勝利の凱旋
ウルガルナ首都セレナの門をくぐると、国民総出で列をなして僕たちを出迎えてくれていた。絶望的かと思われた戦況を覆し、ウルガルナの重要拠点であるギーナ回廊まで奪還を果たしたのだ。僕たちはそのままドワーフ王のゲルドラとエルフ女王のエリナベルの元で謁見し、論功を受けることとなった。謁見の間には、僕とリリアス、アルジュラ、イゼル、それに今回はジルヴァも是非にと招かれた。それにウルガルナ軍の代表として、オルグとヴィラも招かれていた。
「英雄たちよ! よくぞ帝国軍の侵略を退けてくれた! 貴公らの活躍には心から感謝したい」
ドワーフの長ゲルドラが帰還した将校らを祝福する。
「リリアス公をはじめ、シルメアの方々が救援に駆けつけてくれたお陰です。何か礼をできればよいのですが……いかがですか?」
エリナベルが僕たちに何かできることはないか提案してくれている。
「お礼ですか……あまり対価を求めて起こした行動ではなかったので、考えておりませんでした。ナガト様は何か望むことはありますか?」
僕が意見を述べる機会がきた。ここでの要求が、シルメアの今後の展望に大きく影響するのではないだろうか。
「すみません、僕も今すぐは思いつきませんので、一晩考える時間をいただいてもよろしいでしょうか? 明日お返事させていただきます」
「もちろんかまいませんよ。では堅苦しい話はこれくらいにしましょうか。もてなしの準備ができております。皆様どうか、存分にお楽しみくださいませ」
その後、僕達は宴の主催として招かれ、魅力的な郷土料理と酒でもてなされた。ジルヴァは最初のうちはその風貌からウルガルナ国民に怖がられていたが、その豪快な飲み食いっぷりがドワーフ達にうけたらしく、すぐに打ち解けていた。リリアスとアルジュラ、それにイゼルもジルヴァよりは上品なテーブルマナーをたしなんでいるが、運ばれてくる料理を次々と平らげていた。以前シルメアで寝食をともにしているときのことを思い出した。この方たち、どこへ行っても本当によく食べる。
「大狼のお方……ジルヴァ殿じゃったか、本当に良い飲みっぷりじゃのう! 酒が足らん! 面倒じゃ、瓶じゃなくて樽ごと持ってきてくれ!」
オルグがドワーフたちに命じてどんどん酒を持ってこさせていた。ジルヴァはその体躯から、食事だけでなく酒の消費量も段違いである。
「うまい……! 辛口なだけでなく、喉をすっと通っていく澄んだ味わいをしておる……!」
ジルヴァの傍で杯を傾けていたアルジュラがその味わいを語りだす。
「美味しさの秘訣は……醸造技術の違いか。それに水……シルメアの水質も上等なはずだが、この酒には一段と不思議な味わいがある……」
「さすがは酒飲みのお姉さん、お目が高い! この酒はエルフの里の秘境から湧き出る水をつかっておるのよ。そいつを大陸一と自負するドワーフの醸造技術でつくりあげた酒じゃ!」
「私たちエルフの秘境には、数々の霊木から染み出る樹液を存分に含んだ水が沸く泉があります。その水を口に含むだけでも万病を癒す薬になるのですが……オルグが『それで酒を造らせろ』と言うものですから……」
ヴィラは少し困った風に話すも、その手には杯がしっかり握られていた。なんだかんだで完成した酒は気に入っているようだ。
「そこの青年……ナガト君といったな! ナガト君は飲まんのか!?」
「えっと、とてもありがたいのですが……この後少しまとめないといけないことがあるので、後ほどお部屋でいただきます……」
宴は数刻続き、酒と料理も尽きてきたところで全体の戦勝会はお開きになった。
「お楽しみのところ恐縮ですが、皆様に昼の件について相談したいことがあります。お時間をいただけませんか?」
僕は明日までにシルメアからの要求をまとめなければならない。もちろん単独で判断するわけにはいかないので、リリアスをはじめ将校の皆様にも意見を聞いてもらうべきだと判断した。
会議室風の一室に僕達は集まった。ジルヴァとアルジュラはまだ酒瓶らしきものを持っている。二人の様子は普段と変わらなさそうだ。ゆくゆく酒に強いのだろう。イゼルは……少し気分が悪そうだな。
「ナガト様、私たちからウルガルナに望むものは何にいたしましょうか」
リリアスは昼間の話をきちんと覚えてくれているようだ。
「実は原案はすでに考えてあったのですが、一見受け入れ難そうな内容ですので、まずは皆様に説明するべきかと思い集まっていただきました」
僕の話の切り出しに、その場の全員はきっちりと軍議の頭に切り替えていた。
「受け入れ難そうな内容とはどのようなことですか?」
リリアスが僕に尋ねる。
「まず大きな方針を申し上げます。現在シルメアとウルガルナは同盟関係にありますが、これを破棄します」
「!!」
僕が示した予想外の方針に、それぞれが驚いた様子を見せる。
「今後もダレム帝国の脅威に対して、シルメアとウルガルナは共闘すべきかと存じておりましたが、そのようになさらないのですか?」
「当然の指摘です。実際それが実現できれば理想的なのでしょうが、事態は少々複雑なのです」
僕が同盟破棄の考えに至った根拠の説明を続ける。
鉱山都市キルゴスを防衛し、ギーナ回廊の奪還まで果たしたシルメア軍は、ウルガルナの首都セレナで英雄としてもてなされる。しかし今後の方針として、ナガトの口より予想もしなかった方針が語られる……次回に続きます。




