帝国の将、ジェノンとケイレス
帝国軍野営地では、騎兵達が荷を降ろして陣を設営している。偵察兵が帝国将校ジェノンを尋ね、報告する。
「降伏勧告の返答はあったか?」
「ございませぬ。それから斥候が、狼に騎乗した一団が城内に入るのを確認しております」
「ふむ。徹底抗戦を望むということか。狼に騎乗した兵は、これまでの情報にはないな」
「左様です。我々帝国軍にはない兵種ですが、おそらく我らの騎兵と同じく機動戦力として運用してくるでしょう」
「数は?」
「4、500といったところでしょう。無視はできませんが、我々の戦力には到底届きませぬ」
「分かった。ケイレス殿にも報告しておく」
今回のシルメア攻略軍団は、帝国軍2個師団(歩兵計20000)と、それぞれに随伴する騎兵旅団から構成されている。騎兵旅団はそれぞれ1000騎を率いる司令官が2名おり、ひとりは若き将校ジェノン、もうひとりは老舗の将校ケイレスである。彼らは帝国の先陣を任せられる将校達で、ケイレスは数多の戦闘を経験しており、状況判断能力、部隊士気能力ともに非常に高い。ジェノンは将校になってからの経験は浅いが、軍学校を主席で卒業している優秀な人物である。
帝国軍は先行部隊として騎兵旅団が獣人の国領内に進攻、電撃的に首都に迫ることで国家首脳陣を震撼させ、あわよくば無血降伏を迫る方針をとった。仮に降伏が受け入れられなくとも、本軍と合流して十分な戦力をもって首都を包囲し、攻め落とすことができる作戦だ。シルメア国の軍は個々の身体能力こそ高いものの、組織率は帝国軍に遠く及ばない。大規模な軍事演習が行われているという情報もなく、組織的な抵抗は困難であろうという想定であった。
「すべてが想定どおりに行けば、問題ないのだがな」
ジェノンは偵察兵からの報告を受けて情報を整理し、ケイレスの天幕を訪れる。
「ジェノンです。よろしいでしょうか」
「ジェノン君か。入りたまえ」
ケイレスがジェノンを招きいれる。
「先刻文書にて降伏勧告を通達しましたが、未だ返事はございませぬ。また、増援部隊を首都に集結させようとしている様子です。斥候からの報告では、すでに約500の狼に騎乗した機動戦力が入城したのを確認しております」
「抗戦を選んだか。まあそれも想定していたがな。一戦交える気配は濃厚として、ジェノン君は状況をどうみる?」
「合理的に考えれば……敵は国内の援軍到着まで篭城するのが定石でしょう。確認された狼の部隊は、全速で駆けつけてきたのかもしれません。数日以内には歩兵戦力も到着するでしょうから、そいつらに城内に篭られると面倒です。あまり時間をかけずに攻略したいところです」
「状況分析は、私も同意見だよジェノン君。といっても我々は騎兵のみで駆けてきているから、城攻めはできぬがな。ちなみに軍団長バルディア様の歩兵部隊は、2日以内には到着なさるそうだ」
「ではバルディア様の本隊が到着されたら、包囲戦を開始いたしましょう。シルメアは建造技術も帝国に遅れをとっており、城壁はそこまで堅牢ではありません。落城は時間の問題でしょう」
「私もその方針で問題ないと考える。それまではじっくり待つとしようか」
「分かりました。それから、ただ待つのも時を無駄にします。明日以降は城に接近しようとする増援部隊を確認できたら、入城する前に叩いてしまいましょう。少しでも敵の戦力と士気は削いでおくべきです」
「良いだろう。私の騎兵隊からも、首都周囲を警戒する隊を増やすように通達しておく」
「方針は決まりましたね。では私は失礼します」
「武運を祈るよ」
ジェノンは一礼をしてケイレスの天幕を後にした。
「勝った……と思うのはまだ早いか。しかしこの状況から敵の打てる手はないはずだ。所詮は獣。統率された軍にはかなう筈もない」
ひとり言をつぶやいたジェノンも、自分の天幕に戻っていった。彼の情報分析や戦闘方針は、帝国軍の戦力とシルメアの国力を考慮すれば、至極妥当である。ただ一点彼の想定から外れた事態は、シルメアに一人の人物が異界から召還されていたことであった……。
帝国軍内でも着々と駒がすすめられ、開戦の時は迫ります。