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シルメア戦記  作者: 大和ムサシ
獣人の国シルメア編
18/72

イーリスの丘迎撃戦 完全破壊!餓狼兵の強襲

「両翼への増援は間に合ったようです!」


 帝国中央軍の近衛兵が、軍団長バルディアに状況を報告する。バルディアは壕の後方で待機していた義勇軍が左右に向かった時点で、帝国中央軍も左右へそれぞれ3000の増援を命じていたのだ。


「中央軍14000のうち6000を左右の援軍に動かすとは……大胆な采配ですね」


近衛兵の発言に対して、バルディアは答える。


「左右両翼の敵は侮どれぬ相手のようだ、半端な増援では形勢を動かせぬ」


バルディアにとってはアルジュラやイゼルとその兵達の戦いを見るのは初めてであったが、長く見ずともその危険性は瞬時に理解できたのだ。さらに左右のいずれかの軍がシルメア軍の壕の裏側に達することで、戦況は決定的なものになると考え、増援を送る判断に至っていた。


「敵の背後の予備隊はすべて左右の増援に向かったようです。我々も攻め時ではないでしょうか」


中央軍の部隊長がバルディアに進言する。中央の敵は壕に潜む敵のみ。多くても1000程度と見積もられる。対して帝国中央軍は、左右に増援を送った後でも未だ8000の兵力を有しており、地の利は相手にあるとはいえ、負ける戦力差だとは考えられない。


「いいだろう。弓部隊の射撃を中止させ、歩兵を前進させよ」


「御意にございます! 弓部隊撃ち方やめ! 続けて歩兵部隊前進! 壕内に伏せる敵を蹂躙せよ!」


 帝国中央の部隊がついに前進を開始した。重装兵は左右への増援に引き抜かれたため残った数は少ないものの、100名の重装兵が列の前列で大盾を手に前進する。その背後に帝国歩兵隊が槍を構え、隊列を組んで続いている。弓部隊も射撃を中止し、抜剣して後列よりそれに追従した。


 計8000の大隊が迫りくる様は尋常ではない重圧を放っており、整然と並んだ隊列からは士気と練度の高さが感じられる。帝国軍は遠目でも見て取れた塁の高さが不揃いな点に着目し、壕の低い箇所を目指して進軍した。





「いよいよ来ましたね」


リリアスは帝国軍中央本陣の前進をみて、額から汗を流した。他のシルメア司令部にいる者達も固唾を飲んで状況を見守っている。


「ナガト殿の読み通り、帝国軍本隊が前進してきましたな」


「敵もこちらの動きに合わせて、両翼に援軍を送ったようです。簡単には抜かせてくれないというわけですね。中央軍の敵が減ったことは、僕たちにとって喜ばしい状況です。あとはジルヴァ将軍の戦いに全てを託しましょう」


壕の中では、戦闘がはじまってからひたすら伏せて待機していた餓狼兵ウェアウルフが、今まさに力を開放しようと待機している状態であった。






「慌てるな。敵がもっと接近するまで待て……」


ジルヴァは、部下たちが早まらないように静止する。かく言うジルヴァの口からも涎が垂れている。獲物の接近を前にして本能は隠し切れないようだ。


「もう少しだ。合図を待て」


帝国中央軍の足音がだんだん近く聞こえてくる。


「かかれっ!」


 最前列の重装兵が塁に達したその瞬間、ジルヴァは餓狼兵ウェアウルフに戦闘開始の命令を下した。同時に天を貫くが如く、獣の咆哮が戦場一帯に響き渡る。餓狼兵ウェアウルフは壕の中から跳躍して塁を超え、着地と同時に帝国重装兵を引き裂いた。人間より遥かに強大な怪物の突然の襲撃に、帝国軍歩兵は恐怖に陥ることになる。餓狼兵ウェアウルフの爪は帝国軍の甲冑を容易く切り裂き、その牙は着実に首筋に狙いを定めて致命傷を与えていった。身の毛もよだつ程の悲鳴とおびただしい量の血しぶきが辺り一面に広がり、中央の戦場は殺戮の場と化した。


「ぎゃああああ!」


「ば、化け物!」


「聞いてないぞ! 助けてくれ、うわあああ!」


帝国軍は瞬く間に最前列の重装兵を全て失い、続けて後ろに続く歩兵達が標的となった。巨大な盾と甲冑に守られた重装兵でさえ、餓狼兵ウェアウルフの攻撃を防ぐことはかなわなかったのだ。より軽装な歩兵達は成す術もなく蹂躙されていった。






中央軍前列の異変は、バルディアの目にもはっきりと見て取れた。


「奴らめ、中央の兵が薄いと思ったら……とんでもない連中を伏せておったとは! 規格外の戦力を温存していたわけか」


バルディアがガギリと歯を噛みしめる。


「あれは何ですか!? バルディア様!」


帝国軍本陣の兵達にも混乱が伝わっている。餓狼種はシルメアの南部森林地帯に主に生息する種族であるため、ダレム帝国との国境付近に出現することはまずない。したがって大半の帝国領の者は、この怪物の如き獣人を見たことがないのだ。


バルディアもその存在は帝国軍の資料によって知っていたが、戦場にて相対するとは想定していなかった。資料によると餓狼種は強靭な生物であるものの、小規模な群れで狩猟を行い暮らしていると書かれていた。ごくまれに帝国領で目撃された個体が、軍によって討伐されたり撃退されたりする事例が報告されている。ようするに帝国にとっては出現率の低いモンスターのような扱いだったのだ。


それに対して正面で暴れる餓狼兵ウェアウルフは、明らかに徒党を組んで列をつくり、組織的に戦っている。バルディアにとっては完全に想定外の事態であった。


「あれはおそらく餓狼種だ。いわゆる怪物の一種だな。あのように軍の真似事をするなど聞いたことはなかったが……目の前にいる以上受け入れざるを得まい」


餓狼種の中でもひときは巨大な体躯を持った個体が帝国司令部からも確認できる。ジルヴァだ。ジルヴァも自らの爪と牙でひたすらに帝国兵を屠り、帝国軍本陣に向けて突進している。


「脆弱なり! 帝国兵どもよ、そのような脆弱な力で我らが国を落とせると思ったか? 身の程をわきまえよ!」


ジルヴァの腕の一振りで、一気に数名の帝国兵が薙ぎ倒されていく。全身に返り血を浴びたジルヴァの咆哮は大地を震わせ、帝国軍の戦意を完全に打ち砕いた。


「前衛は全滅に近い損害を受けています!兵力はまだ7000程残っていますが……続く歩兵達も士気を失い、壊走しています……! バルディア様、ご指示を!」


「潮時のようだな……これ以上の戦闘は被害が増えるだけか」


バルディアは声を溜めて、全軍に指示を出した。


「全軍に通達! すみやかに戦闘から離脱し後退せよ!」





右翼の戦場では、一時はアルジュラが帝国軍本陣に迫るほどの攻勢をみせたが、ジェノンが本陣からの増援を加えてこれを迎撃。アルジュラも突入を停止して再び白兵戦に切り替えていたため、戦況は膠着していた。


「全軍後退だと!? 他の戦場で何かあったのか?」


中央からの指示を受けたジェノンは驚きを隠せない様子だった。


「中央本隊が壕の突破をはかろうとしましたが、強力な伏兵の攻撃を受けて前衛は壊滅! 敵は怪物達を壕に伏せていたようです。バルディア様は損害を拡大させぬため、全軍後退の決断をなさいました」


「なるほど……敵の主力部隊は狼の騎兵と思っていたが、まだ大物を隠していたわけか。口惜しいが、私の正面の敵も手強く膠着させるのがやっとだ。中央が抜けないのであれば、撤退もやむをえまい」





 一方左翼の戦場でも、ケイレスとイゼルの軍が激戦を繰り広げていた。義勇軍の増援とともにイゼルが攻勢をかけ、ケイレスが横陣を展開してそれを防いでいた。さらにケイレスは援軍として現れた義勇軍の練度が低いことに気付き、騎兵部隊をそこに突撃させた。義勇軍は奮戦したものの、騎兵の攻撃を防ぎきることは叶わず徐々に損害を膨らませていた。


「前の戦闘で騎兵が減らされてなければ、これで決められたかもしれんなあ」


ケイレスは言葉を漏らした。


「ケイレス様! 我が方の第一列が突破されました! 第二列が交戦開始していますが……苦戦中です!」


「こっちもかなり削られてきたか。残っている重装兵を固めて槍衾をつくれ! 狼の騎兵の足を止めるんだ!」


 両将がお互いに攻めの姿勢を崩さなかったため、どちらの軍も主力部隊が本陣に迫ろうとしている状況であった。特に騎兵部隊を狼騎兵ルプリオスとの戦闘を避けて、義勇軍に突入させたケイレスの采配が光り、シルメア軍は想定以上の損害を出していた。戦闘が加熱していく最中、この戦場にも中央から全軍後退の命が届いた。


「後退? バルディア殿かジェノン君の軍が押されているのか?」


ケイレスは伝令兵に状況を確認した。


「バルディア様が手薄になった中央の突破をはかったのですが、壕の中に伏せられていた怪物の攻撃にあい、中央軍は壊走したとのことです。バルディア様より、一旦ひいて体制を立て直すとのことです」


「怪物とはおっかないな。この戦場にはいないようだが……ふいに出くわしたらうちの兵も混乱することになるな」


ケイレスは乱戦を解くよう兵に指示を出した。こうして中央からの援軍と合流して互角の戦闘を繰り広げていたジェノンとケイレスであったが、中央の指示を受諾し兵を後退さることになる。


戦いの流れを完全に変えたジルヴァらの攻撃。このままシルメア軍の勝利なるか……?次回に続きます。

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