シルメアの意思決定
帝国のウルガルナ侵攻を阻止することを決めたシルメア国の将校たち。その目的のために、リリアスが驚くべき方針を示す。次回に続きます。
アルジュラの偵察によって、バルディア率いる帝国軍がウルガルナ方面へ向かったことは、シルメア軍にも伝わっていた。
「陛下、これにて帝国軍はシルメア領内から完全に退いたこととなり、防衛戦は勝利に終わりました。ですがこの事態は傍観していて良いものなのでしょうか?」
今アルジュラが指摘したことは、僕も不安に思っていたところだ。今一度周辺国の状況と軍の動きを整理するべきだろう。
「もっと大きな地図はありませんか? シルメアと、周辺の国についてものっている地図があれば見せてください」
僕はこれまでシルメアの国内地図しか見たことがなかったので、他の国の地形情報を頭に入れておきたかった。しばらくするとドリトルが大きな地図を持ってきて机に広げた。リリアスが地図について説明してくれた。
「こちらの南西に位置する国が私たちのいるシルメアですね。その北方にダレム帝国領が広がっています。シルメアの東側にはウルガルナがあります。ウルガルナはエルフとドワーフの方々が暮らす国家です」
つまりリリアスの話によると、この大陸には3つの国家があるということだ。ダレム帝国、ウルガルナ、そしてここシルメアだ。帝国軍はシルメアに侵攻してきていたが、目標をウルガルナに切り替えたということだろうか? だとすれば帝国の狙いは……。しばらく思考し、僕は現時点で考えられる可能性を述べた。
「帝国の狙いはシルメアだけではなく、最終的に大陸全土を支配化に置くことだとしましょう。帝国はまずシルメアを併合しようと試みましたが、予想外に手強かったため、攻略順を後回しにしたのかもしれません。先にウルガルナを併合し、その国力を吸収した上であらためてシルメアを攻めるつもりではないでしょうか」
ダレム帝国がすべての国を征服するつもりなら、まず弱い国から潰していく方が合理的だ。シルメア軍の奮戦で帝国軍を退けることはできたが、それは侵攻を後回しにするために一旦退くという判断をさせただけに過ぎない。
「ウルガルナは魔法や物作りに長けた国家だ。彼の国がダレム帝国に吸収されてしまっては、よりいっそう帝国軍に手がつけられなくなってしまうな」
国王が指摘する点ももちろんその通りなのだが、戦略上さらにまずい点がもう一つある。
「ウルガルナが帝国に併合されると、まずいことになります。地図をご覧ください。我々がどれだけこのイーリスの丘で防備を固めていても、帝国軍はウルガルナ領内から王都リラに進軍できてしまします。つまりウルガルナが陥落するということは、王都リラ防衛がきわめて困難になってしまうということなのです」
僕の発言で、司令部にいた一同も事の重大さに気付いたようだった。最初にアルジュラが指摘した通り、シルメアは現在侵攻を受けていないものの、傍観していていい状況ではないということだ。
「どうする? 我々も帝国軍を追ってウルガルナの戦に参戦すべきであるか?」
ジルヴァがこれからの方針について意見を出した。
「僕もジルヴァ様の方針に同意します。より具体的に言うと、ウルガルナと軍事同盟を結び、共同で帝国に立ち向かうべきではないでしょうか。シルメアとウルガルナ、どちらかが陥落することになっても、自動的にもう片方もほぼ勝ち目がなくなります」
「同盟を結ぶか……。たしかにこの状況を打破するには、それしかあるまいな」
「まずは使者を派遣して、同盟の意志があるかを確認しよう。せめて軍の通行許可だけでも出してもらえれば、シルメア軍がウルガルナ領内で帝国軍と戦闘できるようになる。もちろん同盟の申し出をそのまま受諾してくれるなら、それに越したことはない」
国王の言う通り手続きをすすめて、できるだけ早く援軍に向かいたいところだ。なにしろ今まで僕たちと対面していた帝国軍は、一旦帰国することなく直接ウルガルナ方面へ向かって行った。すなわち既にウルガルナに侵攻していた軍といち早く合流して、攻勢を強めるつもりなのだろう。たとえ今の戦線が拮抗していたとしても、帝国軍の増援が合流することで一挙にウルガルナが不利になる可能性が高い。
「国王様の言う通り使者を派遣し、ウルガルナの長と会談して再びシルメアに帰国、軍を派遣できるのはそれからになります。時間がかかればかかるほどウルガルナの戦線が崩壊する可能性が高まります。もっと迅速に軍を派遣できる方法はないでしょうか」
ドリトルは困惑した反応を見せている。そういったものの、僕も国家間の手続きを踏むとなると、良い方法がすぐには思いつかない。議論が煮詰まりつつあるなか、リリアスが発言した。
「私が特使となって、直接ウルガルナの長たちと交渉します」
自分がウルガルナへの使者になるとリリアスは申し出た。その驚くべき提案にその場にいる全員の注目が集まる。




