シルメア軍集結 餓狼の長ジルヴァ登場
半刻後、作戦会議室では、国王とドリトルら家臣達、リリアス、それからアルジュラとイゼルが席についている。さらに明らかに目につく僕の知らない人物が鎮座していた。人物というより、その風貌は完全に怪物に近い。リリアスが言っていた、より獣型に近い人種もいると言っていたのは、こういう方々なのか。まず身の丈は、成人男性の2倍は軽く超えているように見える。顔は狼そのものであり、たまに覗かせる口内には鋭い歯がびっしり並んでいる。身体には甲冑を着ているが、その下は強固な黒い体毛で覆われているようだ。両手足には巨大な爪が生えており、その辺りで遭遇したらもう完全にモンスターとしか言えない。
「こちらは餓狼族の長、ジルヴァ様ですわ。ナガト様とははじめましてですね」
リリアスがジルヴァという人物に、僕のことを紹介してくれた。
「ジルヴァだ。王都リラの危機と聞いて我が部族を率いて馳せ参じたのだが、既に一戦交えていたとはな! しかもナガト殿の采配で、あの精鋭と名高い帝国騎兵を撃退したとは、感服いたしすぞ」
普通に会話はできるようだ。重厚な声で僕に挨拶してくれている。面を向けられると、ものすごく怖い。しかしリリアスがあらかじめ昨日までの経緯を説明してくれていたらしく、僕への印象は良さそうだ。
「天城ナガトです。よろしくお願いします」
ジルヴァに握手を求めようと思ったが……とんでもない握力で握られる可能性があったので止めておいた。
「では参加者も揃ったところで、作戦会議を始めよう。ドリトル、状況を説明してくれ」
国王が軍儀の開始を宣言し、まずドリトルに現状報告を求めた。
「本日にかけまして、シルメア国内からここ王都リラに兵力が集まりつつあります。まずここにおられるジルヴァ様とその直下の餓狼兵500が到着しております」
ジルヴァの兵は将軍と同じく餓狼種で、屈強な軍勢のようだ。帝国軍からみれば、まさしくモンスターの群れだな。
「私の領地の歩兵2000も昨晩到着している。騎乗する狼はいないが、日々練兵を欠かしていない部下達だ」
アルジュラの部隊もさらに増強されているのは、嬉しい状況だ。
「それから、近衛兵500は先日の戦闘でまったく会敵しなかったので、そのまま健在です」
「戦闘を有利に運んでくれた狼騎兵に感謝しておるぞ」
国王が感謝の意を述べる。
「最後に、国内の村および王都リラの若者達が、『自分たちも戦いたい』と募ってくれています。その数はなんと5000名にも及びます。国家の危機に対して国民が一丸となって立ち向かってくれるのは、嬉しい限りです。彼らは義勇軍として戦闘に参加してくれるとのことです」
義勇軍がこれほど集ってくれているとは、僕は想像もしていなかった。これで大きくシルメアの戦力が底上げされたことになる。しかしこの者たちは、普段戦闘経験がない者が武器を持っただけに過ぎないので、指揮系統に基づいて動けるかは未知数である。
「以上が現在のシルメア軍の戦力となります。対して帝国軍は、先日撃退した騎兵隊が後方の本隊と合流して王都を目指し進軍中とのことです」
「敵の本隊は約20000とのことでしたね」
リリアスがドリトルに確認する。
「国境を越えた時点で、敵歩兵は約20000との報告を受けております。敵騎兵隊も2000が確認されていましたが、こちらは昨日の戦闘でアルジュラ様が叩いてくれましたので、戦闘できる騎兵は多くて半数程度のはずです」
つまりこちらの戦力はアルジュラの狼騎兵500と歩兵2000、ジルヴァの餓狼兵500、近衛兵500、それに義勇軍が5000の合計8500となる。この戦力で帝国軍約21000を迎え撃つことになる。物量はおおよそこちらの倍以上だ。厳しい戦いとなるが、この一戦に敗北することは即ち亡国の道を辿ることとなるため、退くわけには行かない。
「早速ナガト殿の考えを伺おう。この兵力をどのように用いるのが良いか?」
国王が僕に意見を求めた。ここにいる全員の意識が僕に集中する。僕は緊張感を抱きながら、作戦を説明した。
「先の戦いに引き続き守備の戦となりますが、今回も篭城はしません。王都の城壁は堅牢とはいえず、敵の本隊も城攻めの装備はしているでしょう。城壁は突破される可能性が高いです。さらに篭城戦ではアルジュラ様の狼騎兵の強みを活かしきれません。今回も将軍の部隊には主攻を担っていただきますので、野戦を挑むほうが望ましいでしょう。それに王都の篭城戦では、最悪こちらの民間人に侵害が及ぶ可能性があります。それは避けるべきです」
僕は野戦による敵軍の迎撃を進言した。あえて篭城策を捨てた理由が、実はもうひとつある。昨日の戦闘をみて感じたことだが、シルメア軍は誰も弓矢を装備していなかった。おそらく手の形状が獣に近いものなので、弓矢のような精密な武器は扱えないのだろう。飛び道具を持たずに篭城戦はさすがに厳しいと判断した。
「ナガト殿は野戦を提案してくれているが、これについて異論はあるかな?」
国王は出席者の発言を求めた。
「こちらは望むところです」
アルジュラは同意してくれている。他の参加者も同様に賛同してくれており、野戦で帝国軍を迎え撃つことは決定した。
「では次に、帝国軍を迎え撃つ地点を設定しましょう。こちらは自国の地の利を活かして、有利な戦場を設定するべきです。これについては、僕より皆様の方が詳しいと想うのですが、どこか良い地点はありませんか?」
僕の質問に対し、ドリトルが地図上のある地点を示し始める。
「イーリスの丘がよろしゅうございましょう。軍を展開する十分な広さがありますし、丘の上に布陣すれば高所の利も活かせます。さらに東は河川、西には山岳地形がありますので、場所ですので、帝国軍はここを通過しなければ、王都圏に大軍を遅れません」
「分かりました。では王都には最小限の守備隊500のみを残し、残りの全軍はイーリスの丘に布陣しましょう」
「思い切った割り振りだが、大丈夫なのか?」
国王が僕に確認する。
「敵が小規規模な兵力を分散させてくる可能性もありますので、完全に王都リラを空にはできませんよ。しかしこちらは寡兵ですので、ただでさえ少ない戦力をこれ以上分散させるわけにはまいりません。帝国軍との戦闘になるであろうイーリスの丘に、可能な限りの戦力を集中するべきです」
「なるほど相分かった……では次は布陣だな。昨日の戦闘教訓を活かして、アルジュラの部隊を中心にして攻勢をかけるか?」
「いいえ、次はその手は通用しないでしょう。なぜなら……」
国王の提案を否定した僕の発言に、周囲がざわめく。僕はさらにその根拠を述べていく。
「狼騎兵の攻撃力は、敵も経験しています。敵はできるだけ白兵戦を避けるために、弓矢を中心に応戦してくると思われます。狼騎兵の攻撃力は突出していますが、的も大きいため弓矢に対しては脆弱です。ただ突撃するだけでは、接近するまでに大損害をこうむるでしょう」
「アルジュラ殿、ナガト殿はこのように主張しておられるが、どうかな?」
アルジュラは国王の問いに答える。
「おおむね事実でしょう。弓矢の集中攻撃では、いかに我らが狼達も耐えられません。私なら飛んでくる矢を悉く叩き落すことは容易いのですが……部下達はそうもいきません。それに私達は弓矢を扱えませんので、撃ちかえすこともできません」
さらりと凄いことを言っている気がするが、アルジュラの考えも単純な突撃は無謀と考えてくれているようだ。
「ではどのように戦うべきか?ナガト殿」
「説明させていただきます。まずすみやかにイーリス丘に向かい、到着した皆さんは穴を掘り始めてください」
僕の口から唐突に出てきた「穴を掘る」という言葉に、一同は驚きを隠せないようだ。
「穴を掘るとはどういうことなのだ? 詳しく説明してくれぬか」
「帝国軍は僕たちとの白兵戦を避けるために、弓矢の斉射をもって攻勢をかけてくるでしょう。敵の物量は圧倒的であり、盾を構える程度ではこれを防ぎきれません。弓矢が扱えない我が方は、生身で矢を受けるような状況になってしまうと、敗北は必至です。そこで敵の弓矢を防ぐために、戦場に帯状に穴を掘って壕を築いていただきます。穴はできるだけ深くて長いほうが良いです。歩兵の皆様はその壕に身を潜めて、攻撃を凌いでいただきます」
「なるほど……飛び道具を防ぐためには、遮蔽物に隠れるのが確実だ。遮蔽物がなければ作り出せば良いと言う訳か」
「左様ですジルヴァ様。掘り出した土は穴の前面に積んで塁のようにしておけば、さらに弓矢への防御力は上がります」
僕はさらにここからの展開を説明する。
「弓矢による攻撃の効果がないと判断した敵は、そこから3つの手段をとってくる可能性があります。正面から強引に突破をはかるか、壕を迂回してくるか、撤退してくれるかです。正面から突破をはかる敵は、こちらに接近せざるをえません。十分にひきつけたところで、こちらも壕から出て応戦しましょう。ここで敵にとっては初見の餓狼兵に突撃してもらい、出鼻をくじいてもらいます」
「迂回しようとする敵にはどのように対処する?」
国王はさらに僕に質問した。
「壕を迂回しようとする敵は、おそらく敵の残存する機動戦力、すなわち騎兵隊です。これを叩くためにアルジュラ様の狼騎兵は戦場の両翼に配置し、敵騎兵にぶつけましょう」
「なるほど。兵力差はあるが……白兵戦にうまく持ち込めれば我が軍にも勝機があるな。最後の可能性だが、帝国軍が弓矢を射ただけで撤退してくれる可能性はあるかな?」
「敵が兵の消耗を嫌う司令官であればそのような展開も有り得るのですが……これは正直、指揮官次第ですね。ちなみに帝国軍がまったく損害のないまま退くことになったとしても、帝国軍の王都リラ侵攻を防ぐという戦略目標は達成されたことになるので問題はありません」
「良い作戦ではないか。我々はその案に賛同させてもらうぞ」
「私も異論はない」
アルジュラ、ジルヴァの両将も僕の意見に賛同してくれている。
「では決定だ! シルメア軍は準備ができ次第、イーリスの丘に向けて出撃する! 戦場に壕を張り巡らし、全兵力をもって帝国軍を迎撃することとする!」
国王の力強い決定をもって、作戦会議は終わった。現在ある情報から考えられうる可能性を考慮して、作戦を示したつもりだ。どのような結果になるかは想像し得ないが、僕にできることはここまでだ。守備軍を残して、すべての部隊が王都リラより出撃していく。
僕も国王とともに司令部への同行を願い出た。陣中での状況判断を期待されて、同行は快く了承された。この戦闘が、おそらくシルメアの存亡を決定付けることになるだろう。自分の描いた戦場を見届けなければならない使命感とともに、僕はイーリスの丘に向かった。
ブリーフィングを経て、次の戦場の盤面が描かれていきます。次回、舞台はイーリスの丘へ……。