鉱山都市キルゴス救出戦 メルフェト軍の追撃
「ええいちょろちょろと駆け回りおって! まだ追いつけんのか!?」
憤るメルフェトにアルフォンが答える。
「申し訳ありません。ですが我が軍は機動戦力を有しておりません。逃げ回る狼達を補足するのは困難であります」
「では人造兵を置いて追撃するのはどうか? 数的にはこちらが圧倒しているのだろう!?」
「たしかにそれも手ではありますが……敵軍にはあの巨大な狼達がいることを忘れてはいけません。人造兵を切り離しては、奴らの攻撃を止める術がありません」
意見のまとまらぬまま、メルフェト軍は漫然と連合軍を追撃していた。連合軍の画策した通り、メルフェト軍は鈍重な人造兵を連れていたため連合軍を一向に補足できず、時間を浪費することになった。
「メルフェト様、申し訳ありません。そろそろ人造兵の稼働限界です
アルフォンの発言した通り、行軍する人造兵の動きが鈍り始める。
「もう貯蔵した魔力を使い果たしてしまったのか。やはり石づくりでは、魔力伝導の効率が課題のようだな。ここからバルディア軍と合流するには遠いな……仕方があるまい。本日はこの場で野営せよ」
「承知しました。夜間の内にできる限り、魔力充填をしておきます」
メルフェトらは行軍をやめ、宿営拠点の設営を開始した。人造兵は野営地の外縁を囲うように円陣を組んで配置された。ケイレス軍と合流していたギークスも一旦別れ、自身の隊とともにメルフェト軍に帰還した。
ギークスはフェリアル討ち死にの責任を追及されることとなるが、そもそもフェリアルを単身丘に向かわす指示を出したのはメルフェトであり、その点を指定すればメルフェトも黙る他なかった。
「狼騎兵、ただいま帰還しました」
後退戦の殿をつとめたアルジュラたちが、連合軍の本陣に帰還した。アルジュラたちは機動力を活かして帝国軍を引き付け、突出してきた歩兵達には容赦ない攻撃を加えて討ち取っていた。その結果メルフェトらを鉱山都市キルゴスから引き離す目標を達成した上、敵の戦力をすり減らすことも成功していた。
「お疲れ様でした。皆さんご無事ですか?」
リリアスがアルジュラらに声をかける。狼騎兵は人造兵との戦闘を避けるために深入りはしていなかったので、損害はほとんど出ていないとのことだ。
「アルジュラ様、帰還して早々で申し訳ありません。もうすぐ日も落ちますし、これ以上各戦線の動きはないでしょう。明日の方針をたてたいのですが、軍議をはじめてもよろしいでしょうか?」
僕は本日判明した情報を整理して、明日の方針をたてることを提案した。
「もちろんだ。軍議の場所はできているのか? 案内してくれ」
連合軍の宿営地に、簡単な司令部が設営された。ジルヴァはすでに着席している。ウルガルナ軍の代表として、ドワーフ隊とエルフ隊の隊長がそれぞれ1名参加してくれることになった。僕とリリアス、アルジュラとイゼルも卓を囲み、まず状況の説明が開始された。
「捕虜からの情報では、鉱山都市キルゴスは帝国軍の2個軍団が包囲していました。ひとつは我々が先のシルメアで戦った将軍バルディアが率いる軍、もうひとつは今目の前にいる魔道元帥メルフェトという人物が率いる軍です。それぞれの軍の規模は約20000ずつとのことです」
僕は得られた情報を集約して説明を続けた。
「メルフェトの軍は配下に3人の将がいました。そのうち唯一の高位魔法の使い手フェリアルは、本日アルジュラ様が討ち取りました。捕虜の情報が確かなら、今後は高位魔法におびえる必要はなくなります」
「さすがはアルジュラ殿。本日一番の戦果であるな」
「そのままジルヴァ様の攻勢で敵本陣を貫けそうでしたが、ここで敵は人造兵なる兵器を投入してきました。人造兵は動きは鈍重ですが、その破壊力と堅牢さは驚異的です。現状我々はこれを撃破する術を持ち合わせていません」
「私の見立てでは、人造兵たちの動きは日没前にはいっそう鈍くなっていた。おそらくナガト殿の予想していた稼働限界だったのかもしれん。投入された時間から考えても、どうやら半日も保たないようだな」
夕刻近くまで帝国軍をかき回していたアルジュラが、人造兵の動きが徐々に鈍っていたことを報告した。
「はい。今日の僕たちの行動で、メルフェト軍を人造兵ごとキルゴスから引き離せましたし、人造兵の弱点にも確証がもてました」
「明日はどのように軍を動かしますか?」
リリアスの問いかけに僕は答えていく。
「僕たちの主目標は鉱山都市キルゴスの防衛です。本日はなんとかもちこたえたようですが……防衛戦の詳細がこちらには分かりません。できるだけ早く救援にかけつけたいところです」
「では目の前の軍をどうするかが課題だな。人造兵に鉱山都市を攻められてはひとたまりもないぞ」
「ジルヴァ様の仰る通りです。あの人造兵が都市攻撃に加わる事態は避けなければいけません。したがってお願いがあるのですが、ジルヴァ様はここに留まって敵と交戦し、敵を釘付けにしてください」
「敵の強力さを述べたうえでその策を示すとは、難題を言ってくれるではないか。しかし望むところだ! 我ら餓狼兵が身体をはって人造兵を食い止めてやろう。せいぜい爪痕くらいは残してやらんとな」
「激戦になるかと思いますが、お任せします。敵軍は大規模なので、シルメア軍歩兵とウルガルナ軍も、僕とリリアス様の指揮下で援護させていただきます」
「私たち狼騎兵は……キルゴスへ向かえば良いのか?」
「はい。アルジュラ様たちは正面の敵を迂回して、キルゴスへ向かってください。都市を攻撃する敵軍を背後から強襲してもらいます」
「キルゴスは未だ20000近いバルディア軍に攻められているのですよね? 400の狼騎兵でその軍に突入するのはいささか無謀ではありませんか?」
リリアスは作戦について心配している。
「あくまでアルジュラ様にしていただきたいのは、敵軍の視線を後方にも向けさせることです。3割も振り返ってくれれば上々でしょう。注意を引いた後は、むしろ都市から離れていただいても大丈夫です」
「我らが敵軍を大勢ひきつけられれば、その分都市の負担を減らすことができるな。機動力のある狼騎兵に任せてもらおう」
各軍の方針が決まったところで、戦闘に疲労した各々は宿営地に戻っていた。戦闘初日から敵軍の高位魔法の使い手を討ち取れたのは、非常に大きな収穫であったが、そのまま勝利の流れにのれるほど楽観できる状況ではなかった。
一方キルゴスを北方より攻めていたバルディアらも、日没が近づく前に戦闘を終えて兵を引き上げていた。鉱山都市キルゴスは、なんとか戦闘初日の陥落を免れた形となった。ギークスと情報を交換したジェノンが、都市南方方面の戦闘の動きについてバルディア、ケイレスに報告したいた。
「なるほど……フェリアルが”穿ち姫”に討ち取られ、窮地に陥ったアルフォンが人造兵なるものを戦場に投入したと」
「バルディア様、人造兵という兵器はご存じでしたか?」
「いや、聞いておらんな。メルフェト達の研究は基本的に秘匿されており、帝国内でも機密事項として扱われておる」
人造兵の特性を聞いたケイレスが、ある違和感を覚える。
「妙だとは思わないか……? そんな兵器をもっているのなら、なぜ最初から都市攻撃に投入しなかったのだ?」
「いわれてみれば……人造兵があれば、敵の防衛陣はたちまち崩せたでしょう。出し惜しみしたのでしょうか?」
「単に魔道旅団の連中が戦を分かっていなかっただけなら話は単純なのだが、メルフェト軍にはギークス将軍がいるだろう? 彼がその兵器を知っていれば、利用しないはずがない。何か意図があったんじゃないかと疑ってしまうな」
「例えばどのような?」
「現時点でははっきりしないな。単純に秘密兵器として温存しておきたったのか、あるいはまた別の事情が……」
ジェノンの問いに応えるための根拠を、ケイレスはまだ持ち合わせていなかった。
「杞憂であってくれれば良いんだが、様々な解釈ができるということだ」
「うむ……。メルフェトの腹は私にも分からんが、奴の動向には注意しておかねばならんようだな」
帝国の将たちは考えを巡らせたものの、根拠となる情報はなく、結論には至らなかった。
人造兵とともにナガトら連合軍を追撃したメルフェト軍であったが、狼騎兵に翻弄されて戦果を上げないまま日没を迎える。鉱山都市キルゴスもバルディア軍の攻勢に耐えきり、初日の陥落を免れたのであった。今後の戦闘の推移はいかに? 次回に続きます。




