鉱山都市キルゴス救出戦 触らぬ石像祟りなし
「ご無事ですか? ジルヴァ」
中継拠点に帰還したジルヴァらに、リリアスが声をかける。餓狼兵は多くの者が負傷しており、矢や槍が刺さったままの者もいた。人間の感覚だととても立ってはいられないような傷だが、彼らの生命力が非常に高いのだろうか、その状態でも平然と行動していた。ジルヴァの身体にもおびただしい量の血がついているが、これはすべて帝国軍兵士の返り血のようだ。
「敵本陣まであと一歩であったが、ナガト殿の読み通り、追い詰められてから人造兵を出してきおったわ」
「お疲れ様ですジルヴァ様。敵軍は今のところ……追ってきていないようですね」
「そのようだ。しかしナガト殿、敵は人造兵を出してきたものの、数が昨日よりずいぶん少なかったようなのだ。まだ戦力を温存しているように見える」
「なるほど……敵は人造兵を段階的に投入してきたわけですね。捕虜からの情報では、人造兵は稼働時間に制約があるとのことですから、それを補うための策なのでしょう」
「ここからは常に、人造兵を交代して投入してきそうですね。こうなってはこちらから攻め込むのは困難なように思えますが……」
「リリアス様のおっしゃる通りです。ここからは敵の動きに合わせましょう。敵が進軍してくれば、こちらはさらに後退します」
「いささか消極的ではないか? 敵の人造兵が少数なのであれば、上手くかわして攻めれば敵本陣を落とせるかもしれんが……」
「たしかにそのようにできる可能性はありますが、非常にリスクが大きいですね。敵はいざとなれば、待機してある人造兵を全て起動させることもできるのです。そうなっては逆にこちらの攻撃隊が窮地に陥ります」
「そうであるな。では敵の進軍に合わせて退くとして、どんどんキルゴスから離れることになるが、それは構わないのだな?」
「かまいません。むしろ人造兵をキルゴスからできるだけ遠くへ引き離せるのであれば、その方が好都合です」
「それでは逆に……敵が私たちから矛先を変えて、キルゴスへ向かうのは厳しい展開ですか?」
リリアスの言う通り、連合軍への攻撃を諦めてキルゴス方面へ転進する可能性も考えられる。
「そうなっては敵の背面から思う存分攻撃させてもらいましょう。いずれにせよ敵がどのように動いても、対応できますよ」
「さすがはナガト殿! 慧眼であるな。感服いたしましたぞ」
「ありがとうございます。いつ戦闘が再開されるか分かりませんので、将軍の部隊は手当と補給をお急ぎください」
「そうさせてもらおう。敵が動いてきたらすぐにお知らせ下され」
ジルヴァらの意気込みとは裏腹に、連合軍とメルフェト軍は睨みあったまま膠着状態に陥った。連合軍は人造兵が起動している以上は攻め込むことができず、メルフェト軍もまた進軍するのも後退するのも困難な状況になっていたからだ。そしてこの戦場がこのまま膠着することは、連合軍にとって悪くない展開である。
正面のメルフェト軍は、フェリアルを失ったとはいえ、未だ多数の魔術師隊も有しているようだ。彼らは都市の施設のことを考えなければ、キルゴスを焼き討ちすることも可能だろう。さらに拠点攻撃の能力に長けた人造兵も危険な存在である。総じて彼らメルフェト軍がキルゴス攻撃に向かうことは、最も避けなければならないのだ。
かくして南方方面の戦場は停滞したまま時が過ぎていった。一方キルゴス周囲においても、アルジュラたちとケイレスの軍はお互い牽制しあったまま膠着状態となっていた。唯一戦闘が続いていたのがバルディア、ジェノンが攻めていたキルゴス北方の戦線である。しかし狼騎兵の到着でバルディア軍は相当な戦力を引き抜かれたため、決定力を欠いていた。戦力が拮抗したオルグ、ヴィラはなんとかバルディア軍の攻撃をしのぎ切り、ついに時刻は日没となった。
段階的に人造兵を投入する策に出たメルフェト軍に対し、ナガトはあくまで交戦を避け、距離を取る作戦を執る。時刻は日没、鉱山都市キルゴスは二日目においても陥落を免れたのであった。次回に続きます。




