イーリスの丘迎撃戦 押しの一手、義勇軍を左右増援へ
「義勇軍を両翼の増援に向かわせましょう!」
僕はドリトルにこう進言した。シルメア両翼の軍は相対する帝国軍の猛攻をなんとか押さえ込んでいるものの、戦力差が影響してじりじり押され始める。どちらかが突破されてしまうと、帝国軍は中央防衛線の裏に回ることになり、シルメア軍全体が崩壊してしまうだろう。中央で待機している義勇軍を増援に向かわせるべきだ。
「私もそれは選択肢のひとつとして考えていた。しかしそうすると、こちらの中央が手薄になって、敵の本隊が前進してくるのではないか?」
国王も両翼が突破されるのは危険だと結論を出していた。中央後衛の義勇軍を左右に振り分けることで、敵中央軍が前進してくる動きも想定される。敵はこちらの壕内に伏せている部隊は通常の部隊だと考えているだろう。兵力差で押し切れると判断して攻めてくるはずだ。しかし実際は壕内に伏せている部隊は、シルメア最強の攻撃力を誇る餓狼兵だ。帝国軍はこの部隊の存在を未だ認知していないことが、この戦場に活路を見出すアドバンテージとなる。
「中央を手薄にすることはかなりの賭けになりますが、このまま動かなければいずれこちらの両翼が崩されます。待機している義勇軍5000を2分して増援として両翼に送り込み、戦力差を逆転させます。アルジュラ様とイゼル様なら戦力さえ拮抗していれば、帝国軍を押し戻してくれるでしょう」
「義勇軍をすべて増援に向かわせますと……中央の戦力差はおよそ10倍以上となってしまいますが、よろしいのですか?」
ドリトルが説明したとおり、正面に展開する帝国軍はおよそ15000、こちらは壕内に伏せた500のウェアウルフ隊でこれを迎え撃つことになる。一般的な感覚だと、地の利をおさえていたとしても、この戦力差でははっきり言って話にならない。しかしシルメアの方々には想像できないようだが、僕は人間の立場として、初見のジルヴァや餓狼兵と相対したときの帝国軍の反応を想像できる。突然目の前に出現する怪物の群れに、軍の足は止まるはずだ。淡い期待であると自分でも思うが、もはやそれに期待するしかこの状況に活路は見出せまい。
「帝国中央の部隊は、ジルヴァ将軍の餓狼兵に徹底阻止してもらいます。餓狼兵の存在はまだ敵に認知されていません。普通の歩兵が待機していると思って攻めてくる帝国軍の士気を、いくらか削ぐことができると思います。どこまで敵の前進を抑え込めるかは戦いが始まってみないと分かりませんが……時間さえ稼げれば、両翼のアルジュラ様とイゼル様が正面の敵を撃破できると思います」
「分かりました。ナガト殿の読みに期待しましょう。ただちに義勇軍に伝令! 2部隊に分かれて両翼の援護に向かわれたし!」
ドリトルは中央に控える義勇軍に両翼へ向かうよう指示を出し、義勇軍はただちに行動を開始した。これにより戦力の削り合いが続いていた両翼の戦いの潮目が変わることとなる。
「イゼル様、中央より味方の増援です! 義勇軍2500がこちらの戦場に向かっております!」
イゼル率いる部隊が戦闘を繰り広げる左翼の戦場では、味方増援の一報に兵達は歓喜した。
「ありがたい。丁度決め手に欠いていたところでした。狼騎兵を一旦下げて集結させてください。再度突撃させて敵戦列を突破します」
イゼルは狼騎兵の乱戦を解いて後退させた。狼騎兵はかなりの被害をこうむったものの、未だ200騎が健在であった。狼騎兵はすみやかに隊列を組みなおして突入体制をとった。
「増援の到着と同時に勝負をかける。帝国の重装兵たちの乱れている所を狙うぞ」
狼騎兵の動きは、相対するケイレスにも見て取れた。
「増援に合わせて一気に攻めるつもりだな。こちらの戦列はかなり乱れている……今やつらに突っ込んでこられたら、先程のように防ぎきれんな。こちらも一旦離脱して隊列を立て直す。敵の突撃に備えさせろ」
シルメア軍の増援により形勢不利とみたケイレスは、部隊に後退を命じる。両軍が相応の被害を受けたこの戦場は、お互いに一旦部隊を下がらせる行動をとったため、戦局は膠着することになる。
アルジュラとジェノンが戦う戦場でも、中央軍からの増援にアルジュラが反応する。
「この場面で増援とは、強気な手を打ってくる。この流れは利用させてもらうぞ」
アルジュラはさらに攻めを苛烈にする。これまでは標的を敵の前列のみに絞って戦っていたが、今度は味方の増援に士気が上がった兵を率いて敵陣深くに切り込んでいった。
「第一陣抜かれました! さらにこちらを目指して突っ込んできます!」
「あの女将軍をなんとしても止めろ!」
ジェノンは、防御隊列を厚くして対抗しようとする。しかしアルジュラの勢いは止められず、第二陣を守る歩兵達も壊滅的な打撃を被っていった。
「なぜ止められぬ!? 今までは攻めに本腰を入れていなかったということか!?」
ジェノンは、事態の解釈が追い付いていない。アルジュラは重装兵に守られた隊列を貫くのは困難だと、最初の突撃を防がれた時に判断した。そこからは敵陣に深入りせず、前列を守る重装兵を処理していく戦法に切り替えていたのだ。アルジュラ達が混戦の最中に重装兵を狙いうちした結果、ジェノン率いる重装兵はその大半が討ち取られていた。守りの兵を失った帝国軍はアルジュラの突撃を防ぐ術はなく、すでに第二陣も崩壊寸前であった。
「このままではジェノン様も危ういです。おさがり下さい!」
アルジュラの槍は、帝国軍左翼の本陣に届く勢いであった。アルジュラを先頭とした攻撃隊は、ジェノンを肉眼的に捉えられる距離まで迫っていた。部下からの進言を聞くまでもなく、ジェノンの目にも形勢不利は明らかであった。
「やむをえまい。一時後退する……いや、待てっ!」
後退命令を出そうとしたジェノンは、自軍の背後を確認して発言を撤回した。
「味方の本陣から援軍です! 数は・・・約3000! 重装兵もいます!」
「中央から増援だと!? バルディア殿、感謝申し上げます。これで立て直しがはかれる! 我が軍は簡単には抜かせんぞ!」
ジェノンらの部隊は味方の増援を確認して指揮を保ち、アルジュラらの攻勢に対して意地を見せた。
左右の戦場は両軍の増援によりさらに激化。一方、中央軍の戦力差は広がるばかりです。




