犬人の将アルジュラとイゼル、国家の危機に推参
僕は作戦会議室にて、今の状況を確認した。
「国王様の言う事情を察すると、帝国はシルメアを属国化する意図があるようです。安易に降伏を受け入れられないのは、その通りでしょう。そうするとまずは、目の前の軍勢を撃退する必要があります」
「何か有効な作戦はありそうですか?」
リリアスが続けて質問する。
「そうですね……」
状況は厳しいが、僕の考えた方針はこうだ。
「王都から打って出て、帝国軍を攻撃しましょう」
一同に衝撃が走る。
「なんと申された? 城壁を盾に守りに徹せず、あえて攻めにでるというのか?」
国王も驚きを隠せない様子である。
「ここ王都も堅牢とまでは言えないものの、城壁はある。守備側の利点をあえて放棄するというのは、あまりにも無謀ではないか?」
国王の問いに僕は答えていく。
「たしかに一見合理的ではないのですが、今できる方法でそれが最善と考えます」
「その理由は?」
「まず今目の前にいる軍勢は、そのまま攻め込んでくる可能性は低いです。相手は2000と数的優勢ですが、騎兵が突出しています。騎兵のみで攻城戦や市外戦をおこなうと、機動力という騎兵の利点を捨てることになるので、帝国軍にとって賢明な選択とは言えません」
「それは確かに、ナガト様の言う通りですね」
「では帝国軍の狙いとは何なのだ……?」
リリアスと国王が続けて問う。
「騎兵の突出は、今まさに我々がおかれている状況をつくりだすためです。混乱した国家主導者達は、降伏を受諾すると予想したのでしょう。ただしこれは帝国軍も揺さぶりといったところです。本命の攻城、制圧部隊が後詰めで迫っているはずです。後ろの軍と合流してから攻勢に出てくるでしょう」
「なるほど! つまり今あえて攻めに出る必要とは……後軍と騎兵が合流する前に騎兵を叩くということなのだな」
「国王様のおっしゃる通りです。今の戦力差もかなり厳しいのですが、ここからさらに敵騎兵が本軍と合流してしまうと、まず勝ち目はありません。城壁に籠っているだけでは、相手に合流の時間を与えてしまうことになります。それよりは突出している敵だけでもいくらか減らした方が、後の展開はましでしょう」
正直この作戦も、無謀と言えば無謀である。今できる手段のなかで、あくまでましというだけなのだ。
「なるほどよくわかった。ナガト殿がこのように方針を示してくれたが、異論のある者はいないか?」
僕の説明は無事周りに伝わったようだ。皆積極的ではないものの、頷いてくれている。
「では打って出るのは決定したとして、今の王都の戦力は王都守備軍500だ。訓練は欠かしていない精強な部隊だが……どのように攻める?」
そう、方針は示せたものの、今の戦力差ではあまりにも厳しい。
「国内の諸侯に軍の招集をかけてくれているとのことですが、どのくらいで到着できそうなのでしょうか?」
その質問には、近衛兵団長のドリトルが答える。
「我が国は国土が広大ゆえ、軍の招集にも時間がかかります。諸侯のなかで最も精強な軍をもつジルヴァ様は、領地が王都と離れていますので、少なくとも2日はかかるでしょう。ほかに領内のそれぞれの街から兵を募っていますが、こちらもかかる時間は未定です。アルジュラ様の領地が王都と最も近いのですが、兵が到着するのは翌日以降といったところでしょうか」
つまり2日間は今の戦力しかないわけか。翌日にはアルジュラという方の軍が到着の見込みがあるとのことなので、少なくともこの軍は待つべきだろうか。帝国軍の後軍がどれほどの速さで迫っているか分からないので、正直に言って時間は1日でも惜しい。しかし王都守備軍だけでは、2000の敵に有効打になり得ないとは確かだろう。僕の判断は……
「分かりました。では打って出るのはアルジュラという方の軍が合流した時点で……」
「国王様、ご報告です!」
僕の発言を遮るように報告が飛び込んでくる。
「アルジュラとその配下兵500、王都に到着されました」
「なんと!? もう到着したのか!」
一同に驚きと歓声があがる。
「作戦会議に間に合ったかな?」
発言とともに女性が2名、会議室に入ってくる。ふたりとも犬の特徴がある獣人のようだ。ひとりは長身で栗色の長髪、艶やかであるが、筋肉質で野性的な風貌をしている。もうひとりはどちらかというと落ち着いた印象の女性で、長身の女性の斜め後ろに控えている。率直な感想ではあるが、ふたりともとても美しい。帯剣しているところをみると、この国の武官なのだろうか。
「きてくれたのかアルジュラ! 我々の予想を超える速さであったな」
国王が長身の女性に挨拶をしている。こちらがアルジュラという人物のようだ。
「帝国軍侵攻で王都リラが危機と聞いてな。早い方がよかろうと思って、狼騎兵だけで駆けてきたのだ」
「かたじけない。いままさに目の前に迫る帝国騎兵に打って出ようと作戦を立てていたのだ。このナガト殿の発案でな」
「はじめまして。天城ナガトです。つい先ほど、リリアス様に招かれて参じた者です。シルメアのことや皆様のことはまだあまり存じ上げてはいませんが、シルメアのために、帝国軍を退けるのに協力します」
「リリアス様のご客人でしたか。私はアルジュラ。彼女は副官のイゼルです。犬人種の領主をしています。お見知りおきを願います」
「よろしくお願いします」
「彼女達は犬人種のなかでも、特に由緒ある名家の方々です。戦も、とても強いのですよ」
リリアスが訪ねた通り、二人とも女性であるものの、その気配はここにいた家臣たちとは異なり、武人の気配を発している。
「お任せくださいリリアス様。このアルジュラ、常日頃から練兵を怠っていません。帝国軍ごとき蹂躙してご覧に入れます」
「頼もしい限りです!」
リリアスが表情を明るくして答える。アルジュラ達の到着で、会議室にいた他の面々も安堵している様子だ。
「敵は騎兵2000がアレス平野に展開している。後軍と合流される前にこれを叩きたいのだが、大丈夫か?」
国王が状況を説明する。
「劣勢なのにあえて打って出るとは、大胆な作戦ですね。2000ですか……私の軍に王都守備隊500を加えれば、合わせて1000。戦力的には問題ないでしょう。ただし……」
2倍の戦力差をいとも簡単に問題ないと判断している。どれほど強いんだろう、このアルジュラ達の軍は。アルジュラはさらに言葉を続けている。
「厄介なのは、こちらと戦闘せずに初手から後退された場合です。相手は騎兵、狼騎兵の足でも追いきれないでしょう。我らの騎乗する狼は瞬発力こそ馬を上回っていますが、馬のように長時間全速力で駆け続けることはできません」
なるほど。その点は僕の知る肉食獣と草食獣の特徴に似ているようだ。この説明に国王が質問する。
「帝国軍が半数の敵を相手に、初手から逃げを選ぶだろうか?」
アルジュラが答える。
「敵の指揮官の性格にもよりますが、可能性としては考えておきたいですね。まあ先ほど降伏勧告を送ってきたとのことなので、そうまでしておきながら逃走するのは流石に格好がつかないとは思いますが……」
「分かった。想定はしておくべきだな。では具体的な戦術の議論に移ろう。どのように攻める?」
国王が話をすすめ、具体的な軍の配置についての議論が始まった。
アルジュラ達の到着でわずかな希望が!? 次回語られる、帝国軍撃破の作戦とは……