イーリスの丘迎撃戦 戦闘開始! 3方より迫る脅威
「帝国軍は3方向より進軍してきます!」
シルメアの伝令兵が司令部に報告する。もとより司令部は戦場全体の見渡せる場所に設置されており、詳細な報告は聞くまでもなく、圧倒的な軍勢が迫ってくる事態は見て取れた。
「いよいよきたな! 左右両軍はアルジュラとイゼルの指揮下で戦うように。中央の軍はこのドリトルが指揮する。全軍戦闘準備だ!」
「ナガト様……状況によってはここも戦闘になる可能性があります。危険が迫ったら後方に退いてくださいね」
リリアスが僕の身を案じて声をかけてくれる。
「ここで負ければ、どの道逃げるところもなくなるのです。退くわけにはいきませんよ。ここで皆さんとご一緒させていただきます」
「ナガト様……」
「ナガト殿のお覚悟、しかと聞きました。ドリトル、ナガト殿にも剣をもて」
国王はドリトルに命じて一振りの剣を持ってこさせ、僕に手渡した。今まで剣など握ったことにない僕にとって、手に取るだけでもずっしりとした重量が伝わってきた。
「あの、とてもじゃないですけど、この剣……振れそうにありません」
「やっぱり私が守らないといけなさそうですね」
リリアスは少し笑みを含ませて言った。
「そろそろ壕のなかのジルヴァたちが、敵の弓部隊の射程に入りそうだ。ナガト殿、まずは全軍待機させるが良いな?」
「そうしましょう。壕の中で耐えて敵を十分にひきつけるのです。皆が掘った壕の効果を信じましょう」
今まさに帝国軍の先鋒が、シルメアの陣地を弓部隊の射程内におさめた。バルディアの一声で、イーリスの丘の戦いの幕が切って落とされることになる。
「全弓隊、射撃開始せよ!」
バルディアは中央の部隊の進軍を停止させ、弓部隊に攻撃開始を命じた。号令とともにシルメアの陣をめがけて、数千の矢が降り注いだ。
「きたぞ! 全員身を低くしろ!」
ジルヴァの低い声が戦場に響きわたる。壕に潜む餓狼兵たちはさらに姿勢を低くした。帝国軍の放った矢は大半が前面の土塁によって防がれ、土塁を超えた矢は壕の頭上を通り越して地面に突き刺さった。
「壕は……上手く機能しているようだな! 敵の射撃を全て防いでおる!」
シルメアの司令部で国王の歓声があがる。まずは敵の弓矢で一方的に嬲られる事態は避けられたわけだが、戦いはここからだ。帝国軍が攻め手に欠いて距離を詰めてきた瞬間が反撃開始の時だ。それまで耐えなければ……。
「弓矢隊が攻撃を開始しましたが、ほとんどが土塁に阻まれており、敵に届いておりません。いまのところ敵からの反撃はありませんが……このままでは埒があきません。接近戦に切り替えるべきではないでしょうか?」
帝国軍の伝令がバルディアに報告する。このままでは矢を消耗し続けるだけで、戦局を動かすことはできない。この提案は至極妥当なものであった。
「今の距離を保ったまま攻撃を継続させよ」
「け、継続でございますか!?」
バルディアは効果がほとんどないにもかかわらず、弓部隊へ射撃継続を命じた。当然壕に潜むシルメア軍へ損害は与えられない。かといって今壕から出て攻勢に出れば、蜂の巣にされることは明白だ。お互いに攻め手を欠いた中央軍は双方ともに膠着することとなる。
「敵右翼側の軍も前進してきます。まもなく接敵します!敵の前列は騎兵ではなく……重装兵のようです!」
ジェノンはバルディア配下の重装兵を前面に出していた。重装兵は全身を鋼鉄の鎧で覆い、大盾とランスを装備した部隊であった。早さはないが、着実に距離を詰めてきている。
「アルジュラ様、こちらから仕掛けますか?」
狼騎兵のひとりが、アルジュラに号令を求める。
「無論だ。このアルジュラ、歩兵ごときに遅れはとらぬ。全狼騎兵突撃する! 私に続け!」
アルジュラとともに狼騎兵が帝国軍に襲い掛かる。さらに直属の歩兵1000も狼騎兵に続き、前進を開始した。
「前のようにはいかんぞ、女将軍よ! 重装兵を固めて敵の勢いを殺せ! 密集して槍襖をつくれ!」
ジェノンは狼騎兵の突撃に対し、重装歩兵を集合させて盾を構えさせた。狼騎兵が槍を突き出すが、帝国軍の守りは堅く、隊列は崩れていない。重装兵部隊はバルディアの元で経験を積んだ精鋭部隊であり、士気も錬度も高い集団である。ジェノンの指揮する部隊はアルジュラの突撃の勢いを殺し、先日の雪辱を果たした結果となった。
ケイレスの部隊とイゼルが率いる部隊もほぼ同刻に戦闘に突入した。こちらの戦場でも帝国軍は重装兵を前面に出し、シルメア軍の攻撃を受け止めようとしていた。
「アルジュラ様が鍛えた歩兵部隊、侮らないでくださいね! 皆さんいきますよ!」
イゼルは重装備の兵に騎兵突撃は効果不十分と読み、一旦狼騎兵を後方に下がらせ、歩兵隊をぶつけた。双方の軍が激突し、金属のぶつかりあう音が戦場に響き渡る。装備と組織力では帝国軍重装兵に部があるが、アルジュラ直下の歩兵部隊もそれぞれが武芸に秀でた者たちの集団である。さらに基本的な身体能力は獣人族が上回っており、その精強さは帝国軍にひけをとらなかった。
イゼル指揮のもと、シルメア兵は甲冑と盾の間を縫って、帝国兵達を切り裂いていった。対する帝国軍重装部隊も個々の戦闘力では劣るものの、槍を構えて戦列を成し、イゼルの兵に襲い掛かる。何人もの獣人達が帝国軍の槍に貫かれていった。左翼の戦場は両軍が攻勢に出たこともあり、序盤から最も多くの血が流れる戦闘となった。
苛烈さを増していく戦闘。次回に続きます。




