万能農具をください ー 戦えない勇者はいらない
気がつくと変な場所に居た。
体の平衡感覚はなくて重力や温度、空気も何もかも感じない場所。それでも酔ったり苦しかったりはしないで逆に妙な居心地の良さを感じる変な場所。
ただどんどん一定方向に「流されている」という事は感じ取れた。
そんな中、優しそうな女性の声が耳に響く。
「貴方達は聖王国グランセルに勇者召喚されますわ。」
その声が言うには俺は勇者召喚されるらしい。ネット小説ではどメジャーの勇者召喚の対象に俺がなったようだ。
しかし【勇者召喚】か。
イヤな予感しかしなかった。だってそうだろ? 勇者なんてどう考えても国に良いように使われたりするのがオチだから。
たしかに国がピンチで勇者しか頼れない危機的状況かもしれないが誘拐同然に(俺は気づいたらこの場所にいたからこれは誘拐でしょ ) 連れこられて勇者になってくれってのは倫理上どうかと思う。
「貴方達には女神として勇者のスキルを授けますわ。自身の望む力を言いなさい。剣術でも槍術でも弓術でも好きなものを。」
女神が【勇者のスキル】を授けるて。しかも剣とか槍とか。これで完全に勇者=戦力として扱われる世界である事が判明した。
このまま行くと俺は戦いに明け暮れる日々を過ごす事になる。しかも「貴方達」と言っていると言う事は勇者は俺だけじゃないらしい。
おそらく勇者同士でも競争させたり不毛な殺し合いが発生したり言う事を聞かない奴を見せしめに殺したりそんなのが容易に想像される。
そんなのは嫌だ。
だから俺はこう願う。
「俺には【万能農具】をください。」
これだ。
今や異世界では農家としてスローライフを過ごすのが主流なのだ。ネット小説でものんびりと農家として過ごす話が大人気で俺も大好きだ。だから俺もファーミングスローライフを目指す!
「えっ? ばんのう? こうぐ? ちょっと待ってね。問い合わせますわ。」
ー
〜待つ事、数分〜
「えっと〜、コホン。わかりました。あなたにはばんのうこうぐ? のスキルを授けますわ。」
おっ、ダメ元で言ってみたが通ったみたいだ。よし、じゃあ今度は勇者召喚した王国を上手いこと説得して開放してくれるように頼んで……。その後は農地経営をしてスローライフをして過ごすのだ。
俺は頭でこれからの未来を考えながらこの流れに身を任せた。
ー
しばらく流されると別の女性の声が聞こえてきた。
(けっ、こいつなんにも戦えるスキルを持ってねえじゃん。こんなの召喚させちゃったら女神の信仰にかかわるっつーの。)
ん? これは別の女神か?
(無かった事にしよう。そんで次からスキルは選択制じゃなくてこっちで勝手に付与にしようかな。)
(そっちのがぜってー早いし楽じゃん。わざわざ勇者どもに選ばせるよりさ。)
えっ? 無かった事?
(やっぱり戦えない勇者はいらないじゃんね? お前は「海底スタート」な。運が良ければ生きられるかもな〜。じゃあ頑張れよ〜。)
海底スタート?
不穏なワードを聞きつつ俺、傳田剛志は光の道を流されて行った。