うなれ天空脚
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
おう、つぶらや。まだ飽きずにひとり玉つきやってるのか。
部活の顧問から言い渡された課題だっけ。確か1000回連続で玉つきできるようにしろっていう。
特に監視されているわけでもなし。適当にごまかしときゃいいものを、お前って律儀なやっちゃな。俺にとっては不器用で、損する性格にしか思えんけど。
――ん? そういうお前だって、影でリフティングの練習をしているくせに?
ちっ、なんだばれてたのかよ。
いいか? くれぐれも周りの連中にはいうなよ?
部内で憎まれ口のヒールを演じつつ、言われた仕事にはきっちり応える。そんなちょいワルキャラを作ってんだ。下手なこと漏らされて、イメージが崩れたら困る。
――はあ? 黙っていてほしかったら、なにか面白い話でも聞かせろ?
やれやれ、抜け目がないというかなんというか……。口止め料が分かりやすくて、サイコーだよおめーは。
そうだな……そんじゃ玉つきをめぐる、昔話でも話そうか。
俺のリフティングのことを話題に出したけど、この日本には昔から蹴鞠の文化があるのは知ってのとおりだ。
この蹴り方についても、地域によっていろいろあってよ。俺たちの地元じゃ、ひたすらに高く打ち上げる技術が、最も求められたんだ。
こいつは別に相手がいようといまいと関係なくてよ。その場でとにかく、高く蹴り上げる練習を幼い時から練習するんだ。もちろん、慣れないうちは蹴った毬があっちにいったり、こっちにいったりと忙しい忙しい。
でも騒ぎにはならない。大人たちのほとんどは、この毬の技の達人だからな。目で見える場所なら、正確に蹴り返せるほどの技量を持っていたとか。
だが、この技。器用さはあくまで、奥義に至る第一歩でしかない。ここから先は、限られた者しかたどり着けない領域になる。
それは足の頑健さだ。空高くまで毬を飛ばし、それを受け止めることができるようになったものは、重りの入った毬で同じことができるよう仕込まれるんだ。
少し蹴り上げるだけでも一苦労。脚とそれを支える骨は、倍加していく重量に悲鳴をあげるが、問題は落ちてきてからだ。
知ってのとおり、重いものを高いところから落とせば、そのエネルギーは増す。それを足一本で受け止める訓練をするのだから、ただで済むはずがない。もちろん、足以外の致命的な部位にもらえば大惨事となる。それを少しでも予防するため、正確な蹴りを前の段階で大いに学ぶんだ。
鍛錬は非常に厳しく、辛いものだった。一生ものの故障をかかえ、断念する者の数は増え続けたという。
それでも10人に1人ほどは、この課程を怪我なく修了できたと、俺は聞いている。話によればやぐらの上、城郭の上、それらを上回る崖から落とされた鉄入りの玉を、彼らは同じ高さまで打ち返したという。
俺の地域じゃこれがちびっ子たちに運動とか食事を奨める、しつけのひとつとして引き合いに出されるんだ。
だが、話はまだ終わりじゃない。
その年。史上最年少でこの極意に至った少年がいた。
技をさびつかせるなという命を受けて、その日も一人、ほぼ鉄の塊となっていた毬を蹴上げていたらしい。
昼間からたっぷり三刻(6時間ほど)打ち込み、その足にはアザのひとつもできていない。
彼の蹴上げる毬も、その高さは尋常ではなかった。周囲の家々をはるかに越し、誰もその目では確かめようのない、雲の上まで跳ね上がった毬。
しばしの間を置き、うなりをあげながら戻ってくるそれを、彼はすねと足の甲の間で挟み込んで止める。彼の足はなんともなく、もちろんどこにも被害が出ていない。
――今日の分の鍛錬、終わり。
そう彼が家の中へ引っ込もうとしたところで、遠くからひづめの音が近づいてくる。
見ると、少年をはじめ多くの人を育てた師匠が、自ら馬に乗って向かってくるんだ。ひざまずいて敬意を示す少年に対し、師匠は馬上から告げる。
「蹴鞠の支度が済み次第、『墨が丘』に集合せよ」
その一言のみ伝え、師匠は慌ただしく馬を走らせていった。
墨が丘といえば、彼らの訓練場としてもっとも広大かつ、有名な場所だった。
周囲の土よりなお黒ずむその土は、かつての鍛錬に失敗し、断念していった者たちの、文字通り血と汗がしみ込んで作られたといわれている。
少年がたどり着いた時、空にはもう星が出始めていた。すでに彼と同じ技を体得した兄弟子たちも、あらかた集まっている。彼らの話によれば、師匠が帰ってくるまで待機せよとの指示が出ているらしかった。
各々、談笑したり自分の足の具合を確かめたりしていたが、やがてちょっとした異常に気がつき出す者が出始めた。
それは、空の星々だ。今日は多少の雲はあれど良い天気で、青空がまんべんなく広がっていた。この夕暮れに至っても新しく雲が湧き出す様子はなく、空は澄み渡っているはずなんだ。
なのに、見える星の姿が普段に比べて少ない。めいめいが見慣れているはずの星々の並びも、欠けているものがいくつか。
ざわつきが広がり始めるのに前後して、馬のひづめの音が響く。師匠がやってきたんだ。
馬から降りるや、集まった面々に声をかける。
「みな、今すぐ動けるな? 先ほど、星をお前らに向けて蹴上げてきた。それを打ち返して、まことの星とせよ」
皆が戸惑う表情をするが、師匠は気にも留めず、位置取りの指示を出していく。少年を含めた全員が散会し、師匠が彼らのほぼ中央に立った。
「それぞれが待っているところに、星が降ってくるはず。多少の誤差はあるかもしれんが、その場合はすぐさま走って取れ。
そして即座に蹴り返せ。長く持つなよ、足がただれるだけでは済まんぞ。
わしも援護に入るが、主となるのはお前たちだ。これまでの稽古、乗り越えてきたならばきっとできる」
師匠の励ましがあってから、しばらくののち。
墨が丘のかなたに生える木の影から、ぽつぽつと金色の粒が飛び出していった。空を駆け上るにつれて明るくそれらは、順番に動きを止め、今度はその大きさを増していく。
彼ら全員が、この状態を知っている。自分たちが毬を蹴上げた際のように、何かがこちらを目掛けて降ってくるんだ。
「蹴る瞬間、違えるなよ!」
師匠の檄が飛ぶ。
少年はぐっと身構えて、自分が担当するであろう物の飛来を待つ。遠目には固まって見えていたものが、輝きと大きさが増すにつれ、細かく分かれていく。
あの時点で分かれてしまうものならば、ここまでたどり着くまでに大きく外れる。直前になるまで、その進路を変えず向かってくるものを見極めなくては。
まだ距離に余裕があるかとも思えたが、兄弟子たちはすでに足を振りかぶる体勢。少年もそれにならい、右足を地面から離す。いよいよ拳ほどの大きさにまで迫った光は、なおも身体を分けながら、彼らへと殺到していく。
もし、あのはるか天空より落ちてくる毬の速さに慣れていなかったら、明らかに蹴り遅れていただろう。
少年が「ここ!」と降った脚は、目さえも潰す光を放つ球を蹴り上げていた。
足の甲に、いつもの毬相手とは比べ物にならない痛みが走る。履いていた靴は当たった部分が焦げ、煙を吐いている。その下の皮膚も、暗くてよく見えないがジュウジュウと音を立て泡立ち、かなりの熱を持っているようだった。
だが、彼は自分の脚より先に、蹴り上げたものの行く末を見届けるべく、顔をあげている。兄弟子たちもまた然りだった。
彼らから離れた光は、ほぼ真上へ打ちあがっていく。どんどんと小さくなり、初めに見えていた時よりもっと小さく。それこそ砂のひとつぶほどになったところで、その動きを止める。
すべて終わった時、そこには星々が戻っていた。星の並びの間を埋め、いつも通りの夜空がそこには広がっていたんだ。
師匠は語る。
天上にある星々も、永遠にいられるとは限らない。力を失い、落ち行く時が存在する。そんなとき、自分たちが脚を持って、元通りの場所へ戻してやる。
いずれ自分が動けなくなった後は、お前たちがこれを引き継いでいくのだ、ともな。




