自室にて 明らかになる獣人族の生態
寝室で僕はゆっくりと目を覚ました。昨日の疲れがたまっていたからか、夜中はまったく目が覚めずによく眠れた。今日は帝国軍の本軍を迎え撃つための軍議がある。心を引き締めて望むべきだろう。まずは着替えだ。僕の丈に合う獣人の国の衣服が、クローゼットに用意されてあった。動物の皮が主な素材なのだろうか。野生的な印象を感じるが、国王の服を簡素化させたようなデザインのようで、どことなく高貴な雰囲気も感じる服装だ。更衣を済ませたところで、部屋をノックする音が聞こえる。
「おはようございます。よろしいでしょうか」
リリアスの声だ。夜だけでなく、朝の挨拶にも来てくれるらしい。一国の王女様にそこまでの手間をかけさせるのは悪い気もするが、この国に知人のまったくいない僕にとってはとてもありがたい。
「おはようございます。もう起きていますよ。どうぞ」
リリアスを部屋に招き入れる。
「あら、その服は私が用意したものですね。よくお似合いでいらっしゃいますよ」
「ありがとうございます。リリアス様も、今日もお綺麗ですね」
「そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
深く考えずに返事をしてしまったが、僕の言葉にかなりリリアスはかなり反応している。照れている反応だが、少し嬉しそうでもある。
「すみません。あまり年の近そうな殿方の知り合いがいないもので。あの……お食事はどうなさいますか?」
「僕なんか、知り合いがリリアス様しかいないんですよ? ですので、あまり緊張せずに、気軽に接してくれれば嬉しいです。お食事ですよね。リリアス様、よかったら一緒に食べませんか?」
「私とですか? もちろん喜んで、ご一緒させていただきます。私も普段、食事は自室で一人で済ましていますので。お話しながら食べられるのは嬉しいです」
「国王様とは一緒に食事されないのですか?」
「昔は一緒に食堂で、食べていましたのですけどね。まあ、私もそういう年頃なんですよ」
「そうなんですね。その辺りの女性の気持ちは、僕の故郷でも同じですよ」
「是非ナガト様の故郷のことも、色々聞かせてくださいね」
「分かりました。お食事をしながらにしましょう。どちらに行けばいいですか?」
「こちらに用意させますので、少々お待ちくださいませ」
そう言ってリリアスは一旦僕の部屋を出た。食事の準備をしに行ってくれたのだろう。シルメアの朝食は、いったいどのような食事が出てくるのであろうか。ちょっとした期待感を抱きながら待っていると、リリアスと数名の従者が部屋に戻ってきた。
「お待たせいたしました。どうぞ席についてください」
僕が室内の食卓につくと、従者がテーブルに料理を並べていった。
「これは……」
僕は思わず声を漏らした。肉。肉。肉。次々と大皿に盛られた肉料理がテーブルに並んでいく。端の料理は骨付きの肉を豪快に焼いた料理のようだ。一緒に使用されたきつめの香辛料の臭いが鼻を刺激する。それから次は、故郷の料理にたとえると、ステーキのような料理か。表面がカリッと焦げ目がつく程度に焼き上げられている。かけられているソースは、乳製品を元に作られたものだろうか。それから最後は細切りにした肉を油で揚げた料理のようだ。できたてのようで、パチパチと衣が音をたてており食欲をそそる。
「さあ、さっそくいただきましょう。ナガト様もどうぞ」
料理がすべて卓に並ぶと、リリアスも僕の正面に着席して軽くお辞儀をし、料理を食べ始めた。手元には二股のフォークのような食器とスプーンが置かれている。僕もリリアスに習って料理を口に運んでみた。
「これは、美味しいですね。野生的な味ですけど、『ガツッと食べたっ!』て感想を言いたくなる料理です」
「お口にあってなによりです。どうぞ遠慮なく食べてくださいね」
そう言いながらリリアスも次々と料理を口に運んでいく。普段の気品ある振る舞いと比べると、食事している姿は結構可愛らしさを感じる。
「よく召し上がりますね。シルメアの方って、たくさん食べるのですか?」
なんとなく気になっていたことをリリアスに聞いてみた。
「皆様もこれくらい食べていると思いますよ。私も毎日と同じ量ですが、ナガト様はものたりませんか? 男性ですものね、失礼しました」
そう言ってリリアスは従者に次の料理を用意するよう頼み始めた。
「いいえ! もうおなかいっぱいになりかけています! 堪能させていただきました!」
必死に僕は主張した。
「そうなのですか? 沢山食べておかないと頭も身体も動きませんよ。遠慮なさらないでくださいね」
僕はただただ食べ続けるリリアスを見続けながら、歓談を続けた。お互いの文化伝統についても色々語り合った。とりあえず判明したことは、肉食動物系の獣人はやはり肉好きで、朝昼夜すべて肉料理を食べていること。すごく大量に食べること。それから、食事中はとにかく食べることに夢中になることだ。そこらへんは獣が本来もっている性質なのだろうか。今度は晩餐会に招いてくれるそうだ。今からでも胃袋を鍛えておかなければ……。
一刻ほどの時間がたち、ようやく全ての料理が平らげられた。あれほどたくさん並んでいた料理のほとんどはリリアスが食べてしまったのだから、感嘆する他ない。
「やはりひとりで食べるより、お話しながら食べたほうがいいですね。ナガト様、またお付き合いいただけますか?」
「ええ、ええもちろんですよ。僕はいつでも歓迎しますので、ぜひ来てください」
少しかんでしまった。ただ、僕にとっても楽しい時間がすごせたのは事実だ。ひたすら肉をほおばるリリアスをみているのも、はじめは驚かされたけでも、見慣れてくると動物的な可愛さを感じる。
「ありがとうございます。さて、そろそろお暇しますね。昨日お伝えしましたように、今日も作戦会議があります。半刻後に昨日の部屋で始まりますので、またお迎えにあがりますね」
「もう場所は覚えましたので、自分で行けますよ。お気遣いなく。直接伺います」
「分かりました。では後ほどよろしくお願いします」
リリアスは僕の部屋を後にした。ほどなく軍儀がはじまる。いよいよ迫り来る帝国軍主力を迎え撃つ作戦を示さなければならない。前回はたまたま僕の案がピタリとはまったが、毎回上手くいくものなのだろうか。不安と緊張を抱きながら、会議までの時間を過ごすことにした。
「……少し肉臭いな……」
次はリリアスの部屋にお邪魔させてもらった方が良いかもしれない。
外見に見合わず豪快な量を食べる姫。もしかするとあの方々も……。次回は真剣な会議です。




