ダレム帝国の決裂
ダレム帝国の中心、帝都ベルザでは、皇帝リオルドの下に各方面の軍団長が集い、今後の国家方針についての議会が開かれていた。議会には皇帝リオルド、魔道元帥メルフェト、さらに軍団長バルディア、ギークスとセスメントが出席していた。
「つまり……敗戦続きの原因は、軍団同士が連携できていないことだと申すのだな?」
先のウルガルナ攻略戦の失敗理由について、メルフェトは戦闘の経緯を皇帝に説明していた。順当にいけば勝てる戦だったが、バルディア軍が独断で戦闘を中止したことが敗戦の原因であると指摘したのだ。
「メルフェト元帥は敵の力量を過少評価している。あのまま戦闘が長引けば両軍の消耗は必須。私の軍も貴公の軍も多くの兵を失っていただろう。それではたとえ戦いに勝ったとしても割に合わぬゆえ、和平を選択したまでよ」
バルディアも和平に踏み切ったのは妥当であると反論する。結果としてダレム帝国は得るものはなかったが、軍団の消耗は最小限にすることができたのだ。双方の主張がぶつかりあう中、メルフェトが重大な提案をする。
「しかるに皇帝陛下、今後このような方針の相違がおこらぬようにするには、指揮系統を一本化する必要があると存じます。すなわち今軍団長が別途に持っている権限を統括する者が必要かと存じます」
バルディアは、『やはりそうきたか』といった反応をしている。当然その地位に自分が名乗り上げて、帝国の全軍を掌握しようという計らいだろう。
「陛下、そのご判断は慎重になされた方がよろしいかと。現在は軍団の力が拮抗しておりますゆえ秩序も保たれていますが、巨大化した権力は制御できなくなる可能性があります」
バルディアは当然メルフェトの狙いを分かっているため、謀反を示唆するに等しい警告文を発言した。当然これで皆が警戒心を抱くかと思われたが、事実はバルディアの意図とは真逆となった。
「私はメルフェト元帥の意見に賛成でござる。加えて全軍団の総司令官には、陛下からの信頼も厚いメルフェト元帥が適任かと」
発言したのは帝国軍北方面軍団長のセスメントだ。北方方面軍団は方面軍の中でも4個師団を有する最大勢力である。その長セスメントは、明確にメルフェトに与する態度をとった。
「貴公は正気なのか? この男を推挙するなどもっての他であろう」
議題が好ましくない方向に流れているため、ギークスもバルディアとともに反論を唱える。
「無茶な侵略戦争を繰り返した貴公に、軍団の全指揮権を預けることはふさわしくない。どうか考え直されよ」
意見は2対2で別れることになる。しかし帝国議会は多数決制ではなく、あくまで軍団長の意見を参考にして、最終的な判断は皇帝が行う。そして皇帝の下した判断は、バルディアらにとっては最悪の結論だった。
「バルディア将軍たちの言い分もわかるが、メルフェト元帥の言う通り指揮系統の一本化は今の帝国に必要だと考える。メルフェト元帥の案を採択する」
議会はそのまま決定が覆ることなく閉幕した。ダレム帝国は帝国司令長官の地位を設立し、全軍団の指揮権を預けることとなった。人選はおって発表するとのことだが、おそらく結果はすでに明らかだろう。
バルディアとギークスは議会での決定を知らせるために、ケイレスとジェノンを集め、密室でこのことについて説明した。
「おそらく皇帝陛下とセスメントには、あらかじめ根回しをしていたのでしょうな。彼らは既に懐柔されており、これ以降説得するのは困難でしょう」
ケイレスが以前から懸念していた通り、帝国内でメルフェトの権力が肥大化する事態は現実となった。
「皇帝陛下は聡明であられたはずだが、なぜメルフェトなどの言うことを鵜呑みになされているのでしょうか?」
以前の皇帝の印象を知るジェノンは疑問を抱いている。それに対し、ケイレスはとある可能性を指摘する。
「案外、人を操り人形にする魔法か何かを使っているのかもしれないな。我々はまだ正気を保っていられるだけましなのか……」
この件に関しては、現時点で結論が出そうにない。とにかく座して待つだけでは、メルフェトの思惑通りとなる。行動の指針について、ケイレスが続けて発言する。
「バルディア様、一応確認しますが、軍の指揮権はメルフェトに譲渡しませんよね?」
「無論である。我らはこれから軍とともに本拠地のイリューガル要塞都市に引き上げる。メルフェトらが降伏を迫ってきたなら、そのときは一戦交えるしかあるまい」
ダレム帝国内で内戦となる可能性も濃厚になってきてしまった。しかも皇帝陛下がメルフェトについている以上、賊軍になるのはバルディア達の方であった。
「ギークスも早めに帝都ベルザから兵を引き上げた方が良い。貴公の本拠地ボルニアはウルガルナとの国境付近であったな。おそらくメルフェトに追従するよう奴らは迫ってくるであろうが、その時の判断は武人としての貴殿に任せる」
「私もメルフェトの方針には疑念を抱いている。ウルガルナでは共に戦ったが、彼の思想にはダレム帝国の繁栄は感じられなかった。ただひたすら自分の陣営を太らせることしか頭にない人物に降ることはできんよ」
バルディアの問いにギークスは答えた。彼らは今や数少ないメルフェトの対抗勢力として足掻く決断をしたのだ。
「やはり貴殿の存在は頼もしいな。それでは、せいぜい抗ってみるとしようか。ギークス、今度も死ぬでないぞ」
「殺しても死ななさそうにない男に言われれば、こちらもその気になってしまうよ。バルディアも、武運を祈るぞ」
こうしてバルディアは帝国南西の本拠地イリューガル要塞都市へ、ギークスは帝国南東の本拠地ボルニアへ軍を移動させた。そしてバルディアらの懸念した通り、メルフェトは帝国軍最高司令長官の座を任命され、全軍団は彼の指揮下に入るように要請した。
北方面軍団長のセスメントは要請に従ったものの、バルディアとギークスはこれを拒否。メルフェトは逆賊討つべしとの討伐軍を両軍に向かわせた。ここにダレム帝国を2分する内戦が勃発したのであった。
イリューガル城塞都市では、バルディアらが20000の軍勢とともに待機し、城壁から帝都ベルザ方面を見つめていた。
「ご報告! こちらへ向かうメルフェト軍が確認できたとのことです! その数およそ50000!」
「50000だと!? その数は魔道旅団だけではないな……帝都ベルザの本国軍団も動員されているのか! バルディア様、我々はどう出ましょう?」
報告を受けたジェノンがバルディアの考えをうかがう。
「敵は炎の魔法を使いおる。そのような相手に籠城は愚策よ。こちらも打って出て迎撃する」
「そうこなくては! 我ら騎馬隊の力は野戦で最も発揮されます。それでは、全軍出陣させ、イリューガルを背後にして布陣させます!」
「ただちに配置をすすめよ。ところでケイレスよ、例の手は打ってあるか?」
「はい。数日前に抜かりなく。彼ならばきっと答えてくれましょう」
「せいぜい期待させてもらおうか。どれ、治安維持ばかりでろくに実戦経験もない本国の連中をひねってやるとするか」
バルディアらは全軍を率いて要塞都市イリューガルを出撃した。中央に歩兵隊を厚く配置し、両翼をケイレス、ジェノンが率いる騎兵で固めた布陣を敷き、メルフェト軍を待ち受けるのであった。
ついにあらわになったメルフェトの真意。これに対しバルディア、ギークスは反発し、それぞれの本拠地で抗戦の構えをとる。帝国内戦の行方は……? 次回に続きます。




