくれているようだ」
正面のバルディアから見ても、敵軍の陣形は大いに崩れつつあった。隊列の乱れたメルフェト軍に、バルディア軍の放つ弓矢が容赦なく襲い掛かる。数に勝るメルフェト軍は開戦時こそ優勢だったものの、時間が経つにつれ、矢の応酬は明らかに劣勢に傾いていた。歴戦のバルディア軍と違い、帝都ベルザ駐留の本国軍は敵の矢を浴びたことなどほとんどない。一射目は撃てたとしても、相手の矢が降り注いでいる状況でさらに撃ち返せる者は少なかった。一方バルディア軍は前列には重装兵を配置しており、メルフェト軍からの矢の被害を少なくとどめていた。
「このままでも勝負はつきそうだが、一気に攻めさせてもらおう」
両軍の距離が近づき、バルディアは歩兵隊に突撃命令を出した。槍を手にした歩兵隊が、メルフェト軍に襲い掛かる。隊列は乱れていた上、矢の応酬ですでに多大な被害を出していたメルフェト軍は、ほぼ一方的にバルディア軍に蹂躙されはじめた。
「少ない相手に何をてこずっておるか! 落ち着いて戦え!」
メルフェトは軍を奮い立たせようと檄を飛ばすも、その内容は具体的ではない。前線はどんどん押され始めていた。
「騎兵に備えさせている部隊も正面に投入しましょう! このままでは押し切られます」
「致し方あるまい……両翼の部隊を正面のバルディアの軍にぶつけよ! 三方向から挟み込め!」
メルフェト軍両翼の部隊はさらに正面へ向きを変え、バルディア軍の両端を突くべく前進した。しかし当然、この動きをケイレスらが見逃すはずがなかった。
「自分から隙を作ってくれるとは……! 頃合いだな。いくぞジェノン君。側面より突入して本陣をもらおうか」
ケイレスとジェノンはメルフェト軍の周りを旋回し続けていた騎兵隊を集合させ、両側面より突撃させた。この攻撃はメルフェト軍の手薄となった側面を突く形となり、両翼に甚大な被害を与えた。
「メルフェト様、このままでは……!」
「分かっておるわ! アルフォン、人造兵を出せ! 攻城戦にとっておきたかったが、ここで戦力を削られ過ぎるわけにはいかん」
メルフェトはアルフォンに、イリューガル要塞攻略用に温存されていた人造兵起動を命じた。アルフォンは所有していた半数である50体の人造兵を本陣の周囲に起動させた。人造兵の巨躯がメルフェト本陣付近に出現したのは、バルディア達にも目視で確認できた。
「劣勢になってからの投入か。ウルガルナ戦での展開と同じだな。奴らは学習という概念がないらしい」
バルディアは当然人造兵の投入を想定しており、落ち着いた様子で指示を出す。
「全軍ただちに後退せよ! 人造兵とは交戦するな!」
バルディアは戦闘中の兵に後退命令を出した。それに合わせてケイレス、ジェノンらの騎兵隊も攻撃を中止し、戦闘を離脱。バルディアらに合流をはかった。
「みたか、やつら退いていきおるぞ。追撃だ!」
メルフェトは後退するバルディア軍を追うように指示する。
「奴らの背後には本拠地イリューガル要塞がある。そのうち逃げ場はなくなるぞ」
先のウルガルナ戦では、シルメア・ウルガルナ連合軍は足の遅い人造兵を撤退戦で時間を稼ぎ、稼働限界まで追い込んだ。しかしこの状況では同じ戦法はとれなかった。なぜならバルディアらは、本拠地であるイリューガル要塞都市を防衛しなければならないからだ。軍が交戦せずに撤退を繰り返せば、人造兵はイリューガルに到達してしまう。メルフェト軍もそれを承知の上で、人造兵を最前面に出してバルディア軍を追撃した。
それにもかかわらず、バルディア軍はイリューガルへ向けて後退を続け、ついに要塞を目視でとらえられる地点まで到達した。バルディア軍はイリューガルを背にして後退を中止し反転。迫りくる人造兵に相対した。
数に劣勢なバルディア軍は、戦闘経験の差を活かして局面を有利にすすめる。対してメルフェトらは人造兵を投入。バルディアらに抗う術はあるのか……? 次回に続きます。




