鉱山都市キルゴス救出戦 会談の末に得たもの
「ではあらためまして、ダレム帝国側から和平の条件を提示しましょう。文書にしてきましたので、皆様お目通しください」
会談出席者の手元に、一通の文書が配られた。僕はリリアスの通訳の元、その内容を確認していく。文書の内容は以下の通りだ。
・ダレム帝国軍はただちにウルガルナ軍、シルメア軍と休戦し、帝国国内に軍を撤退させる。
・ダレム帝国占領下にあるギーナ回廊からも帝国軍は撤退し、ウルガルナに返還する。
・ダレム帝国は戦争賠償金として、3000帝国金貨をウルガルナに支払う。
・ダレム帝国とウルガルナは以後3年間の不可侵条約を締結する
なるほど……どうやら帝国は本気で和平を望んでいるようだ。今後ふたたびウルガルナを攻めるつもりであれば、その最重要拠点であるギーナ回廊は手放したくないはずだ。それをいとも簡単に放棄してくるとは……これにはメルフェトはどう反応する?
オルグとヴィラは条件を読み、しばらく小声で話した後これを受諾する返事をしようとするが……
「なんだこの条件は!? これでは我らの得るものが何もないではないか!?」
当然怒りの声を上げたのはメルフェトだった。
「メルフェト元帥殿、残念ならがいずれの条件も欠くわけにはまいりません。この戦争は我々から仕掛けたものです。ギーナ回廊での戦いやこの戦場においても、多数の死者を出しました。その賠償をおこなうのは当然かと……」
「しかしギーナ回廊は、我が軍も多くの血を流して得た占領地なのだぞ! それをむざむざ手放すなど!」
「しかし帝国がギーナ回廊を要求するとなれば、この会談、おそらく決裂します。そうなれば戦闘は再開せざるを得ませんが、その場合いま最も危険なのは……メルフェト元帥殿の軍ですぞ」
「どういうことか!?」
メルフェトは言葉の意味が分かっていないようにみえる。
「よく場をご覧ください、あのシルメア最強の将こと"魔狼"がこの場に来ておりませんな。おそらく交渉が打ち切られた場合は、ただちに目の前の軍を攻撃できるよう待機しているのではありませんか?」
こちらの配置も見通されていたか。このケイレスという将、つくづく抜け目のない男のようだ。
「じ、事実なのか? シルメアの姫よ……」
「そうですね。ジルヴァには交渉決裂時には、目の前の敵方を殲滅するよう命じています」
リリアスも上手く答えている。まあそれに近い状況にはしてあるので、現実にするのはたやすい。
「ですからメルフェト元帥殿、この条件はあなたの軍のために、交渉が決裂しないよう、慎重に決めておいたのですよ」
「ぐぐう、しかし……」
メルフェトからも、これ以上の反論はないようだ。メルフェト軍には直轄の魔術師も大勢含まれており、彼らを危険に晒すことはメルフェトにとって避けるべき事態であったのだ。
「さてお見苦しいところをお見せしたが……ダレム帝国側の意見も合致した。あらためてお返事をうかがおう」
ケイレスがオルグとヴィラの方をみる。ウルガルナ側からみれば、条件としては何の問題もないはずだ。彼らの反応は……
「儂はこの条件で和平を受けてよいと思う」
「私も同じく。異論はありません」
オルグらはこの条件を承諾したようだ。これでこの場は無事おさまり、戦争終結に向かうだろう。しかしケイレスはこちらをみて、僕達に声をかける。
「念のためシルメアのご意見もうかがっておきましょうか。そうですね、ナガト殿も……異論はございませんか?」
意外な一言だった。なぜならシルメア代表のリリアスではなく、僕をわざわざ指名してきたからだ。この和平条約に、ぱっと見たところ問題はなさそうだが、ひとつだけ確認すべきことがある。
「ケイレス将軍、この和平条約の文面、一字一句間違いございませんか?」
僕の問いにケイレスは表情ひとつ変えず答える。
「さすがは軍事顧問殿、慎重でいらっしゃいますな。心配いりません。文書に書かれた通りでございます」
「そうですか……では僕らも問題ありません。よろしいですか? リリアス様」
「もちろんです。これで戦争が終わるのであれば、反論の余地はありません」
「かしこまりました。では代表者の署名をいただきます。オルグ殿とメルフェト元帥殿はこちらへ……」
こうしてダレム帝国、ウルガルナ両代表が署名したことにより、和平条約が締結された。失われた命は多かったが、結果的にウルガルナの国土を守ることができたのだ。僕たちの戦略目標も達成された。ダレム帝国軍はすみやかに軍をまとめ、帝国領内に撤収していった。ウルガルナ、シルメア連合軍は勝利の気分を味わいながら、ウルガルナ首都セレナへ凱旋することになる。
和平条約が締結されたものの、帝国内での亀裂は明らかであった。この講和が今後に及ぼす影響とは……? 次回に続きます。




