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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
亜人の国ウルガルナ編
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鉱山都市キルゴス救出戦 唐突で不穏な和平会談

 翌朝、バルディアたちは各戦線の軍にそれぞれ使者を飛ばした。伝達された内容は、『当方に和平交渉の用意あり、軍の代表者は陽高の刻に都市南西の丘陵地帯へ集われたし』といった内容だ。





「ナガト様……このタイミングで交渉とは、何か意図があるのでしょうか?」


 昨日までの攻勢とはうってかわってダレム帝国側が和平案を持ち出してきたことにより、リリアスをはじめ、他の者たちも困惑している。


「罠かもしれませんが……少なくともこの時点で交渉の打診がくるということは、無事アルジュラ様たちが敵軍を食い止めていて、キルゴスはまだ陥落していないということですね。まずはそこが判明してひと安心です」


「そうですね。帝国からみてもキルゴス攻略が容易ではなくなったので、戦争継続を望まなくなったのかもしれません。シルメアに来襲した帝国軍も、引き際は早かったですものね」


「タイミングは気がかりですが、和平交渉であれば受けない手はないでしょう。使者は軍の代表を指名していますが……今この連合軍の代表はリリアス様ですよね?」


「はい。首都セレナを出立する際、ウルガルナ代表から軍の権限を預かっています。私は交渉の場に向かうとして、ナガト様もご一緒いただけますか?」


「もちろんです。できれば帝国軍の腹の内も探ってみます。ジルヴァ様は軍とともに待機しておいてください。交渉が決裂すれば、即戦闘再開ということも有り得ますからね」


「承知した。姫様の身を任せる故、用心されよ」





 僕とリリアスは軍をはなれ、帝国軍の指定した場所へ向かった。丘陵には簡素な椅子と卓が用意されており、すでに何人かの人物が到着している。若い将校が一人、それに中年の将校が三人、それに魔術師風のいでたちをした男が三人すでに席についていた。こちらに気付いた将校のひとりが、声をかけてくる。



「交渉に応じていただきありがとうございます。私はダレム帝国軍将軍のケイレスです」


「はじめまして。シルメアの王女リリアスです。この度はシルメア、ウルガルナ連合軍の代表としてまいりました」


「天城ナガトです。一応、シルメアの軍事顧問です……」


 ケイレスという将がこちらを見て何か思うところがある顔をしている。彼らから見れば、獣人や亜人たちのなかに人間がぽつりと混ざっていることが珍しいのだろうか。


「これはこれは、専属の軍師殿がいらっしゃったとは……その采配、お見事でございました」


この物言いは……僕がどの程度この戦争に関与しているのかを、測ろうとしているかもしれない。当たり障りのない返答をしておくべきだろう。


「とんでもございません。僕はほとんど何もしていませんよ。だいたいの戦術指揮は、現場の指揮官の方にお任せしていますので……」


実際に隊を指揮して動かしているのはアルジュラやジルヴァなのだから、この返答は事実である。


「左様でございますか。ナガト殿はお若いようですが、シルメア国には最近士官されたのですか?」


「ええ、つい最近のことで……」


「いいかげんに調停をはじめてくれないかね? こちらの面子は既に揃っているのだぞ!」


「これはこれはメルフェト元帥殿、失礼をした。それでは雑談はこのくらいに……」


 僕達が問答を続けているところに、魔術師風の男が会話を遮った。この者が、捕虜の尋問で判明した魔道旅団の長メルフェトか。帝国側はすべての将校たちが着席している状態である。それぞれが軍の指揮を一旦手放して、この会談に臨んでいるようだ。こちらはあとは、キルゴスからウルガルナの将校達が来るはずなのだが……





「お待たせして申し訳ありません。今こちらの将校も到着しました」


 キルゴスの方向からアルジュラ、イゼルが姿を現した。狼に騎乗して駆けてきたようだ。エルフとドワーフの将らしき人物も、それぞれ同乗している。


「遅れて申し訳ありません。シルメア軍将軍アルジュラ、参りました」


「同じく狼騎兵ルプリオス隊のイゼルです」


平常を装っているが、イゼルの体調が少し悪そうに見える。戦闘で負傷してしまったのだろうか。


「ウルガルナ軍のオルグじゃ」


「同じくヴィラです。ウルガルナ首都セレナの代表たちは出席できませんので、代理で今回の会談での調停内容を委任されています。その手続きに少し時間がかかってしまいました」


「会談に応じていただき、感謝しております。ではお二方が承認いただければ、正式な会談成立とみなしてよろしいですね?」


「はい。それで結構です」


「分かりました。それでは一同お集まりいただいたので、さっそくですがダレム帝国とウルガルナの和平調停をはじめます」


会談を主導してケイレスがすすめようとするが、開幕からその発言にメルフェトが食ってかかる。


「待たれよ。貴公いま和平調停・・・・と申したか? ウルガルナがダレム帝国に降る話ではなかったのか?」


さっそく場が荒れてきた。メルフェトという男の反応をみると、帝国側も一枚岩ではなく、なお且つこの会談の目的等について、あらかじめ打ち合わせはされていないということか。


和平・・で間違いございませんメルフェト元帥殿」


「そんなもの認められるか! 勝ち戦でなぜこちらが譲歩しなければならん!?」


憤慨するメルフェトにケイレスが答えていく。


「戦場全体をご覧ください。シルメア軍が介入してきた時点で、このいくさは我々にとって簡単に勝てる戦いではなくなったのです。現に我らがバルディア軍もキルゴス守備隊に苦戦しておりますし、元帥殿の軍もシルメア軍との戦闘で大きな損害を受けているはずだ」


「しかし敵軍にもこれ以上の余力はあるまい? このまま戦いが続ければ、我らの勝利であろうが」


メルフェトの主張に対し、さらにケイレスが根拠を述べる。


「実際のところ、勝てぬとは申しませんが、敵方が決死の覚悟で抗戦してきた場合、我が方の損害も壊滅的なものになるでしょう。そうなれば戦闘に勝利した後で、キルゴスを占領し防衛する戦力は残りますまい」


「しかし貴様は、陛下の勅命に反するというのか!?」


「陛下の期待に応えられなかったことは、武人として悔やむところであります。しかし陛下とて、帝国を支える軍団が壊滅するのは望んでおられません。残念ですが、我々の準備不足といったところですな……」


「ぐ、ぐう……」


 メルフェトが言葉に詰まり、黙る。開幕の舌戦はケイレスという男が制したようだ。しかしこれほどダレム帝国内部で意見が分かれるとは、かなり異様なことのはずだ。この状況をどう解釈するべきなのだ? これからの議論の内容と反応には、さらに注目せねばならない。


都市の南西丘陵地域に、各軍の将校が一同に会する。果たして和平交渉の行方は……? 次回に続きます。

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