バルディアの使者と、シルメア軍の集結
来るべき日がついにやってきた。ダレム帝国の使者が、シルメア国王レオグルスに謁見を求めるべく訪れたのである。国王達にはあらかじめダレム帝国で内戦が勃発する可能性について伝えておいたため、事態の飲みこみは難しくないだろう。あとは決断するだけだ。使者との会見には僕にも同席するよう召集がかかった。謁見の間に赴くと、国王とリリアス、それに近衛兵長のドリトルのもとに既に使者が到着していた。
「ナガトです。招集に従い、参上しました」
「おおナガト殿か。急な招集に応じていただき、かたじけない。これで揃ったようだな……では帝国の使者よ、早速お話を伺おう」
国王の呼びかけに対し、帝国の使者は口を開く。
「私は帝国軍将軍バルディアの命にて参りました使者です」
「ダレム帝国皇帝ではなく、バルディア将軍の使いで間違いはありませんか?」
リリアスは使者に質問する。非常に重要な、確認すべき点だ。
「左様でございます。私の仕える君主はバルディア様です」
「そなたはバルディア将軍の使いとして……いかような要件か?」
国王の問いかけに対し、帝国国内の内戦について使者が語り始める。
「ダレム帝国は今、国を二分する内戦がおこってございます。事の発端は、皆様もご存じかもしれませんが、メルフェトという人物が帝国軍の全軍の指揮権を統括する地位に就いたのです。我が主バルディア様はこれを拒否。メルフェトは傘下に入らぬ我が主を懲罰するべく、軍を差し向けてきたのでございます」
おおむね状況は以前僕が予想した通りのようだ。そしてバルディアの使者がここに現れたということは、その狙いも想像がつく。
「我が主は軍の規模において劣勢にて窮地に陥っています。つきましては国王レオグルス様、シルメアより援軍を出していただけないでしょうか」
これがいよいよ本題だ。
「貴殿の主バルディアは、以前我が国に侵略戦争を仕掛けてきたな。その事実を踏まえた上で援軍を請うているのか?」
国王の指摘は当然だ。先の戦争は、なんとか帝国軍を撃退したものの、双方大きな被害を出した戦争であった。普通に考えれば、援軍を要請できるような立場ではない。
「過去の侵略戦争については、返す言葉もございません。ですがこの事実はお耳に入れておいていただきたい。ダレム帝国がシルメア侵攻をおこなったのは、メルフェトの差し金なのです。そして今回バルディア様を追い詰めているのもメルフェト。彼がダレム帝国国内で覇権をとれば、再びここシルメアに牙を向けるのは明白です」
「つまりそうなる前に、バルディア将軍と共闘してメルフェトを倒そうとおっしゃるのですね」
僕は使者より前に結論を述べた。
「おっしゃる通りですございます。あなたは、天城ナガト様ですね。ケイレス様より伺っております。シルメアの頭脳にして、大変聡明なお方だとか。どうか賢明な判断をお願いいたします」
「仮に僕達とバルディアが共闘してメルフェトを倒した後で、貴方たちがシルメアを侵略しないという保証はありますか?」
「我が主に代わって、そう誓わせていただきます」
どうやらこの使者の狙いに、余計な陰謀の影はなさそうだ。ここは想定していた通りの決断を国王に期待しよう。
「よかろう……実は我らも事前に、メルフェトという人物の危険性について議論はしておった。我らも軍を派遣し、共にメルフェトを討とうではないか」
「至高のご判断、感謝申し上げます」
「シルメア国内の全戦力を集結させよ! 持てるすべての力をもってメルフェトを叩く! 領地に散っている諸侯にも召集をかけよ!」
国王はここに、シルメアの全軍もってダレム帝国に侵攻することを決断した。シルメアはウルガルナとは友好国であるし、ダレム帝国は内戦状態のため、こちらに進軍する余裕はない。ここは守りを捨てて、可能な限りの戦力で攻め込む、強い手を打って良いだろう。国王の号令から3日もしない間に、待っていましたと言わんばかり王都リラに、アルジュラ、イゼル、ジルヴァらが兵を率いて集結した。
「皆そろったようだな。これより軍をダレム帝国にすすめる! 軍の代表者は……」
「私が行きます」
国王の言葉を遮り、自ら群を率いると発言したのはリリアスだ。
「またしても自ら危険な地に飛び込んでいくというのか? つくづく豪胆な娘よ」
「外交の代表者が直接出向いた方が、色々な調停のときに手間が省けますでしょう? お父様がシルメアを離れるわけにはいきませんし……私が行くのが適任だと思います」
「そうだな、ウルガルナの折はそのお陰で早期講和が実現したと聞いておる。もはや止める理由はあるまい……しかしリリアスよ、くれぐれも命を気遣うのだぞ。無茶は決して認めん」
「承知しております。将校の皆様も、私が軍の代表でよろしいですね?」
リリアスが傍に控えているアルジュラ、ジルヴァ、それに僕の方をみて発言した。
「もちろんでございます。このアルジュラが姫様に仇なす全ての敵を貫きましょう」
「私も異論はない。同胞たちもリリアス様の元で戦うことを望んでおる」
アルジュラとジルヴァは堂々とした姿勢でリリアスに応えている。この流れでは、僕も何か言わなければ……
「リリアス様が軍の代表で良いと思います。リリアス様は僕がお守りしますので、ご安心ください」
発言してはみたものの、実際に守れるかははっきり言って保障できない。
「頼もしい限りですわナガト様。ところで……剣は振れるようになりましたか?」
「いえ、結局以前いただいた剣は重くてとても扱えなかったので……オルグに特注の剣を造らせました」
「それは頼もしいですね。それでは、いざというときはお願いしますね」
「はっはっは、ナガト殿もついに娘を守ると言えるようになったか! ナガト殿にはゆくゆくは……いや、今は何も言うまい。それでは軍の編成をはじめる! 各将は報告せよ!」
「私の領地からは歩兵3500と狼騎兵1500が、ここ王都リラに集結しています」
アルジュラとイゼルはウルガルナ戦の後から騎乗訓練に力を入れ、狼騎兵を大幅に増員させていた。
「餓狼兵は1000名が集まっている。いずれも血気盛んな連中だ。期待通りの活躍は保障しよう」
ジルヴァも自身の領地からより多くの同胞をかき集めていた。続けて報告するのは僕だ。
「ウルガルナ遠征軍として、オルグ様のドワーフ兵2000、ヴィラ様のエルフ兵2000が出撃準備を完了しております。敵の魔導師たちや人造兵への対策も練ってあります。皆様のお役に立てるかと存じます」
「これほどの軍勢が一同に会するとは、シルメア建国以来聞いたことがないな。よろしい! 全軍に告げる! シルメア軍はダレム帝国に進軍し、メルフェトを討て!」
「「「御意にございます!」」」
こうしてリリアスを軍の代表としたシルメア軍が編成され、総戦力は実に24000もの規模となった。シルメア軍としては空前の規模の軍勢がここに集い、ダレム帝国へ向けて進軍を開始した。
ダレム帝国の内紛に介入することを決めた国王レオグルス。王都リラにはシルメアの軍勢全てが集い、メルフェトを討つべく進撃を開始するのであった。一方メルフェト軍に迫られたバルディア軍の状況は……? 次回に続きます。




