鉱山都市キルゴス救出戦 疑念の渦
バルディア軍の野営地では、バルディア、ケイレス、ジェノンが戦争の方針について議論していた。
「昨日は本腰を入れてキルゴスを攻めませんでしたが、あれでよかったのですか?」
ジェノンはケイレスに尋ねる。
「ああ……この戦い、単純にキルゴスを陥落させてしまうわけにはいかなくなったかもしれん」
「どういうことですか?」
ジェノンにはまだケイレスの意図が読み切れていない。
「これまでの情報を整理しよう。まずはメルフェトたちがウルガルナに攻め込んだ理由だ。最初はメルフェトが我らに対抗して実績をつくろうとしていると考えていたが……戦争を始める理由としては弱いと思わないか?」
「確かに言われてみれば……しかしそこを否定するとなると、これまでの想定を全て覆すことになりますよ?」
「私も最初はメルフェトたちの意図をはかりかねていたが、彼らが人造兵なる兵器を所有していると聞いて察しがついた。彼ら魔道旅団の狙いは、ここキルゴスから採掘されるミリス鉱だ」
「ギークス将軍からの伝者の話では、今彼らの所有している人造兵は石造りで、稼働時間に問題があるのでしたね」
「その通り。だがここキルゴスの鉱山でとれるミリス鉱で人造兵をつくればどうなる? 魔法は専門外だから詳しくはわからないが……おそらく飛躍的に稼働時間の伸びた人造兵ができるんじゃないか?」
「それは確かに、兵器としての完成度は数段増しますね」
「そう、ここまでなら筋は通っている。問題はこの後だ……」
ケイレスは固唾を飲んで言葉を続けた。
「単純にその目的だけであれば、初手から人造兵を投入していれば、とうにキルゴスは落とせていたんだ。なぜそれをしなかったのか……」
「昨日もその点は指摘されていましたね。石造りの人造兵の稼働時間が短いことを懸念していたのでしょうか?」
「私もそうであってくれれば安心できるのだが、もうひとつの可能性がある……」
ケイレスは決定的な疑念について話はじめる。
「もしかしたらメルフェト達は、我々に人造兵を見せたくなかったのではないか?」
その場にいる3名に緊張が走る。
「なぜそのような……? 我々は友軍ですよ?」
ジェノンはケイレスが挙げた可能性を解釈しきれていない。しかしこれまで静観していたバルディアが口を開く。
「確かに……であれば、簡単にキルゴスを落とすわけにはいかんな」
ジェノンももうひとつの可能性について察する。
「まさか……メルフェトがダレム帝国に背く可能性があると!?」
「まだ推論に過ぎない話だがな。だがそう考えると、メルフェトたちの行動の説明がついてしまうんだ。我々がそれに気付かずキルゴスを攻略してしまった場合、数多のミリス鉱でつくられた人造兵が帝国に牙を向くかもしれん」
ケイレスの示した可能性が事実だとしたら、この戦争の目的そのものが根底から覆ることとなる。バルディアらは証拠がないものの、その可能性を念頭に置いて今後の方針を示すことにした。
「さてどうしたものか。このままキルゴスを攻めた場合、守備隊と我らの物量は拮抗しておる。こちらも相応の被害が出てしまうな。我々は軍を消耗し、メルフェトは狙い通りミリス鉱を手に入れる。奴らのひとり勝ちというわけだ」
「彼らが不自然に南進したのも頷けますね。キルゴス攻略のつぶれ役は我々にさせるつもりというわけですか」
「もっとも、南から現れた軍勢は強力だ。メルフェトたちも予想外の強さに手を焼いておるだろうがな」
この状況から出せる手について、しばらく意見を交わした後、ひとつの結論にたどりついた。
「講和でしょうな。これがメルフェトたちにとって、最もとってほしくない手段でしょう」
「ダレム帝国からしかけた戦争ですが、ウルガルナは交渉に応じてくれるでしょうか?」
「それは条件次第であろうな。明日までに考えをまとめておくとしよう。ひとまず明日の朝一で各戦線に和平交渉の使者を飛ばせ。場所は……キルゴス南西の丘陵地帯に一席設けるとしよう」
「我が軍独自の判断ですが、メルフェトが納得するでしょうか?」
「彼らには降伏勧告の調停とでも伝えておいてくれ。交渉の場にさえひきずりだせば、後はなんとかしよう」
「分かりました。ただちに使者を準備させます」
かくしてジェノンは戦場に散らばる将校たち宛に伝者を手配し、ケイレスは交渉内容の文書をしたため始めた。バルディアたちの気付きにより、鉱山都市キルゴスの戦いは思いもよらぬ展開にすすむことになる。
メルフェト軍の不合理な行動から、バルディア軍の将校たちは、ひとつの可能性にたどり着く。この戦争の行く末はいかに? 次回に続きます。




