イーリスの丘迎撃戦 帝国軍の進撃
「シルメア軍はすでに丘に布陣を終えて、我々を待ち構えているようですね」
帝国の将ジェノンはイーリス丘に布陣したシルメア軍を見て、戦力を確認した。
「丘の中腹に歩兵の戦列が見えます。およそ4000程度でしょうか……さらに両翼にも部隊が見えますね。両翼の兵は1000程度のようです」
「それよりも目につくのは、張り巡らされた土塁だな。数は……3列か」
ケイレスは丘のふもとから中腹にかけて築かれた塁に注目した。偶然に会敵したのではなく、シルメア軍があらかじめ戦場をここに設定し、帝国軍を待ち受けていたのは明らかであった。ケイレスは、陣地をみてこの意図を見抜いた。
「土塁が築かれているということは、土を掘り返した部分もあるということです。おそらく土塁の背後は帯状の壕になっていると思われます。彼らは塁と壕をもって、我らの弓を防ぐつもりなのでしょう。城壁の上の敵は射ることができますが……穴の中に伏せた敵には矢は届きません。敵も考えましたな」
帝国軍は弓隊の遠距離射撃をもってシルメア軍を制圧するつもりであったが、壕に篭られている相手には弓による射撃は有効ではない。その認識は帝国3将ともに共通であった。
「敵は有利な地形を先におさえ、さらに陣地を作成しています。戦術的には、一歩遅れをとってしまったと言っていいでしょう。この周囲は河川と山岳に挟まれた地形である以上……あの丘を越えぬ限り、これ以上の侵攻はままなりません。軍の規模は我々より少数ではございますが、攻めるには相応の損害を覚悟する必要があります」
「結論を言ってもらおう。ケイレスよ」
バルディアはケイレスに意見を求めた。
「本当は即時撤退を申し上げたいのですが……そうはいきませんよね」
「もちろん却下する。敵を打ち破る策を示してもらおう」
「そうですよねえ……」
ケイレスは今回の戦争では自軍の損害を極力抑えたいという思惑があった。先の戦闘で多数の部下を失ってしまった彼にとって、これ以上の兵の損失は避けたかったのだが、バルディアはそれを認めなかった。
バルディア軍は皇帝リオルドよりシルメアを攻略する命令を受けており、あらゆる状況においてもそれを遂行するべきというのが、バルディアの方針である。軍人としての判断は、兵の損失を抑える合理性も、上からの命令を遂行する一貫性もどちらも間違っているわけではなかった。
さらに、バルディアはシルメア軍との戦闘をまだその目で見ていないため、即時撤退という決断を下す根拠は不十分だった。ケイレスは一戦交えることを観念して受け入れ、バルディアに作戦を示し始めた。
「それでは申し上げます。敵は丘を中心に布陣し、さらに塁を築いておりますが、どうやら陣地完成には時間が足りなかったようです。ところどころ塁の高さが不ぞろいです。塁の低いところはすなわち壕も浅いということであり、そこを攻撃するべきでしょう」
ケイレスが指摘する通り、シルメア軍が構築した塁にはところどころ高さが低い箇所があった。さらに塁は完全に横に繋がったものではなく、ところどころに切れ目も存在した。もう1日戦場への到着が遅れていれば、さらに陣地は完成度の高いものになったが、帝国軍の進軍の早さはそれを許さなかったのである。
「さらに塁の両端も、戦場全体に広げきるには至らなかったようです。両端に突破できそうな隙がございます。ただしこの点については敵も重々承知でしょうから、強力な部隊が配置されている可能性が高いです」
ケイレスの状況分析を聞いて、ジェノンが発言する。
「先に戦闘した狼の騎兵の機動力は、中央の塁が築かれている陣地内では活かしきれません。それは我らの騎兵も同様であります。狼の騎兵はおそらく両翼に配置されており、中央を迂回して突破をはかる我らの騎兵を迎撃するつもりでしょう。我らの警戒する狼の女将軍も、左右いずれかの戦場に現れると思われます」
「妥当な想定であるな。率直に聞こう。両翼の部隊を突破するのに必要な戦力はどれほど必要か?」
バルディアは両将校に質問した。
「敵の力量を考えれば……2500、あるいは3000は必要かと」
ケイレスは応える。シルメア軍の両翼の戦力は約1000。しかし先の戦闘を経験していれば、2倍以上の戦力が必要と見積もるのも頷ける。
「さらにバルディア殿の重装兵も、いくらかお借りいただきたい。通常の歩兵や騎兵で狼の騎兵とやりあうのは、損害が大きくなりすぎますので」
「よかろう。重装歩兵500を含んだ3000ずつを両翼に送る。ケイレスとジェノンよ、貴公らの騎兵にその兵力を加えて敵両翼を突破せよ」
「「御意にございます!」」
両将軍がバルディアの号令に応える。帝国軍は左翼からはジェノン率いる歩兵3000と騎兵500が、右翼からはケイレス率いる歩兵3000と騎兵500が、そして中央からはバルディア率いる歩兵14000がシルメアの陣地を目指し進軍を開始した。
ついに前進を開始した帝国軍。シルメアの運命やいかに……。 次回に続きます。




