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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
獣人の国シルメア編
22/72

錯綜する思惑

「全軍後退だと!? イーリスの丘を攻略するのが困難とみて撤退してくれたということなのか? ナガト殿、敵の意図をどう読む?」


 国王の言った通りであれば何の問題もない。実際、今日の戦闘で帝国軍はシルメア軍以上に多数の損害を出している。さらに初戦で多数の騎兵も失っており、本日は餓狼兵ウェアウルフで敵の重装兵の大半を葬ったことも加味すると、帝国軍の主力部隊の力はかなり削いでいるはずだ。一旦帝国領まで退く判断をしてもおかしくはない。しかしまだ敵が侵攻を諦めていないとするならどうだろう? その場合最も敵が優先して行おうとすることは、僕たちを丘から引き離すことに違いない。


「国王様、帝国軍の全面後退であってほしいのですが……この動きは陽動の可能性があります。すなわち敵はまだ我々を打ち破って王都リラに進軍するつもりであり、そのために僕たちの軍をイーリスの丘から誘い出そうとしているのです」


僕の発言に対し、ジルヴァは意見を述べる。


「さすがはナガト殿、聡明であられる。であるならば、我々はここを動かぬことが正解ということか?」


陽動が目的であれば、ジルヴァの言う通り軍を動かさなければ良いだけの話だ。しかしその前に確認しなければならないことがある。


「ジルヴァ様のおっしゃる通りなのですが、その判断の前に国王様にお聞きしたいことがあります。ここイーリスの丘から帝国との国境までの間に町や集落は存在しますか?」


僕の問いに国王は答える。


「ここから国境までとなるとそれなりに広い範囲になるな。小規模な集落は除いても4つの街があるぞ」


「これまでその街で帝国軍と交戦したり、被害にあったりした報告はありましたか?」


「現在のところそのような報告は受けておらんな。住民達には街の外には出ないように警戒令を出している」


 帝国軍はこれまでの行軍中にあった街を全て戦闘せずに素通りしてきている。不要な交戦を避けたかっただけかもしれないが、おそらく抵抗がない限り民間施設には攻撃しないようにしているのだろう。僕の故郷の軍隊も基本的に民間人に攻撃を加えることは禁止されており、帝国軍にも同じような規律があるのかもしれない。相手が規律を守る軍隊であってくれたことは感謝すべきだが、戦争に勝つためとなると手段を選ばなくなる可能性も考えなければならないだろう。


「国王様、帝国軍はこれまで無抵抗の街に危害を加えることは避けてきたようですが、我々を丘から釣り出すために、これまでにない行動をとってくるかもしれません。例えば街の人々を人質にとられては、我々も救出のために動かざるを得ません。人道に反する行動ですが、私たちの弱みを突いた作戦です」


僕の提示した可能性を聞いて、司令部にいる皆に動揺が広がった。もちろん帝国軍がこのような目的をもって行動しているか確証はないが、いずれにせよ敵の意図は探らなければならないだろう。それぞれが慌てふためいている中、アルジュラが席を立って発言した。


「私の狼騎兵ルプリオスで帝国軍を追跡しよう。全軍で丘を離れるのは、敵が反転して野戦に誘いこまれた場合に危険だ。機動力のある私の部隊のみであれば、敵が攻勢に出てきてもなんとか離脱できるだろう」


アルジュラの提案は、部隊の特性を考えるなら妥当である。シルメア軍最高の行動速度を誇る狼騎兵ルプリオスは、戦闘はもちろん偵察任務においてもその実力を大いに発揮できるだろう。とはいえ帝国軍はまだ万単位の規模を保っており、もしも戦闘になってしまった場合はアルジュラの部隊が壊滅する可能性がある。離脱するタイミングには細心の注意を払わなければならない。


「危険な役目ですが、僕もアルジュラ様の隊が追跡に当たる案が最善と考えます。お願いできますでしょうか」


僕はアルジュラの発言に同意した。国王をはじめ、他の方たちも同じ考えのようだ。


「準備が整い次第出立する。イゼルよ、兵糧と装備の補給を急いでくれ」


「かしこまりました。ただちに手配させます」


 アルジュラとイゼルは司令部から退出し、自分達の宿営地へ戻っていった。帝国軍の動向を探るのはアルジュラ達に任せるとして、今僕たちにできることは何だろうか。当初の予定であれば丘の守備をより強固に完成させる方針であったが。これに対し帝国軍は、丘を力押しで抜こうとせずに戦場を移動させる行動をとった。先の戦闘の時と同様に帝国軍も早い判断で軍を動かし、大きな損失を回避している。帝国軍にも相当に戦慣れした指揮官がいるのは間違いないだろう。


 とはいえこの戦争は基本的に防衛戦である。相手の最終的な戦略目標が王都リラ攻略である以上、イーリス丘の防備を固める行動は無駄にはならないはずだ。丘を抜けないと判断して退いてくれれば、たとえ戦いが起こらなくてもこちらの勝利だ。今日の帝国軍の動きがそのような判断であってくれれば良いのだが。


「ひとまず今日はみな休んでおくとしよう。帝国軍の動向によっては、明日以降、全力で行軍しなければならない展開も有り得る。それまでに軍の状態を万全にしておいてくれ」


国王がその場にいた者に休息するよう告げ、夜の集会はお開きとなった。僕も自分の寝所に戻って休むことにした。


天城ナガトは帝国軍後退の意図を探り、狼騎兵ルプリオスが追跡の任を任される。次回の展開は……?

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