鉱山都市キルゴス救出戦 包囲網と希望の援軍
「ご報告! 帝国軍は鉱山都市キルゴス外壁全周囲に展開! 我が方は完全に包囲されております」
「いやはや、絶体絶命というやつじゃな……」
ギーナ回廊より撤退したオルグとヴィラ率いるウルガルナ軍は、無事鉱山都市キルゴスにたどり着いていた。ギーナ回廊を超えてウルガルナ国内に侵入してきた帝国軍は、全軍をもってキルゴスを包囲。今まさに攻勢が開始されようとしているところであった。
都市包囲網はギーナ回廊側である北部から西部にかけてはバルディアの軍が布陣し、ウルガルナ本国側の南部はメルフェトの軍が展開していた。都市東部はミリス鉱の鉱山を含む険しい山岳地帯であり、軍の通行は不可能である。そちらの方面から帝国軍が迫ることはできないが、ウルガルナ軍が撤退することもできず、天然の城塞というよりは退路を塞いでいる壁とみなすべき地形であった。
「我が方の戦力は残存兵が12000。帝国軍は別の軍団が合流して約40000といったところか……。守勢に徹すれば戦えないわけではないが、キルゴスは防衛に向いた拠点ではない。長くは耐えられまい」
勇猛なオルグも厳しい状況に落胆の息を漏らす。
「伝令の話では、首都セレナより援軍が向かっているとのことです。それまで持ちこたえられるでしょうか……」
ヴィラの表情も険しい。帝国軍は数的に優勢であり、さらにギーナ回廊の守備隊を焼き払った高位炎魔法の懸念もある。高位魔法は拠点守備の概念を覆すほどの威力であり、ウルガルナ軍は常にそれに恐怖を覚えていた。
「帝国軍前進してきます!」
「沈んでばかりおれんようじゃ。こちらも迎撃態勢じゃ! 全軍持ち場を死守せよ!」
「普通に攻めてくるということは……ひとまず初手から高位炎魔法を使うつもりはないということですね。なんとか援軍到着まで戦い抜きましょう!」
帝国軍前衛が都市に侵攻を開始。ここに鉱山都市キルゴスの戦いが開始された。キルゴスには城壁と呼べるほどの設備はなく、およそ一階建ての建物ほどの高さの外壁が街を囲うように存在するのみであった。したがってすべての守備隊を壁の上に展開することはできず、エルフ部隊のみが壁上に待機し、オルグのドワーフ部隊は街の外周に陣を敷いていた。両軍の距離が弓矢の届く間合いに近づいていく。
「撃ち方はじめ!」
ヴィラはエルフ弓兵部隊に射撃開始を命じた。壁上から次々と弓矢が放たれ、帝国軍前衛に降り注いでいく。
「こちらも撃て! 敵は寡兵で士気も落ちている。一気に踏みつぶせ!」
帝国軍前衛にジェノンが指示を飛ばす。帝国軍もウルガルナ軍に弓矢による射撃を開始した。地の利は若干ながらウルガルナにあるものの、数に勝る帝国軍の放つ矢が、徐々にウルガルナ軍の損害を広めていた。
「やはりこのままでは保ちませんね。神官兵! 水魔障壁を!」
射撃戦での形勢不利とみたヴィラは、矢を遮るため水魔障壁の展開を命じる。ただちに壁上に配置された神官兵が、ウルガルナ軍の間に水の壁を展開した。両軍の放つ矢はことごとく壁に遮られ、その場に落下する。お互い射撃を中断し、水の壁を挟んで睨みあう形となった。
「小細工を!」
優勢な状況に水を差されたジェノンが苛立つ。
「慌てるなジェノン君。あれは魔力によってできた水の壁だ。長くは保つまい。ちまちま矢で削りあうよりも、白兵戦で一気に攻めるとしよう」
同じく前線に立つケイレスがこの機会に前進を命じる。両軍の距離はさらに縮まっていった。水の壁は徐々に勢いがなくなり、お互いの前衛の顔が視認できる程度に薄くなっていく。
「邪魔な壁は消えた! 攻撃を再開せよ!」
ケイレスの号令とともに、帝国軍前衛がウルガルナ軍に襲い掛かる。壁の前に構えたドワーフ達がこれに応戦した。双方激しい武器のぶつかり合いで、怒声と金属音があたりに響き渡る。
「敵が手強い様子です! 特に街の北側で押され始めています!」
「なんじゃと!?」
白兵戦に長けたドワーフ達だが、先のギーナ回廊の戦いと違って苦戦していた。北方から迫るバルディア配下の軍は、練兵を重ねた強力な部隊である。先にギーナ回廊で戦った帝国兵とは明らかに士気も練度も違っており、応戦するウルガルナ軍を圧倒していた。
戦闘開始から数刻が経過し、なんとか前線を維持して耐え凌いでいた守備隊にも、限界が見え始めた。
「このままではもちません! 退却命令を!」
「退却も何も、街は包囲されておるのだぞ! もはやこれまでか……」
オルグらが降伏の決断を下そうとしたそのとき、伝令兵が慌ただしく飛び込んできた。
「南方より街に近づく軍勢が確認できたとのこと! おそらく首都セレナからの援軍です!」
援軍到着の報をうけて、敗北を受け入れかけていたウルガルナ軍が士気を取り戻した。
「皮一枚つながりましたね。しかしセレナの兵はそれほど多くないはずです。まだまだ正念場ですよ!」
ヴィラも前線に激を飛ばし、なんとか戦線が崩壊するのはとどまった。そして増援軍の到着は当然帝国軍の目にもとまり、軍を動揺させることとなる。
「バルディア将軍、南方より敵の援軍が迫っているようです」
「数はいかほどか?」
報告をうけたバルディアが伝令兵に問う。
「7000から8000と推測されます」
「思ったより首都に兵を温存していたようだな。あるいは急遽徴兵して頭数だけを揃えてきたか……」
「その可能性もありますが、どうも援軍はウルガルナ軍だけではないようなのです。先日シルメアで戦った狼の騎兵や、餓狼種の部隊も確認したという情報があります」
「!!」
ジェノンの目に緊張が走る。シルメア軍と死闘を繰り広げたのは、まだ記憶に新しい。特に自分の喉元まで槍を突きつけた狼騎兵が来ているとなれば、意識が強張るのも当然だ。
「ほう、奴らも我らとは違う道でウルガルナに入っていたか。そして軍をともにしているということは、シルメアとウルガルナは同盟したとのだな」
ケイレスは冷静に状況を受け入れていた。
「驚かれないのですか?」
「獣人と亜人が手を組むなど前例はないことだが、想定の範囲内だ。シルメア、ウルガルナとも単独では我らダレム帝国に対抗できぬ。両国どちらにも戦争を仕掛ければ、同盟することも頷けよう」
ケイレスの分析に、バルディアも同意する態度を見せている。
「その通りだ。敵の援軍は南方からと申したな。であれば……メルフェト軍の背面を突くことになるな。彼らは今頃浮足立っていよう」
「"魔狼"や"穿ち姫"も来ているかもしれません。一応ギークス将軍にはシルメアでの戦闘内容を伝えていますので、完全に不意打ちとまではいかないはずですが……」
シルメアの将達との戦闘を経験した彼らはその強さを十分に認識しており、数に勝るとはいえ油断の欠片もなかった。さらにシルメア軍の出現もケイレスは想定しており、事前にギークス将軍にシルメアの軍容を報告していたのだった。
「メルフェト軍の救援に向かわれますか?」
「ジェノンよ、3000を率いてメルフェト軍の援護に向かえ。特に彼の軍には、我が盟友ギークスがおる。彼を死なせるなよ」
「承知いたしました。先の戦闘の雪辱も晴らして見せましょう!」
ウルガルナ援軍の到着は、南方より都市を攻め立てていたメルフェト軍からも確認され、軍に動揺が走っていた。
「メルフェト様! 我が軍の後方より敵軍が迫っております! ただちに都市を攻めている部隊を転進させるべきかと存じます!」
「敵援軍だと!? ウルガルナめ……まだ本国に余力を残しておったのか! ギークスよ、半数の兵を反転させ、我が魔道将軍たちとともに敵援軍を迎撃せよ!」
メルフェト軍本陣の将校たちは狼狽した。メルフェト軍は攻撃部隊をすべてキルゴスに向かわせていたため、メルフェトらがいる本陣を手薄な状態で晒していたからだ。メルフェトはただちにギークスに指示し、都市を攻めていた10000の軍勢の再配置を始めた。ギークスとアルフォン、オルトルが指揮官としてシルメア・ウルガルナ連合軍に相対することとなった。
帝国軍は鉱山都市キルゴスを全面包囲し、激しい攻勢をかける。陥落間際かと思われたそのとき、南方より首都セレナからの援軍が現れた。援軍到着によって戦況を挽回し得るのか? 次回に続きます。




