戦いの後の晩餐会
シルメア軍の陣地では、戦闘終了して皆が一息ついていたものの、動ける者は壕をさらに戦場全体に拡張するべく掘り進めていた。
「その調子です。広く長く、丘を横切るように壕を広げてください。明日までに壕が完成すれば、敵は力押しで丘を抜くことが相当難しくなると思います」
僕は壕が掘り進むのを見回りながら、皆に方針を伝えていった。一通りの見回りを終えて司令部へ戻るところで、リリアスが僕に声をかけてきた。
「お疲れ様ですナガト様。簡素ですがお食事の準備が整いましたので、ご一緒にいかがですか?」
そういえば戦闘が始まってから今まで何も食べていなかった。国王達も一緒なのだろうか? 食事の話を聞いて空腹を感じ始めた僕は、快くリリアスの誘いを受けた。
司令部には大きな円卓が設置され、その上には豪華さこそないものの、思わずかぶりつきたくなるような串焼きの肉塊が大量に盛り付けられてた。そこには国王とドリトル、アルジュラとイゼル、ジルヴァがすでに着席しており、僕たちが揃うのを待っていたようだ。
「ナガト殿よ、貴殿は今日の戦いの勝利に大いに貢献してくれた。ここにいる他の者たちも、それぞれが奮戦して国を守ってくれた。ささやかではあるが、感謝の意を表して皆をねぎらおうと思う。遠慮なく食べてくれ」
国王の挨拶とともに皆が目の前の肉に手を伸ばした。ささやかというが、僕の基準ではバーベキュー30人前といったところだ。全然ささやかには見えない。
「いただきましょう! ナガト様!」
リリアスも僕の隣の席に座り、串焼き肉を手に取った。以前リリアスと食事したときに感じた通り、シルメアの方々は、やはり基本的に大量の肉料理を好むようだ。ジルヴァは一口でペロリと肉を平らげている。アルジュラやイゼルも、普段の淡麗な顔立ちからは想像もつかないくらいの速さで肉を食べているようだ。
「それでは僕もいただきます」
僕は串焼き肉を手に取って口に運んだ。噛みしめた瞬間、ジュワッと口いっぱいに肉汁が広がる。肉質は牛とも豚とも違う独特な弾力のあるものだ。味付けは塩と香辛料だけのようだが、野性的な肉の味わいにピリッとした調味料がうまい具合に調和している。
「美味しいですね。これは何の肉なのですか?」
「モーキンという動物の獣肉ですわ。シルメアの広範囲に生息する動物です。飼育しやすいので家畜にもできますし、骨や皮も工芸に使えるので余すこところがないんです」
こちらの世界でいうところの牛みたいなものだろうか。そういえば丘への行軍の途中に、側で水浴びする4足の動物の群れを見かけた気がする。
「皆様もよく召し上がりますね……」
僕が串焼き肉を一本食べ終えるまでの間に、そこにいる皆は次々と肉を手に取り、食べ終わった串を重ねていた。リリアスが3本、イゼルとアルジュラが4本、それにジルヴァと国王は7本の串が卓上に並べられていた。人間よりはるかに巨体なジルヴァと国王が大食らいなのは分るとして、リリアスやイゼル、それにアルジュラは人間の女性とそれほど変わらない体格なのに、信じられないくらい良く食べる。
「どうした、食べないのか? まだまだ肉はあるぞ」
アルジュラが僕におかわりを勧めてくる。肉を頬張りながら話しかけてくるので、いつもの真剣な様子とは裏腹に、どこか笑いがこみあげてくる。
「アルジュラ様、ナガト様は自分が客人であることを意識し、遠慮なさっているのでしょう」
イゼルが僕の心情を推し量ってくれたが、核心からは遠い。料理は美味しいことは美味しいのだが、単純に皆のように早く食べられないのだ。さらに串を一本食べたところで、僕の腹は6割は満たされた。食べられたとしてもあと一本だろう。
「ナガト様は普段はどんな食事をしていらしたのですか?」
リリアスが僕に故郷での食事内容について尋ねてきた。良い質問だ。ついでにこの国に穀物を食べる文化があるのか逆に聞いてみよう。
「僕の故郷でもこういった肉はもちろん好んで食べるのですが……やはり主食にしていたのはコメですね。収穫した穀物を水で炊くのですが、この国にはこのような食文化はあるのですか?」
僕の問いにリリアスが答える。
「穀物……でございますか。コメという作物は初めて聞きましたが、シルメアにも農耕は盛んに行われていますよ。私たちはお肉ばかり食べていますけれども、豆類や野菜類ばかり食べている国民もいますから」
なるほど、だんだんこの人達の生態が分かってきた。つまり今ここにいるのは犬科や猫科の特徴が強い種族なので肉ばかり好んで食べているということか。おそらく草食動物の特徴が強い種族は逆に採食主義ということなのだろう。牡牛の獣人ドリトルはよくみると、皆とは別皿の菜食を細々と食べている。思い出してみれば、義勇軍や伝令兵のなかには馬や羊の特徴がある方も混じっていた。
「もし肉以外をご希望でしたら、義勇軍の宿営地から持ってこさせますよ。彼らの所では、豆類や野菜類ばかりの炊き出しも行われていますから」
大量の肉を食べて胃が重たくなっていた僕には朗報だ。是非ともお願いするようリリアスに頼んだ。リリアスは給仕の者に義勇軍の宿営地から料理を運んでくるよう指示した。
しばらくすると、僕の所に鍋料理が運ばれてきた。様々な根菜や葉野菜、それに豆類が煮こまれている料理のようだ。肉の脂の味をさっぱりと洗い流すのに丁度良い。
「ありがとうございます。さっそくいただきます」
僕は料理をさっそく口に運んだ。
「これは……美味しいです!」
味付けは薄い塩味を感じるが、余計な調味料は使われていなさそうだ。その分素材のもつ風味がしっかりとスープに溶け出している。戦場で作る料理なんて大味になりがちだと予想していたが、この素材を活かした繊細な味わいを体験できるとは思ってもいなかった。
「お気に召していただけたようでなによりです。今度からナガト様には菜食も準備させてもらったほうが良さそうですね」
「僕の故郷では肉類と野菜類は一緒に料理して食べることの方が多いのです。野菜を添えることで、肉の濃厚な味わいを一層引き立てることができますよ。皆様も一度試されてはいかがですか?」
「我が国の食文化が豊かになるのは大いに喜ばしいことだ。今度試作してみようではないか」
僕の提案は国王をはじめ、皆にも快く受け入れられている。やはりこの人達は、美味い肉料理を食べることに関しては共通して関心が高いようだ。
「ナガト殿の故郷にはどのような肉料理があるのだ?」
ジルヴァが興味深そうな様子で僕に質問してきた。
「そうですね……僕の故郷では、ハンバーグという肉料理が一般的です」
僕はまだシルメアで目にしたことのないハンバーグの名前を出した。そこにいる全員、どのような料理か検討もついていなさそうなので、僕は説明することにした。
「肉を挽いて卵などのつなぎを加えて練ったものを、鉄板で焼き上げるという料理です。好みのソースや香辛料で味付けしてください。表面をしっかり焼き上げて、肉汁を塊の中に閉じ込めるのがコツです」
僕の説明に皆聞き入っているようだ。
「ナガト殿はそのハンバーグという料理つくれるのですか?」
リリアスがいかにもつくって欲しそうな顔でこちらを見ている。僕は普段ほとんど自炊しないのでハンバーグも作ったことはないのだが、初歩的な料理なので材料と道具さえあればなんとかなるだろう。
「僕も実は自分で作ったことはないのですが……材料を揃えていただければ、できると思います。今度みなさまにごちそうしますよ」
「それはますますこの戦争、負けるわけにはいかんな。皆で生きて帰ってナガト殿に晩餐会を開いていただかなければ」
国王の言う通り、シルメアの皆が生還できることは僕の望みでもある。先の戦闘はなんとか帝国軍を撃退できたものの、まだまだ予断を許さない戦力差がある。今後の戦略も被害をできるだけ抑えられるように考えていかなければならない。
その後も数刻の間、歓談は続いた。アルジュラとジルヴァが、どちらが先に僕を領地に招いて晩餐会を開くかを、お互い主張し続けて論争になっていたほどだ。結局国王が仲裁し、双方とも王都に招いて合同開催するという案に落ち着いた。王都に全員を招いた晩餐会となると、いったいどれほどの量の料理を同時に作らなければならないのだろう。どんどん事が大きくなってしまっている気がする。
料理もすべてなくなり、それぞれが宿営地に戻ろうと席を立とうとしたとき、突如伝令兵が司令部に入ってきた。
「急報でございます! 正面に展開していた帝国軍、全軍が後退を開始した様子です!」
先ほどまでの和やかな空気が一変し、辺りに緊張が走った。
勝利に酔うのもつかの間、次なる展開が待ち受けています。次回に続きます。
ご愛読いただき、ありがとうございました。評価・ご感想等いただければ、作者の励みになりますので是非お願いいたします。




