気付けば周りは獣人だらけ。しかも国家は敗戦寸前!?
「ここは?」
見覚えのない空間にいるようだ。石作りの部屋の中なのだろうか。足元には不気味な魔法陣のようなものが、鈍い光を放っている。
「自分の部屋で眠ってたと思ったが。夢にしては妙に現実的な感覚だな……」
辺りを見渡してみる。すると魔法陣の傍らにたたずむ人影が見える。
「人、か?」
シルエットは人型のように見えたが、よくみると身体のいたるところに獣と思われる部位がある。頭には猫がたの耳。風貌から察するに、女性のようだ。
「あなたは?」
おそるおそる声をかけてみる。
「お待ちしておりました、勇者様」
「勇者? 僕が?」
今この女性は、僕のことを勇者と呼んだ。どういうことだろう。
「今私たちの国シルメアは、亡国の危機にあります。ダレム帝国軍の先鋭隊は首都の喉元まで迫っております。どうかあなたの力で国を救っていただきたいのです」
待て待て待て。状況を整理しよう。察するに僕は、この獣の女性の国シルメアに、どういう方法か分からないが移動してきた。この国はダレム帝国という国の侵攻を受けている。戦況は……あまりよくなさそうだ。敵は間際まで迫っていると考えていいだろう。そんな国家滅亡の危機の最中、藁にもすがる思いで僕が呼ばれたわけだ。しかし、僕は特に何の取り柄も技能もない一般人だ。もちろん戦闘なんてかじったこともない。戦況を覆すことなどできるのか?
「勇者様、状況は一刻を争いますゆえ、移動しながら色々と説明させていただきます。こちらへ」
女性は僕を部屋から出た廊下の先へ案内する。まずは女性に色々訪ねて、この状況のことを色々知るべきだろう。
「あなたは?」
「申し訳ありません、紹介が遅くなりました。私はシルメアの王女リリアスです。見ての通り獣人です。獣人というと、人間種にはあまりなじみはない種族ですよね。私は王家に代々伝わる獅子の血筋を持っています」
獅子というよりは、ネコ科に見える。それだけその女性は華奢な体系で、耳はもう完全に猫の耳だ。
「シルメアというのは?」
「勇者様の国は、どこか遠くの場所にあるのですよね。ここは獣人たちが暮らす国シルメア。様々な獣の血筋を受けついだ獣人達が集う国です」
遠い国どころか、猫の耳が生えた人が存在していることを考えると、完全な異世界と考えた方が良さそうだ。
「勇者と呼ばれるほど僕には何も力はありませんよ。その呼び方は恥ずかしいです。僕は天城ナガトといいます。ナガトと呼んでください」
「そうなのですか? では、ナガト様と呼ばせていただきますね」
もしかして僕は、凄い力とか魔法とかで敵軍を蹴散らすのを期待されて呼ばれたんじゃないか? この女性の言い方からは、そんな気配を感じた。だとしたら、その期待には一切答えれない。せめて呼び方だけでも、今ここで訂正させてもらった。
「こちらが作戦司令室です。ナガト様」
案内された部屋は会議室のような部屋だ。中央の机には、このあたりのものと思われる地図が広がっている。中には数名の男性がいるようだ。確かに獣人の国と言うだけあり、人型ではあるが、同時に犬や牛のような動物的な特徴がそれぞれある。獅子の頭をした人物が、リリアスの父親なのだろうか。
「おお、その者がもしや!」
歓声を上げて僕を迎えたのは、先ほどから目立っている獅子の頭をした人物だ。
「私はシルメアの王レオグルスだ。リリアス、そちらの御人が召喚に応じてくれた勇者なのだな?」
「はい。こちらはナガト様。この国の最後の希望です」
最後の希望、ときたか。皆の期待にそのまま応えられないことは、早めに説明した方が良さそうだ。
「天城ナガトです。状況はまだ飲み込めきれていませんが、この国が危機的な状況にあるのはリリアス様からお伺いしました。僕にできることでしたら、ご助力致します」
全員の視線が集中するなか、僕は言葉を続けた。
「ただひとつ皆様に説明しておかなければならないのですが、私はまず戦える人間ではありません。筋力、瞬発力、何をとっても人並みです。当然、特殊な力も扱えません」
僕の説明に一同がざわめく。やはり一騎当千の勇者を呼んだつもりでいたのだろうか。期待とは違うといった反応が見て取れる。なかにはもうおしまいだと悲観する者もいる。
「皆さん落ち着いてください。この方は勇者召喚の儀式で召喚された方。勇者召喚の儀式は、『国の滅亡を救うための能力を持った者』を呼ぶと言い伝えられています。ナガト様が選ばれたのも、彼の才覚がこの国を救う手立てとなってくれるはずです」
このようにリリアスは話しているが、事実なんだろうか。当事者の僕にはそんな才覚があるのか、一切心当たりがない。とはいえこの場の獣人達は落ち着きを取り戻し、話を聞けそうである。
「帝国軍に侵攻を受けているんですよね。詳しく状況を教えていただけますか?」
「では私から説明させていただきます。近衛兵団長のドリトルです」
その場にいる者達のなかでもひと際目立つ、大柄な牡牛の男性が口をひらく。
「北方の隣国であるダレム帝国軍が、国境線を越えて我らがシルメアに侵攻してきたのです」
この説明は、先ほどリリアスから伝えられた通りだった。
「突然の侵攻に国境守備はままならず、国内に帝国軍がなだれ込んできています。さらに敵の騎兵団の動きが早く、ここ王都リラの喉元、アレス平野まで迫っています」
「かなり事態は深刻なようですね。帝国軍とシルメア、それぞれの戦力はどれほどなのですか?」
「今王都にいる防衛軍は500の常備軍だけです。国内の諸侯に軍の招集をかけてはいますが、間に合うかどうか……。対する帝国軍騎兵は、報告によると2000騎程度と思われます」
こちらの4倍の敵軍が喉元まで迫っている状況か。たしかにまずい状況だ。老獪な男性の説明を受け入れると、一同がいっそう取り乱した様子となる。
「報告! 帝国軍司令官より、国王陛下宛てに文書が届きました」
会議の方針もまとまらぬまま、伝令と思われる人物が部屋に入ってきた。敵軍司令官から文書が入っていると思われる筒を投げて渡されたようである。
「開いて読み上げよ」
国王が命じる。
「では」
『シルメアの国王殿、無用な流血は避け、ただちに全面降伏すべし。貴国は帝国領として併合され、安全と権利は保証する。賢明なる判断を願う。ダレム帝国軍将軍バルディア』
降伏勧告の文書ということか。このバルディアという人物が、帝国軍の大将のようだ。
「安全と権利は保証してくれるとありますが……」
僕は一層表情を険しくする国王に聞いてみる。
「冗談ではないっ!」
国王が声を荒げる。
「奴らが望むのは共存ではない。我々の国を植民地化することだ。元来人間種は我々獣人種を蔑視している。自分たち人間種が唯一の支配者たる存在だというのが、帝国の価値観なのだ。帝国に降伏することは、国土を占領され、国民を支配されることになる。断じて受け入れることはできぬ」
「では徹底抗戦なさるおつもりですか?」
ドリトルが国王に確認する。
「無論である。皆もわかってくれるか」
「降伏を受け入れないことには同意できますが、迫りくる軍勢をどうすれば……」
「玉砕するしかないのか?」
家臣たちが口々に不安を述べる。降伏できないのは総意のようだが、事態を打開する案は示せない現状のようだ。
「ナガト様はどう思われますか?」
リリアスが僕の意見を求めているようだ。何の能力ももたない僕だが、ここから僕にとっての救国の戦いが始まる……