前代未聞 軍を伴う特使
「リリアス様、もはやウルガルナ領内は戦地です。いつどこで戦闘がはじまるか分かりません。リリアス様を向かわせるには危険過ぎます」
アルジュラがリリアスの身を案じて意見を述べた。これに対してリリアスは凛とした表情で返す。
「それについては考えがあります。使者として交渉に向かうものの、最初から軍勢を連れていきます。これなら皆様の懸念される時間の無駄もありませんよね」
外交的な作法を無視したリリアスの豪胆な発想に、国王は驚いたようだ。相手国の許可なく軍を進駐させることは、完全な領地侵犯をみなされても仕方のない行動だ。しかしリリアスの言う通り、護衛として連れて行った軍をそのまま援軍として戦闘に参加させることは理にかなっている。
「相変わらず肝心なところで決断力のある娘だ。そこまでの覚悟があるなら、ぜひ支持したい。ナガト殿、娘はこう言ってくれているが、この方針でかまわないかな?」
「僕もリリアス様の考えに賛同します。今は軍をできるだけ早く向かわせることを優先するべきです。ただし後から国際問題にならないように、明確に同盟を結びに来た意図を伝えるようにしましょう。それから同盟を結ぶまではできるだけ帝国軍やウルガルナ軍との接触は避けた方がよいでしょう」
「それにはどういう意図があるのだ?」
国王は僕の発言内容について確認した。
「なにせウルガルナは僕たちの戦闘の経過を知りません。極端な話、シルメアが帝国にすでに降伏していて、僕たちが帝国軍の増援としてウルガルナに侵入してきたととらえることもできるわけです。いきなり出会って敵と勘違いされては困りますからね」
「なるほど。ウルガルナの長たちに、今までの経緯を説明する必要もあるな」
「派兵するのが決まったところで、どの部隊を出すか決めましょう。本国の守りもおろそかにはできませんし、帝国軍やウルガルナ軍の規模も不明です。これについてナガト様はどう思われますか?」
リリアスは僕に派兵部隊の編制について意見を求めてきた。
「そうですね。今度は異国での戦闘ですので、なにより兵站のことを考えなければなりません。ウルガルナ軍も自国軍の補給だけで精いっぱいかもしれませんから、自分の軍は自分で補給する見通しをつけておくべきでしょう。そのように考えると、少数にして精鋭の部隊を派遣する方が兵站の負担は軽く済みます」
「少数精鋭か。であればほぼ決まりだな。アルジュラ将軍、ジルヴァ将軍、そなたたちがリリアスの護衛部隊となり、同盟成立後はそのまま打撃部隊としてウルガルナを救援するのはどうか?」
僕も国王の提案で決まりだと考える。義勇軍を自国防衛に残し、シルメアが誇る最強の2部隊を派兵することが、兵站を維持する上でも最も合理的で、帝国軍への有効打も見込めるだろう。
「お任せください。異国の地であろうとも、敵を粉砕して見せましょうぞ」
「拝命仕りました。リリアス様にはいかなる敵も寄せ付けません」
ジルヴァとアルジュラも自分たちが派兵されることに賛同してくれている。この両名が付いてきてくれるのであれば、本当に心強い。
「方針と陣容が決まったな。あとはどのようにウルガルナに向かうかだ」
国王が最後の決定事項として、どの道を通ってウルガルナへ向かうかについて議題に挙げた。
「帝国軍はシルメアの北東方面からウルガルナに向かって行きました。これと同じ道を通ってしまうと、下手をするとウルガルナの長と会談する前に帝国軍の全部隊と会敵してしまう可能性があります。他の道はありませんか?」
僕の問いに国王が答える。
「であれば、諸君らはここからまず王都リラへ帰還し、補給と休息をとるがよい。それから王都を出て東に向かえば、おそらく帝国軍と会うことなくウルガルナの首都へとたどり着くであろう」
国王の示した道は、王都から東へ向かってウルガルナ領の西南方面に入っていく道だ。先ほど僕が、ウルガルナが陥落した場合にここから王都リラに迫られる可能性があると指摘した道と同じルートであった。こちらからなら確かに帝国軍と会敵する可能性は低く、かつウルガルナ軍との合流も容易そうだ。
「分かりました。ではアルジュラ、ジルヴァはただちに王都リラへ帰還し、遠征の準備を整えはじめてください。王都からの出立は明日の明朝を予定します。よろしいですか?」
リリアスが2名に方針を伝えた。
「御意にございます。イゼル、さっそく移動準備だ。私の領民にも、戦える者は王都リラに集結しておくよう伝えてくれ。私たちもすぐに王都に向かう……昨日から走りっぱなしだが大丈夫か?」
「日頃の訓練の方が厳しいですよ。すぐにでも動けます」
「さすがだ。では先に失礼仕る」
アルジュラとイゼルは司令部を退出していった。たしかに狼騎兵はここ数日で2度の激戦に加え、間髪入れずに偵察任務に従事している。それでまだ動けるというのだから、その行動力には脱帽である。
「ジルヴァ様の隊には、荷車を手配します。王都まで送りますのでご利用ください」
ドリトルが以前みた大型の鳥類がひく荷車を用意してくれるとのことであった。これらは遠征軍を派遣する際の補給物資運搬の手段としてこれからも活用していくことになりそうだ。
「かたじけない。我らはそれほど足が速くない故、乗せてもらえると助かります」
「ではこちらへどうぞ。リリアス様、ナガト様もご一緒に王都まで送らせていただきます」
「よろしくお願いします」
かくして僕とリリアス、ジルヴァとウェアウルフ隊もイーリス丘をあとにし、王都リラへ帰還することとなった。
精強なる遠征部隊が編制され、王都を経由してウルガルナへ向かうことに。一方、帝国軍の様子は? 次回に続きます。




