鉱山都市キルゴス救出戦 解き放たれた石像兵
快進撃を続けていたジルヴァら餓狼兵が、ついにアルフォンとオルトルの元へたどり着いた。餓狼兵たちの爪と牙からは、数多の帝国兵が引き裂かれた血がしたたっており、彼らに睨まれた帝国兵らはたちまち士気をくじかれた。
「これまでだ帝国の将よ……貴殿らの命、このジルヴァが貰い受ける!」
アルフォンらにとって状況は絶望的なはずだが、不思議と彼の口元には笑みがうかんでいた。
「馬鹿めが! 窮地にわざわざやってきたのは貴様らだ! 私は魔道将軍アルフォン! 脆弱な貴様らごとき、叩き潰してくれようぞ! 人造兵、起動せよ!」
アルフォンの号令の後、彼の背後に並んでいた布の中身が動き出す。布が一斉に取り払われ、中から現れたのは兵の形を模した石像だった。石像の身の丈はジルヴァをさらにひとまわり上回るほどの巨体であり、50体もの数が隊列を組んで連合軍の前に立ち塞がった。
「なんだこやつらは!? せ、石像が動いている!?」
数多の石像の出現に、進撃を続けていた連合軍の足が止まる。
「これが我が軍の切り札よ! さあやつらをひねりつぶせ!」
アルフォンの号令により、人造兵たちは連合軍に襲い掛かった。人造兵の動きは決して早くなく、むしろ鈍重であった。しかしその剛腕から繰り出される打撃は凄まじく、次々と連合軍兵士を屠っていった。
「いかんな、兵たちは下がれ! ここは我々が食い止める!」
ジルヴァは餓狼兵以外の味方を下がらせた。ジルヴァは一体の人造兵と向き合い、爪で胴体を切りつけた。ジルヴァの爪は人造兵の胴体を深々と切り裂いたが、人造兵はそれをものともせずジルヴァを殴りつけた。ジルヴァは拳を受け止め、人造兵をはじき返す。
「くうっ、なんとか傷はつくが……致命傷にはならんか!」
餓狼兵も人造兵を爪や牙で攻撃しているが、痛みを知らぬ石の兵の動きを止めることはできなかった。
「このままではまずいか……皆、後退だ!」
「はっはっは! みたか我らが無敵の人造兵を! このまま押し返してくれるわ!」
ジルヴァたちはアルフォンらを追い詰めたものの、人造兵の出現により、なすすべなく後退せざるを得なかった。幸い人造兵の動きは鈍重であり、撤退を阻まれることはなかった。ジルヴァは未知の敵の出現を報告するため、連合軍本陣に帰還することになる。
「かたじけないリリアス様。先陣を切っておきながら、あと一歩で敵本陣を落とせなかった。敵は巨大な石像の兵を投入し、我らに対抗してきたのだ」
ジルヴァの報告を聞いて、司令部にいる者達がうろたえだす。シルメア最強の攻撃力を誇る餓狼兵でも倒せない相手を一体どうすれば良いのだという反応だ。
「ジルヴァ、報告ありがとうございます。敵の足は遅いようですが、いずれここにも到着するでしょう。急ぎ対策を講じなければ……」
とはいえこのままでは結論が出そうにない。そこにアルジュラが帝国の捕虜を連れて本陣に帰還した。
「アルジュラとイゼル、ただいま戻りました。高位魔法の使い手と思われる、敵魔術師の将を討ち取りました。事前の脅威と伺っていた高位魔法はこれで防げたはずですが……どうも楽観できる状況ではなさそうですな」
帰還したアルジュラとイゼルにも石像の兵の出現を説明した。
「なるほど、石像の兵ですか。ジルヴァ将軍の攻撃でも倒れない相手であれば、我らの狼騎兵でも倒すのは難しいでしょう」
「アルジュラ様、そこの捕虜たちは魔術師ですか?」
僕はアルジュラの連れてきた捕虜を見て確認した。
「その通りだ。敵魔術師の将に追従していた者達だ」
「まずは敵の秘密を探る必要があります。尋問させてください」
「だれが情報を売るものか! 煮るなり焼くなり好きにするがいい!」
口の堅そうな捕虜の魔術師たちに、アルジュラが声をかける。
「なるほど、拷問が好みか。おい、私の狼を連れてこい。生きたままはらわたを食らってやれ」
アルジュラがとんでもない事をさらりと発言している。すぐにアルジュラがいつも騎乗している狼がやってきて、魔術師の腹を舌で舐めた。魔術師は泡を吹く寸前でなんとか正気を保っていたものの、観念して口を割ることになる。
「ど、どうか命だけは、どうか! 知り得ることは全て話します!」
「よろしい。さあナガト殿、何でも尋問するがいい」
「あ、ありがとうございます。では……」
やっていることが明らかに人道に反すると感じたが、今は僕達とて手段を選んでいられる状況ではない。僕はその場にひざまずく魔術師に質問を始めた。
「あなたの帝国軍の所属は? どのような組織の構成なのですか?」
「我らはダレム帝国軍魔道旅団だ。魔道旅団は魔道元帥メルフェト様のもとに3つの組織で構成されている。私はそのうちのフェリアル様管轄の元素魔術師だ」
「フェリアルとは先ほどアルジュラ様が討ち取った敵将ですね。元素魔術師とは?」
「元素魔術師は炎をはじめとした属性魔法に長けた集団だ。魔道旅団の攻撃力の中核を担っていた……」
「なるほど。では時間も惜しいため、本題を訪ねます。あの石像の兵士について知っていることを全て話してください」
この者達から核心に迫る情報を引き出せるかで、今後の方針は大きく変わることになる。捕虜の魔術師は抵抗する素振りをみせずに語り続けた。
「あれは人造兵団のアルフォン様が所有する人造兵だ。管轄が違うゆえ詳しいことは分からない」
「人造兵というのですね。どのような仕組みで動いているのですか? 誰かが操作しているんですか? あるいは自律して動いているのですか? もしかすると、中で誰かが操縦しているという可能性も……」
「動く仕組みも含めて、私たちには知らされていない。ただ核に蓄えた魔力を動力にしていることは間違いないはずだ。彼らは無機物に魔力を伝導させる研究を続けていた」
「そうですか……分かりました。そこが確認できれば十分です」
尋問を終えた僕にジルヴァが訪ねる。
「何か対策があるのか?」
「はい。僕も魔力という概念はそこまで理解していませんが、人造兵は無尽蔵に稼働できるわけではないことが分かりました。幸い正面の敵軍はキルゴス攻撃を中止して、転進してこちらに向かってきております。このまま僕達は後退して敵をひきつけましょう。幸い人造兵とやらの動きは遅く、普通に移動してもまず追いつかれません」
「そうか! いずれ魔力が切れて稼働限界に達するであろうから、それまで逃げ回ればよいわけだな」
「左様ですジルヴァ様。さらに将軍からお聞きした人造兵の特徴を聞くに、そいつらをできるだけキルゴスから引き離す必要が出てきました。人造兵は足が遅いものの、その耐久性と攻撃力は破格です。あれは攻城や拠点防衛で本領を発揮する兵器といえます。人造兵が都市に向かうことだけは避けなければいけません」
「確かにそれは言える。あれに攻められれば、キルゴスは瞬く間に陥落するだろう……」
「その作戦なら、殿は私がやろう。敵将の仇である私が目の前にいた方が、奴らは血眼で追ってくるだろう」
アルジュラが自ら最後列を買って出てくれている。
「危険な役割ですが、大丈夫ですか?」
「心配いらんさ。あんな鈍い連中に捕まる我々ではない。なんならたまにつついて、少しでも敵の戦力も削いでやろう」
「頼もしい限りです。よろしくお願いします」
「それでは時間も惜しい。ナガト殿はリリアス様と共に南へ向かわれよ。イゼル! 我々は役目を果たすぞ。出撃だ!」
「かしこまりました。お供いたします」
連合軍は帝国軍の人造兵を鉱山都市キルゴスから引き離すべく、南へ進路をとった。最後尾の狼騎兵は敵をひきつけつつ、歩兵が突出してきた場合は転進してこれを討った。フェリアルの仇であるアルジュラを屠るために、メルフェト軍は躍起になって追撃してきたが、一撃離脱に徹した狼騎兵をとらえることはできなかった。
アルフォンは魔道兵器である人造兵を前線に投入。敵将を目の前にしたジルヴァたちはあと一歩のところで道を阻まれ、後退を余儀なくされる。ナガトは人造兵の性質を見抜き、敵軍をキルゴスから引き離す方針をとったが、この判断は正しかったのだろうか……? 次回に続きます。




