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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
亜人の国ウルガルナ編
34/72

夜分の意外な訪問者

 僕たちはウルガルナ宮殿の客室へそれぞれ案内され、夜を過ごすこととなった。郊外に待機していたジルヴァらとシルメア軍の兵達にも町の宿舎が開放され、強行軍の疲れを癒すこととなった。もっとも狼騎兵ルプリオス餓狼兵ウェアウルフが堂々と城下町を歩く姿は異様で、住民からは魔物の侵攻と間違われた報告が数件あったとか。


 僕も個室に案内され、ひとときの休息をとっていた。ウルガルナの建築はシルメアのものと雰囲気がずいぶん異なるようだ。石材を中心に作られた建築物は、手で触れると冷たい感触が伝わってくる。部屋のところどころに見受けられる細かい装飾は、ドワーフ達やエルフ達の加工技術の高さ象徴なのだろう。先ほど提供された食事は野性味溢れるシルメアの料理とはうってかわって、色とりどりの果実や野菜をふんだんに使った宮廷料理だった。この世界にきてから肉三昧でこたえていた僕の身体に染み渡るような味わいだった。今卓の上に提供されているのは、いわゆる紅茶のような飲み物だ。独特な香りがするが、飲んでみると絶妙な渋みがして、身体を落ち着かせてくれる。


「仮にずっと暮らすなら、ウルガルナの方が体に合いそうかな……」







どれほど続くか分からないこの世界での暮らしを案じながら時を過ごしていると、部屋の扉をノックする音がした。


「どうぞ」


僕が扉を開けると、そこにはアルジュラとイゼルが立っていた。


「夜分に失礼する。少しいいかな?」


「ど、どうぞ! 珍しいですね、アルジュラ様とイゼル様が僕のところに来られるの」


 リリアスがよく夜中に僕の部屋を訪れることはよくあったが、この二人が来るのは初めてだ。二人はウルガルナから提供された寝衣を着ている。これまで甲冑の姿しか見たことがなかったが、このような服装をしていると二人とも目が釘付けになるほど淡麗な女性で、少し緊張してしまう。とても普段戦場に身を置く方々とは思えない風貌だ。二人を招き入れた僕は、卓の周りに座るよう案内した。


「アルジュラ様とイゼル様も、ゆっくり休めていますか?」


「そうだな。最近は戦闘と任務でとにかく休む暇がなかったからな。私もさすがにこたえていたところだよ。ナガト殿の故郷は戦乱のない国だったとのことだし……かなりお疲れだったのではないかな?」


「そうですね。僕自身はそこまで身体を動かしているわけではないのですが、それでも戦場なんて本当は、凄く非日常なんですよね。ずっと続くとまいってしまいます。先ほどおいしい食事もいただけましたし、ずいぶん休めました」


「ウルガルナのもてなしは私も初めてだったが、案外悪くなかったな。しかし強いて言えば、普段の食事と比べると、ガツッと腹にたまるものがなかったな。そういえば少し小腹がすいてきたな……」


「そのころかと思いまして、間食を用意してございます。お召しになりますか?」


イゼルが手元から包みを取り出す。中からは干し肉のような食事が現れた。


「ナガト殿もどうだ? 私の軍の携帯食料で、凝った味付けはしていないが、夜食にはちょうど良いぞ」


「い、いえ、僕はまだお腹いっぱいですので。折角のご厚意ですが、申し訳ありません」


「そうか。では食事をつまみながら失礼させてもらおう」


アルジュラとイゼルはそう言って干し肉を頬張りだす。この方たちは何が何でも肉を食べないと気が済まないのかもしれない。






「さて本題だ、ナガト殿。我々はこのまま北上して鉱山都市キルゴスへ向かうわけだが、地図を見たところ、おそらく帝国軍に先は越されているだろう。我々が都市に入ることは叶わず、野戦を仕掛ける展開になるだろうな」


「おっしゃる通りだと思います。そしてその場合、都市を盾に高位炎魔法ベヒトブリズを防ぐことができません。残念ながら……今のところ有効な手立ても思いついておりません」


「私も高位炎魔法ベヒトブリズはなんとしても阻止せねばと思っていたところだ。おそらく防ぐ手は、発動前に潰すしかあるまい。しかし矢で狙撃できないとなると、かなり接近して直接討ち取るしかないな」


「それができれば良いのですが、果たして可能ですか?」


「現地の地形を見てみないと何ともいえないが、少なくともどこから高位炎魔法ベヒトブリズが飛んでくるかは、ある程度見通しが立つと思っている」


「そういいますと?」


「私が昼に話した炎魔法ブリズの対処法と基本は同じだ。高位炎魔法ベヒトブリズといえども、術者から直線状の炎が発せられるという性質は変わらないと見える」


アルジュラは炎魔法ブリズの対処法として、発動時は最前列に出なければ炎は撃てないため、そのタイミングで潰せば良いとのことであった。そこまで聞いて僕も発動場所について閃いた。


「そうか……! 高位炎魔法ベヒトブリズも味方を巻き込まないように撃つには、最前列から撃つか、あるいはギーナ回廊の戦いの報告のように、高所から撃つしかないですね」


「その通りだ。しかも極めて大規模な射程と範囲となれば、その場所もいくらか絞れるように思う」


たしかに戦場の現地を見てみないとなんともいえないが、完全に平坦な戦場であれば、敵魔術師は、魔法発動時は最前列に出てくる。あるいは起伏に富んだ戦場であれば、高位魔法を使うときには高所に移動すると思われる。完全に何も分からない状況よりも、発動場所が分かっている方が。まだ対処のしようがある。


「それではいくらか小隊を伏兵として、発動場所と推測される地点を強襲できるように待機させておきましょう」


アルジュラ達の着眼点通りにいけば、もしかすると魔法発動前に、敵魔術師の位置を補足できるかもしれない。戦闘が始まる前にそのことに気が付けたのは、非常に大きい。戦場に到着し次第、周囲の地形の探索を行う必要があるだろう。





 その後も3名で陣形や部隊配置の詳細について話を詰めた。やはりアルジュラとイゼルは部隊指揮の経験が豊富で、僕の手が届かない戦術レベルの用兵について、的確な意見を述べてくれた。その後も議論は続き、集中しているうちにかなり時間が経ってしまったようだ。


「ずいぶん遅くなってしまったが、おかげでかなり戦場の絵が出来上がったよ。ありがとうナガト殿。そろそろ失礼しようか」


「どういたしまして。僕なんかの意見ですが、お役に立てれば幸いです」


アルジュラとイゼルはお辞儀をして退室していった。





 翌朝シルメア軍とウルガルナ軍の連合軍が鉱山都市キルゴスを目指し行軍を開始した。鉱山都市へは歩兵の足で二日程度とのことだ。ギーナ回廊守備隊がうまくキルゴスに撤退できていたとしても、僕達が合流できる頃には街は包囲されているだろう。高位魔法を使われないにしても、要塞でもないただの都市では長期の籠城は望めない。一刻も早く戦場へ駆けつけるべく、連合軍は足を速めたのであった。


ナガトたちは高位炎魔法ベヒトブリズ攻略のための構想を着々と練っています。次回、いよいよ戦闘開始です。

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