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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
獣人の国シルメア編
23/72

夜間の追跡と陣地構築

着々と進む陣地構築。一方で帝国軍は姿を消したままであった。次回に続きます。

 アルジュラの部隊はイーリスの丘を出立し、帝国軍を追跡していた。準備を整えて行動開始したのは、既に夕暮れ時であった。通常夜間の行軍は視界が悪く指揮も行き届かないため危険を伴う。しかしアルジュラたちの騎乗する狼は夜目が効き、夜間にもかかわらずほとんど速度を落とさずに移動可能であった。


「夜間行動の訓練もおこなっておいてよかったですね」


イゼルがアルジュラに告げる。


「うむ。夜に動けるのは軍馬にはない利点だからな。とはいえ狼達も最高速度で動ける時間は長くない。疲れさせないように巡行速度を維持してくれ」


「かしこまりました」


「夜間はさすがに帝国軍も足を止めているはずだ。なんとか今晩のうちに追いつきたいが……」


 軍が移動したあとにはどんなに上手く隠蔽したとしても痕跡が残る。特に帝国軍は先の戦闘で多くの負傷者を出したため、移動したあとに血の匂いがどうしても残ってしまっていた。嗅覚に優れる狼達は血の匂いを敏感にかぎ分け、視界の悪い夜間においても効率よく帝国軍を追跡していた。狼騎兵ルプリオスは数刻の間行動を続け、国境付近のシルメアの村ベナンに到着するに至った。





「アルジュラ様、ベナンでございます」


「帝国軍に攻撃された気配はなさそうだな。ナガト殿の予感も杞憂であったか?」


「帝国軍の痕跡は、ここからさらに東に向かっているそうです。ここより東には村もありませんし、民間の村が襲われている可能性は低いと思われます」


「そうだな。しかし帝国領に帰還するのであればここから北方に移動するはずだ。東に向かっているというのが気がかりだな……」


「帝国軍の意図を探るには、さらに追跡する必要がありそうですね。どうなさいますか?」


「いや、今日は昼間の戦闘に続いて夜間の強行軍で皆の疲労も限界だろう。今村が襲われていないのであれば、私たちも今日は休むとしよう」


「かしこまりました」





 アルジュラの部隊は追跡を一旦切り上げ、村で休息することとした。村の住民達は平時であれば既に寝静まっている頃であったが、帝国軍に警戒するため村の若者達は見回りをおこなっていた。アルジュラ達が村長宅を訪れ事情を話すと、村長は快く部隊を迎え入れてくれた。村人も直接攻撃はされていないものの、領内に帝国軍が動き回っているため、村人の緊張が解かれていない状態であった。そのような状況のなか、シルメア軍最強格の部隊であるアルジュラ達が村に駐留してくれることは何より心強かったのだ。住民達は安堵し、アルジュラ達に感謝の意を述べた。狼騎兵ルプリオスには村の集会場を提供され、溜まった疲労を癒すため休息することとなった。





 イーリスの丘での戦いから一夜明けた翌日、シルメア軍は壕の構築を再開していた。帝国軍は今回の侵攻では丘の攻略を断念したと考えられる。しかし丘を放棄して全軍で追撃してしまうと、帝国軍が反転して野戦に持ち込まれる可能性がある。あるいは別動隊を迂回させ、空の陣となった丘を抜かれる展開もあるだろう。僕は丘の防備強化を続ける判断をした。帝国軍の侵攻は今回だけとは限らず、兵力を拡張した上で再び侵攻してくるかもしれない。そのような状況になれば、予め強化してある丘の防衛線で迎え撃つことができる。丘に強固な防御陣を築いておくことは今後も無駄にはなるまい。


 僕の寝所から丘を一望すると、横に伸びた壕は山岳地帯から河川にいたるまで、丘の全域を横断するまでの長さに達していた。あたり一面に帝国軍の気配は感じられない。今日ここで戦闘が起こることはなさそうだ。緊張を解いて陣地内をみてまわることにした。





 司令部を訪れると、リリアスが席について地図を広げていた。獣人の国内一帯の地形が記された地図のようだ。


「おはようございます。地図を調べていらっしゃるのですか?」


僕はリリアスに声をかけた。


「おはようございます。帝国軍は一旦退いたようですが、ここを迂回して王都へ迫る方法がないか確認していたのです」


ここを戦場に設定する際に、他に進軍できそうな道がないのかも検討した。しかしあのときは時間に迫られた状況であったため、リリアスの言うとおり今一度確認しておく必要はあるだろう。


「そうですね……」


僕も席に着き、リリアスとともに王都リラへの進軍路を探した。しばらく二人で地図を眺めた末に、僕は結論を出した。


「やはり大軍が王都リラへ進軍するには、ここイーリス丘を通過するしかないと思います。他の方法は山岳地帯を越えるか、渡河するしかありませんね」


「丘の西に広がる山岳地帯はとても険しい山脈なので、地形情報なしに越えるのは難しいでしょう。こちらの河川は川幅が広大で、渡河するには船が必要です。帝国領とは繋がっていない河川ですので、水軍が迫ってくることも無いと思います」


「船を作って渡るとしても相当時間と資材が必要ですし、やはり今回の侵攻で渡河するのは不可能でしょう。イーリスの丘を無視して、王都リラに迫る手段はないことは確かですね」


別の迂回路から王都へ迫る方法がない以上。帝国軍の動きは戦略的撤退と考えて良さそうだ。


「今も丘の壕の構築がすすめられています。このまま丘を要塞化してしまえば、帝国軍の王都への侵攻はきわめて難しいことになると思います。そうすれば帝国が戦略的勝利を達成する手段はなくなり、戦争をしかけることもできなくなるはずです」


「帝国に対する緊張は解けませんが、向こうから侵攻してくることがなくなるなら、それは望ましい状態ですね」





 リリアスとの会話が続く中、壕構築の視察を終えた国王とジルヴァが司令部に戻ってきた。


「さすがはジルヴァ将軍の餓狼兵ウェアウルフだ。今日もすごい速さで工事がすすんでいくな。陸全体に広がる壕の完成は既に目前だ。壕が完成すれば、次は櫓の建設に取り掛かってくれ」


「お褒めいただき光栄でございます。体力には自身のある者達ですので、どんどんつかってやって下さい。食事に極上の肉を用意してくだされば、さらに士気が高まりますが……」


「任せておくがよい。今日もたくさん用意させよう」


国王とジルヴァの会話によると、僕が寝所から見て取れた通り、壕の完成は近づいているようだ。今晩もあの肉の晩餐会が開かれるのだろうか? ご馳走ではあったのだが、今日に至っても僕の胃腸は若干もたれ気味であった。


「おおナガト殿、司令部にいらっしゃいましたか。計画通り壕の構築はすすんでおりますぞ。今日は戦闘がおこる気配もございませんゆえ、ゆっくりくつろいで下され」


「ありがとうございます。今リリアス様とも話していたのですが、この丘の要塞化が完了すれば、今後も帝国軍の王都侵攻は極めて困難となります。つきましては、これからの国境警備の方針についてもお話しておきたいのですが……」


「そうだな。ナガト殿の考えをうかがおう」


国王とジルヴァも地図を中心として司令部の席に着いた。


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