帝国軍の真意
「まず地図で確認しましたところ、国境線に戦力を貼り付けて帝国軍の進軍を阻むという方法は現実的ではありません。ダレム帝国領とシルメア国の国境線は長大であり、軍を配置するとなるとどうしても薄く広くなってしまいます」
「帝国軍は攻める一箇所に兵力を集中できるわけですから、国境線は容易く突破されてしまいますね……」
リリアスの言う通り、攻撃側はいつ、どこを攻めるのか選ぶ権利があり、戦力をそこに集中できる分優勢となる。
「かといって国境線にまったく兵を配置しないのも、帝国軍の侵入を早期に発見できないようになります。したがってまずは、国境線にいくつかの監視拠点を点々と設けましょう」
「監視拠点となると、高櫓のような設備が適切かな?」
「はい。加えて情報伝達の手段として、狼煙のような方法を準備しておくと良いでしょう。狼を走らすよりも、早く情報を伝えることができます」
国境線に沿って監視地点を複数設け、帝国軍の侵入が確認でき次第すみやかに狼煙によって街や王都に情報を伝達する。こちらは要塞化した丘に戦力を集結させ、帝国軍を迎撃するというのが僕の提案する防衛戦略である。国力に劣るシルメアが王都リラを防衛するにおいては、今考えられる最も合理的な方針だろう。
「ただしこの方針は、帝国軍が非武装の街を攻撃してこないという前提があります。イーリスの丘より北の領土で防衛線は行いませんので、街の住人はそれぞれが町内に避難することになります」
今回の戦いでも丘より北寄りにある街の住人は、街の中から出ないようにしているとのことだ。街といっても堅牢な壁に囲われているわけではなく、あくまで住居が集まっているだけのものらしい。現時点でも街の被害の報告はないため、帝国軍から攻撃を受けてはいないと思われる。
「帝国軍は今後も街を攻撃することはないのでしょうか?」
リリアスが疑問の意を示した。
「保障はありませんが、帝国軍が街を攻撃しない理由は、戦争の目的があくまでシルメアを降伏させ、支配するつもりだからなのでしょう。占領地になる予定の街で無意味な殺戮をおこなってしまっては、今後の統治するにあたって支障が出ます。帝国軍としては街を刺激せずに素通りできるのが、一番都合が良いのでしょう」
「ふむ。ダレム帝国はもっと野蛮な国だと思っていたのだが、そういった部分は考えを改める必要があるな。もっとも侵略戦争をしかけてくる自体は許されることではないがな」
帝国への防衛戦略は概ねまとまった。続けて軍備の増強について国王が説明しはじめた。
「これまでわが国は常備軍を王都守備隊のみおいてきたが、今回の侵攻を機会に国防軍を設立しようと考えている。現在集まってくれている義勇軍を中心に編成するつもりだ。ジルヴァ殿とアルジュラ殿には引き続き将軍を務めてもらうつもりであるが、よろしいかな?」
「もちろん良いですとも。国防のために身を尽くしますぞ」
「それからナガト殿にも、正式に軍事顧問についていただきたい。これからもシルメアのために知恵を授けて下さらんか?」
国王は僕に軍の地位を用意してくれると言っている。おそれ多い話ではあるが、これまでの僕の行動を認めてくれていることに対しては喜びを覚えた。僕の腹は既に決まっており、迷う余地はないだろう。
「よろこんでお受けします。協力してこの国を守っていきましょう!」
僕は国王の提案を快諾した。それからしばらく国境の拠点の配置位置や兵の配分、情報伝達の具体的な方法等が議論された。次第に日は暮れ、戦闘が起こらないまま一日が過ぎ去った。
一夜明けた翌日、静寂とともに眠っていた僕のところにリリアスが訪れた。
「ナガト様、朝早くに申し訳ありません。国王様から、至急司令部にお集まりくださいとのことです」
「どうしたのですか?まさか帝国軍が引き返してきましたか?」
「それは大丈夫でございますが、アルジュラ様が先程帰還されたそうです。つきましては、急を要する報告があるとのことです」
帝国軍の動向を探るべく偵察に出ていた狼騎兵が戻ってきたようだ。急を要する報告とは何だろうか。まさか街が攻撃を受けているとか?不安を胸に僕とリリアスは司令部へ向かった。
司令部では既にアルジュラとイゼルを含め、一同が集まっていた。
「起こしてしまってすまないナガト殿。アルジュラ殿が帝国軍の動向を探っていたのだが、どうやら我々の想定とは別の展開になる可能性が出てきた」
国王もやや焦った口調で僕に声をかけてきた。
「皆が集まったところで、改めて報告させてもらおう」
アルジュラの言動に全員の注目が集まった。
「帝国軍は自国領に引き上げるのではなく、東へ向かって行った。妙な動きだと思ってしばらく追跡していたが、その後も帝国領の北へ向かう様子はなく、向かっている方角はシルメアの東の国境だった」
「つまり帝国軍が向かった先とは……まさか!?」
アルジュラが一呼吸おいて口を開く。
「亜人の国……ウルガルナだ……!」
第一章 獣人の国シルメア編 完結
アルジュラ達の追跡により、帝国軍は獣人の国シルメアの東に位置する、亜人の国ウルガルナ方面であることが判明しました。
第一章はこれにて完結です。ここまでのご愛読、本当にありがとうございました。評価・感想等いただけますと、作者の励みとなりますので幸いです。




