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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
獣人の国シルメア編
19/72

イーリスの丘迎撃戦 戦闘の爪痕

「帝国軍……すべての戦場で後退していきます!」


シルメア司令部に大きな歓声が上がった。


「よくやってくれた! しかし敵方は、未だ余力のあるうちに撤退したようだな」


国王の目にも帝国軍の判断の速さは見て取れたようだ。


「ジルヴァ将軍の餓狼兵ウェアウルフの攻勢で、帝国軍は大きく士気を削がれました。損害が大きくなるのを嫌って退いてくれたようですが、こちらとしては喜ばしいところです。僕たちも一旦軍を整理しましょう」





 それぞれの戦場からシルメア軍の残存部隊が集結してくる。帝国軍を後退させたことにより部隊の士気は高まっているものの、多くの兵が負傷しており、戦闘の凄惨さを物語っていた。


「負傷したものは王都リラに移送し手当を受けさせます。護送の荷車を手配してください」


 リリアスは物資を運ぶ荷馬車で王都に負傷者を運ぶように指示を出した。シルメア軍の荷馬車は、構造は通常の馬車と同じものだ。僕の知っている馬車との相違点は、車を引いている動物が馬ではなく、ダチョウのような大型の鳥類であるという点だ。同時に軽傷者の応急手当もおこなわれていく。骨折していると思われる手足を布で固定したり、傷口に磨り潰した薬草を塗ったりしているようだ。負傷者の手当がすすむなか、ジルヴァが司令部に帰還する。


「ただいま戻りました。帝国軍もどれほどやるかと思っていましたが、案外と脆弱でしたな」


ジルヴァの両腕と牙は帝国軍の返り血で真っ赤に染まっている。知人でなければその姿を見た瞬間に卒倒してしまいそうなほど怖しい。


「おお、戻ったかジルヴァ将軍! 帝国軍の士気を粉砕した戦い、まさに鬼神の如しであったな」


国王は本日の勝利を決定付けたジルヴァに最大の賞賛を送った。


「ナガト殿の提案してくださった、壕に潜む作戦がピタリと当たりましたな。居心地は少々狭く感じましたが……帝国軍の矢をことごとく防いでくれました」


ジルヴァは僕にも礼を尽くしてくれているようだ。


「実は帝国軍があのまま射撃を続けていたら、こちらの損害こそ増えませんが、ジルヴァ様の部隊も壕の中に釘づけにされたままだったのです。そうすると中央の戦況は動かせませんでしたから、必然的に両翼の勝負にもつれこむところでした。敵から距離を詰めてくれたのは、根競べに勝った結果です」


 実際きわどい駆け引きの末の勝利だったのは事実である。なぜならこちらは義勇軍を動かした後は左右に増援を送る兵がいないのに対し、帝国軍はまだ中央から左右に増援を送る余力があったからだ。帝国中央軍が弓矢での牽制射撃を続けていたままさらに両翼に増援を送っていれば、こちらにとって非常に厳しい戦況になっていたのは間違いない。


「こちらが中央後方の義勇軍を左右に動かしたことで、敵は中央突破の好機とみて進軍してきたのでしょう。兵の動きだけで考えれば妥当な判断だと思いますが、帝国軍はこちらの最強戦力の餓狼兵ウェアウルフが壕の中に潜んでいることを知らなかったことが致命的でしたね」


「左様であるな。しかし我らの存在が知られてしまったからには、同じ方法はもう使えまい。次の手を練らなければならんな」


会話を続けているうちに、アルジュラも司令部に帰還してきたようだ。


「すまない陛下。帝国の将を討ち取るつもりだったのだが、存外に粘り強かった。勝利に貢献できたとは言い難いな」


アルジュラが国王陛下に詫びているようだ。


「とんでもないぞアルジュラ殿。そなたの獅子奮迅の戦いぶりは見事であった。この戦いは両翼どちらが抜かれても危うかったのだ。持ちこたえるどころか、敵将に肉薄するまでに至ったのは十分すぎる結果だ。帝国の将校もさぞかし肝を冷やしたであろう」


「国王様のおっしゃる通りです。アルジュラ様の戦いは本当に素晴らしかったです。個人の力であんなに戦況を動かすのは、誰にもできませんよ」


 謙遜するアルジュラに国王と僕は言葉をかけた。励ましたつもりだったのだが、それでもアルジュラはどこか悔しそうだ。そうしているうちに、イゼルも本陣に帰還した。


「戻りました国王様、アルジュラ様。正面の相手にかなり手こずり、多くの同胞を失ってしまいました」


彼女も自分の戦闘の結果に満足していない様子だ。僕の目から見れば、二人とも期待以上の戦果を上げているのだが、正面の敵を撃破できなかったことが心残りらしい。


「イゼルもよく戦ってくれた。そなたが左翼で持ちこたえてくれたおかげで全体の軍が崩壊することを避けられたのだ。感謝しているぞ」


「皆様ご謙遜されていますけど、この戦闘はそもそも防衛線です。帝国軍の侵攻を食い止められたのですから、戦略的な目標は達成されていますよ」


「ナガト殿も賞賛してくれるのはありがたいが……敵を撃破してこその狼騎兵ルプリオスなのだ。イゼルよ、戦争が終わって領地に戻ったら、訓練時間をさらに増やすぞ」


「勿論でございます。本日の戦も教訓にして、さらに強力な部隊にしましょう」


アルジュラとイゼルはさらに自軍の強化を画策しているようだ。いったいどれほど過酷な訓練になるのかは想像もできない。とはいえ今は、目の前の帝国軍を一時的に退けただけに過ぎない。未だ戦力的に帝国軍が優位である以上、再び進軍してくることは明白だろう。





「ドリトル様、軍の損害の概数が出ました」


そうしているうちに、ドリトルの元に死傷者の統計が届いたようだ。


「うむ。報告してくれ」


「申し上げます。まずアルジュラ様の狼騎兵ルプリオスは28名が死亡、89名が負傷です。続いてアルジュラ様直下の歩兵は180名が死亡、415名が負傷です。ジルヴァ様のウェアウルフ隊は500のうち負傷者が30名で、死者はいません。最後に義勇軍5000のうち死者が211名、負傷者は……1000名以上であります」


「少なくない被害ですね……」


リリアスが悲嘆ひたんの声を出す。国王は事態を受け入れ、続けて現在戦闘できる残存戦力の報告を求めた。


「我が餓狼兵ウェアウルフの負傷者はおおむね軽傷者ばかりだ。500名が戦闘続行できる」


ジルヴァの部隊は弓矢の斉射による被害はほとんど出ておらず、白兵戦に移行してからは一方的に敵を屠っていたため、比較的軽い損害に留まっていた。


「私の部隊は狼騎兵ルプリオスが400騎、歩兵隊は1500名といったところだな」


アルジュラの部隊は両翼で激戦を繰り広げていたため、損害も大きかった。狼騎兵ルプリオス、歩兵ともに約2割の兵を失っており、戦力の低下は避けられないだろう。


「最後に義勇軍は軽傷者も含めますと……戦闘できるのは4000名といったところですな。戦闘に慣れていない者が多かったため、かなりの被害が出ています」

 

 それぞれの報告を整理すると、会戦前に保有していたアルジュラの狼騎兵ルプリオス500と兵2000、ジルヴァの餓狼兵ウェアウルフ500、義勇軍5000の合計8000あった戦力のうち、残されたのは狼騎兵ルプリオス400、兵1500、餓狼兵ウェアウルフ500、義勇軍4000の合計6400となる。帝国軍に与えた打撃も少なくないだろうが、今後の防戦はより一層厳しい戦力差となるだろう。


「戦術的には一時の勝利を得ましたが、今後の防衛戦略もただちに考えなければなりません。残存戦力で丘を死守する準備を整えましょう」


僕は司令部で国王らと共に、部隊の再編制と配置案を練り始めた。


帝国軍が後退したことにより、シルメア軍は戦術的な勝利を得る。しかし損害は少なくない。果たして明日以降の行方は……

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