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霊2・幽霊は考え中?

 じめっとした湿気が室内を満たす。早朝のこの肌寒さ。季節はもう夏に差し掛かろうというのに、朝の冷え込みは体に堪える。……まるで年老いた老人のようだ。



 冷え込む中、布団から体を起こす。まだ疲れがとれていないようだ。頭がぼうとする。それは毎朝のことだが。



「ううっ、寒っ」



 安い色彩の薄毛布を脇にどける。どうも、もう一枚掛け布団が欲しい。これでは凍死してしまう。普通の家ならまだこれでも我慢できるが、ここは風の吹き抜けが異常だ。それは仕方の無いことだが。



 布団を片つけながら、部屋を見回す。周りはベニヤ板にビニールを敷いただけの簡単な壁が広がり、所々穴が空いている。プライバシーというものはこの家には通用しないだろう。所々に空いた穴から風が入り込んで、ビニールをバタバタとはばたかせる。この騒音が原因で眠れん夜が何日続いたことか……。



 床は……もはや問題外だ。土が見えている。普通家には床という物が存在するが、ここは違う。地面一面に青いビニールを敷いただけのごつごつした所だ。しかもビニールもあちこち破けて、地面がおはようと顔を出している。



 俺はいつもこの家の居間と呼ばれる位置で夜を越している。これが居間と呼べるか理解に苦しむが。そもそもこのぼろ家には三つしか部屋がない。一つは俺がいる居間。もう一つはばあちゃんが寝ている部屋。そして最後の一つは……。



 ふと居間の左側に見えるドアを見る。茶色い塗装が所々剥げ落ち、チェーンがドアの至る所に張り巡らされ、自転車用のダイヤル式の錠が掛けられている。それだけならまだ目をつぶれるが、そのドアには何やら怪しげなお札の姿が見える。


 それも一つや二つではない。数え切れないほどのお札がドアを覆い隠している。もし「悪霊退散」なんて書かれていたらと寒気を感じるが、俺にはお札に書いている文字が何であるかはわからない。難しい漢字が連なっているだけだ。



 そこは開かずの間とされ、生まれてから一度も中に入ったことはない。ばあちゃんが言うにはあそこにはよからぬモノが住み着いているから、決して開けてはならないそうだ。よからぬモノ――。それがなんであるかはあまり想像したくない。



「ふぅ、今日もバイトかぁ、だりぃな」



 今日は八木橋英子さんってばあさんだ。昨日の佐々木さんのバイトよりは楽そうだし、学校終わってから取り掛かるか。



 布団を片付けると、居間には何もなくなった。そこで、脇に立てかけていたコタツを持ってきて真ん中にどんと置く。居間と言っても広くなく、六畳あるかどうかだ。そのためコタツを置くと更に狭く感じる。と言うか、もう夏なのにコタツというものはどうかと思うが。



「えーと、食いもんはと……」



 居間を散策していると地面に団子が入ったパックを見つけた。昨日佐々木さんの墓から盗ってきた物だ。最近置かれたようで、まだまだいける。



 一応パックから取り出し団子を鼻に近づけ、匂いを嗅ぐ。



「うん、無臭だな」



 なら口にしても問題ないだろうな。コタツに入り、寂しく団子をほうばっていると、前から声がした。いつの間に入ってきたのだろう。じぃが俺に向かい合うようにコタツの中に入って俺を見ていた。



「咲夜さんよ、勝手に人の物を食べてはいかんであろうが」

「もう死んでるから、関係ないだろ? それよりなんだよ朝から」



 じぃは団子から目を離し、居間を見回しながら話し出した。



「それがのう、今日から受ける新しいバイトの話なんじゃが」

「八木橋英子さんってばあさんだろ? 給料は後払いだけど、信用できんのか?」

「まあ……その英子さんなんじゃが、お主に会って直に話したいことがあるそうじゃ」

「報酬の件? 確か、壷だろ。なんでも英子さんが大切にしていた壷とか。値段は聞いてないけど、そこそこ高いみたいとか」

「いやいや、そのことについてじゃあなくて――」



 じぃが何か話そうとした時、隣のばあちゃんの部屋からうなり声が聞こえてきた。何事かと、じぃをその場に置いて隣の部屋に繋がる襖を開ける。居間とばあちゃんの寝室は直結しているため、こうして何かあったらすぐに部屋に行くことができる。何かあったらでは遅いのだが。



「ばあちゃん、どうした? 体でも悪いのか?」



 襖を開け、布団に包まるばあちゃんを見る。痩せこげ白髪だらけになった髪、顔は青白い。それはあまり物を食べてないからだ。



「ばあちゃん、お腹すいたのか? ほら隣の佐々木さんからのお裾分けの団子だぞ」



 手に持っていた団子をばあちゃんの顔に近づける。と、次の瞬間ばあちゃんのよぼよぼの手が素早く布団から飛び出て、団子を掴んだ。そしてそのまま布団の中へ隠してしまった。顔は見せず、背を俺に向けたまますすり泣く。



「透、ごめんなぁ、ごめんなぁ。ばあちゃん何もできなくて……」



 団子を食べているようで、口をモゴモゴさせている。そんなばあちゃんを見ていると、胸が締め付けられる。もうこの家にはばあちゃんと俺しかいない。ばあちゃんは俺が守る。



「ばあちゃん、気にすんな。今度いい仕事入ったからいい物食わせてやるよ。だから……」

「じぃちゃん、じぃちゃん、もう逝かせてくれよぉ」



 ばあちゃんは肩を震わせながら独り言を呟く。俺はどうすることもできず、静かにばあちゃんから離れ、襖を閉めた。



「じゃあ、学校行ってくるよ」



 部屋を後にし、居間に戻るとじぃが杖をつきながら玄関に向かっていた。



「さて、そろそろ行くぞい。学校の前に用事を済ませておき」

「……」



 居間の脇に投げ捨ててあった青い学生鞄を拾い上げ、じぃの後に続く。金はないくせに学生鞄は結構立派だ。少し潰れてはいるが。



 外に出ると、眩しい朝日と鳥のさえずりに迎えられる。付け加えるなら肌を刺すような風にも。



 じぃの後につづきお隣さんの墓地に向かう。家と墓地の間には小さな柵があるが、それを跨いで、墓地に足を踏み入れる。



「咲夜さんよ、時に聞くが、学校は楽しいか?」

「楽しくねーよ。ただ、ばあちゃんが学校行けっていうからさ」



 じぃの透き通った背中に言う。早朝の墓地は冷気に包まれ、冷える。もしや冷気ではなく霊気なのかもしれないが、そこはあまり気にしないことにした。



「親が俺の学費だけは残してくれたからな。けど、その学費もばあちゃんが管理してて、どこにあるかわかんねーしな。まあ高校終わるまでの辛抱だな」



 俺はこの近くの高校に通っている。いくら金がないといえ、学校だけは親やばあちぁんがなんとかしてくれた。今二年だから、あと一年はこの生活が続く。もしかしら仕事が見つからず一生このまままかもしれないが。



 今や不景気で仕事もなく、リストラが絶えない。金が欲しいが、そこらのバイトをしても高校生では限界がある。3000万という借金がある以上、そんなちまちま稼いでも仕方が無い。一気に稼ぐには今の幽給バイトは欠かせない。一回、一回の給料が馬鹿にならないが、当たり外れがあるのはどうしようもならない。



 そういえば定額給付金ってやつで今度お金が貰えるんだっけ。まだ俺は貰ってないな。そのお金で少しはばあちゃんにいい物食わせてやろう。



「まあ若いうちは学校に行って勉強するもんじゃな、いひひひっ」



 じぃはからかうように笑い、杖を前方に見える墓石に向けた。その方を見ると、強い日差しを受けたこじんまりとした墓石が立っていた。


 

 あまり大きくない、すたびれた様子だ。見舞いに来ている人もいないなのか、供え物もない。線香もずっと立てられていないようだ。その両隣の墓もさほど変わらないが。



 そんな墓石を見ているとどこか寂しさを感じる。死んだ人は時が経つにつれ忘れ去られていくのか。そう思うと時と言うのは恐ろしい物だ。揺りかごから棺桶……。


 

 俺もまた生まれた時から死に向かっている。時の流れにより。俺も死んで、時が経てばいつしかこのように誰も見舞いに来なくなるのだろうか。



 そんな憂鬱に浸っていると、その墓石の前についた。墓石に日差しが当たり、眩しい。目を凝らして光の奥に見える名前を見る。墓石には八木橋英子と彫られていた。



「着いたぞい、さて英子さんよ」



 じぃがそう言うと、墓石の後ろから老婆が姿を表した。白髪に古ぼけた眼鏡を掛けた優しそうな顔がそこにあった。皺だらけというほどでもなく、歳としては60代から70代という所か。薄ピンクのカーディガンを羽織っている。雰囲気からしてどことなく穏やかな、話しやすそうな感じの人だ。



 英子は俺に頭を下げると、にっこりと微笑んだ。悪そうな人ではないようだ。



「はじめまして、咲夜さん。あなたの話はいつも伺っています」

「そりゃあ、お隣さんですからね、嫌でも話は聞こえるでしょ。それで、用件とは? バイトの件についてですよね?」

「はい、そうなんです。今回依頼したバイトについてのことで……」



 英子は言いづらそうに顔を逸らす。



「俺に気を遣ったりしないでください。俺はあなたに言われたことをするだけです。そしてあなたから給料をもらう。だから言いたいことは先に言ってください。そっちの方が英子さんにとっていいですし」

「そ、そうですよね、すみません言うべきか迷っていたんですが」



 そう前置きをしてから、英子はゆっくりと話し出した。



「今回依頼するバイトなんですが、息子の栄一に渡せなかった手紙があるんです。その手紙を渡してほしいとのことだったんですが」

「何か問題でも?」

「い、いえ、問題と言うか栄一はちょっと困った子でして、私を嫌っているんですよ。栄一は早くに両親を無くして、私と二人で暮らしてたんです。それで私は栄一が心配で心配で、いつも栄一に余計な面倒までしていたんです。今思えば栄一は私の世話焼きが気に入らなかったのでしょう。成長するにつれ、その思いは強まっていき、最後には疎遠の仲になってしまいました」

「そうですか……」



 英子は悲しそうに顔を伏せている。俺に何か言ってほしいのだろうか。かといってそんな簡単に他人の心に土足で踏み入るのも悪い気がする。が、じぃは構わず口を挟む。



「よーわかりますよ。英子さん。わしの家もそうでしたからのう。子供は大人になるにつれ、生意気になりますからのう」

「いえ、私は……」



 英子は後悔しているかのうようで、生前の話をする。



「私は栄一が寂しくならないようにしたことだったんですが、栄一が大人になるにつれ、私も身を引かなければならなかったのかもしれません。でも、できなくて栄一のことばかり考えていたせいで、かえって栄一を傷つけてしまったのかも。でも――」

「……英子さんの気持ちはわかりました。じゃあ―英子さんはどうしたいんですか? このバイトはなしにしますか?」



 それは成仏できなくなるということでもある。英子さんがここに留まっているのはその栄一さんへの思いがあるからだ。ここでバイトの依頼を止めたら、英子さんは一生ここにいなければならないかもしれない。だけど……。



「俺は英子さんに強制はできません。選ぶのは英子さんです」

「わかってます! わかってますけど、栄一はきっと私の手紙を受け取らないでしょ。私を嫌っているので」

「……それはこっちでなんとかします。それで、その手紙はどこに?」



 英子は最後に書いた手紙の在り処を話し出した。俺はその話を聞きながら、どうやって栄一に手紙を渡そうか考えを巡らせていた。



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