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霊1・幽霊はお隣さん?

 この世に幸せというものはあるのだろうか? あるとしたら、それはなんだろうか?



 漆黒の闇が街を囲み、微かな月光すら雲に隠れる。肌寒い風が木々を揺らし、ざわめかせる。無機質な地面に足音だけが響き、そして闇に消える。俺は雲に覆われた夜空を見上げながら、疲れきった体を動かし続ける。



 嫌になる。



 こうして歩き続けていることが。生き続けていることが。かと言って、どうすることもできない。生きることをやめることなどできない。死という恐怖と向き合えないのだから。



「さてと……どうしたものか」



 足を止め、顔を下げる。空を見上げすぎて首が疲れたとかそういうことではない。いつものあれのせいだ。そう、あれのせいで気が散ったのだ。



 いやいやあれがいる方を見ると、あれは俺を見て手招きしていた。どうしてあれはいつも俺を付け回るのだろうか。いや、それよりもなぜ俺の家の前に立っているのか。様々な疑問が浮かんでは消える。そうこうしている内に、家の前に着いた。



 まず何を言おうか。そんなことを考えながらあれの前で腕を組んでみた。しかし、あれは俺のことなどおかまいなしに口を開いてきた。



「いつも、おつかれですなぁ、咲夜さん。お仕事は終わりましたかな?」

「じぃ、ここに来るなと何度言ったらわかる? 仕事が終わった日ぐらいゆっくりさせてくれ」

「とおっしゃってもですね」



 じぃと呼ばれた腰を曲げた老人は持っている杖を俺の家の隣に向ける。その方に視線を向けると、広大な墓地が広がっている。夜とあってその土地の不気味さが最大限に増していたが、俺には更に恐ろしく見えた。闇に浮かぶ淡い光の数々――。これが蛍の灯火なら感動すら覚えたかもしれない。が、その光はそんなファンタジック的な物ではない。



 幽霊――。まあ世間的に言えば死んだ人が化けて出てきたということか。何故かわからないが、俺には昔からこの幽霊という物が見えてしまう。まあ家のすぐ隣にこれだけ大きな墓地があれば嫌でも影響を受けそうなものだが。



 じぃに視線を戻すと、こっちを見てにっこり笑っている。このじぃも幽霊なのだが、詳しく言うと俺がしているバイトの仲介人というところか。まあ窓口とも言えるが。



「咲夜さんも人が悪いのう。お隣さんなんじゃあから、そう毛嫌わんでもいいではないか」

「墓地はお隣さんになるのか?」

「他の人間にとっては墓地かもしれませんがね、いひひひひっ」

「……」



 どうもじぃにはうまく丸め込まれる。口が達者というか、なんというか。



「それで、咲夜さん。例の仕事は?」

「霊の仕事? ああ、佐々木陽子さんの件だろ? それなら今さっき終えてきたところだ」

「んじゃ、陽子さんとこに確認しにいってくんから、少し待っててくださいな」



 そう言うと、じぃは宙に浮いて墓地のどこかへと飛んでいった。飛べるなら杖など必要なさそうな気がするが、じぃが言うにはファッションとして杖は欠かせないという。何か意味を取り間違えているよう気がするが、あまり突っ込む気にもなれない。その姿を見送りながらしばらく墓地を見回してみる。



 俺の家は昔からこの墓地の隣にある。俺としては幽霊が見えるということもありあんまりこんな所に住みたくないが、世の中はそううまくいかない。ふと、墓地から目の前に建つボロ小屋を見る。



 一階建てのトタン屋根の家が建っている。他人から見えば物置小屋と思われるかもしれない。しかし、あれはまぎれもなく――俺の家だ。そもそも墓地の隣に住むなど正気の沙汰ではない。



 が、その正気の沙汰ではないのにここに住んでいるのは、単純に金がないから。つまり、貧乏なのだ。貧乏すぎて住む土地も選べず、墓地の隣という誰も住みたくない土地にこじんまりとした家を建てている。かと言って、親を責める気はない。



 両親は早くに他界し、今は家の隣の墓地をさ迷っている。俺が心配で成仏できないそうだ。それはそれで何と言ったいいかわからないが。そのため、今はこのボロ小屋に祖母と俺だけで暮らしている。祖父は去年他界したが、彼もまた両親よろしく墓地をさ迷っている。まあ成仏しない理由は聞かなくてもわかる。


 

 祖父が逝ってからというもの、祖母は体を壊し、今や寝たきり状態である。だから、祖母には幽霊が見えるとは口が裂けても言えない。そんなことを言ったらおじいちゃんに会いたいなんて言い出すかもしれない。



 だから、肌寒い中こうして外でじぃの報告を待っているのだ。家に明かりが点いていないのはいつものことだが(光熱費が馬鹿にならないので、夜はいつも真っ暗なのだ)。



「透、今帰ったの?」



 ふと後ろから声をかけられる。見ると、母親の昌子が宙に浮いていた。黒髪を後ろで束ね、白い服を着ている。幽霊だから白い服を着ているという訳ではなく、ただたんに最後に着ていたのがそれだっただけだ。



「母さん、ただいま。親父は?」

「ああ、あの人ならどこかに遊びに行ったわ。まったく困った人よね。それで今回の仕事はどうだったの?」



 白い顔をにっこりさせ、昌子が聞いてくる。



「まあ、ぼちぼちかな。けっこう厄介なバイトだったけど。依頼人の佐々木陽子さんって人も結構な額出すって言ってくれたし。今回は幽給高いしね」

「そぅ……。透もあんまり無理しないでね。もし、もし! もし透が死んだりしたら」



 昌子が両手で顔を覆い、すすり泣く。が、手の隙間から見える口は微かに緩んでいた。



「母さん、大げさだって。俺はそんな簡単に死なないって」

「いいのよ! 無理しなくても、楽になってもいいのよ、透!」

「い、いや、そう言われても……」



 俺が死ねば親子三人で仲良くこの墓地で過ごせるとでもいうのか。まったく、俺をなんだと思ってんだ、母さんは。



 母さんと下らない話をしていると、じぃが墓地から飛んできた。



「はいはいよ〜。咲夜さん」

「何かしら?」

「いや、お母さんのほうじゃあなくて……」



 じぃは困った顔をして昌子を見る。俺もややこしくなるので母さんと別れ、じぃと二人っきりにさせてもらった。



「それで、報酬は?」

「え〜と、今回の報酬なんじゃが」



 じぃは顔を顰め、言い難そうに述べた。



「そのなんじゃ、佐々木さんなんじゃが、もう成仏してしもうてな、それでな……」

「またかよ、本当のこと言えよ、じぃ」

「それがじゃあがな、佐々木さん置き手紙置いていってな、ほれ」



 じぃからメモ用紙をもらう。開くと、短くこう書かれていた。

<ありがとう、本当に感謝しています。でもお金ないのでもう逝きます>



「いやいや待てよ、お前。何がありがとうだよ。金払ってから逝けよ。ってかやっぱりあの幽給も嘘かよ」

「まあまあ落ち着きなされ。今回の幽給は成功報酬だったからのう」



 この幽給とは幽霊から給料もらう。まあそのままの意味だ。ただ、幽給は安定しない。普通は仕事するにいたって保険や契約など色々と決まりがあるが、幽給にはそれがない。たいていは口約束だ。今回の佐々木さんという幽霊もそうだ。夫に自分が浮気していたことを告げ、そのことを謝ってほしいというバイトだった。給料は成功後もらうことになっていた。



 と、言っても幽霊はお金を持っていない。持っているのは無念さと重く冷たい墓石ぐらいだろう。だが、それでもお金――給料をもらう方法はある。生前遺産を残している場合が多く、その遺産を譲ってもらうというものだ。



 が、遺産というものはほとんどその身内に継がれているもので、俺が仕事を終え依頼人――A幽霊さんから遺産のありかを教えてもらっても、赤の他人がA幽霊さんの身内に「A幽霊さんの遺産ください」なんて言ってもくれるはずがない。そのため俺が報酬としてもらえるのはほんの一部の遺産に過ぎない。



 その遺産とは身内にも知らせていないものである。例えば生前まで隠しておいたへそくりや、はたまた家の庭に埋めていた高価な壷と言った物だ。だから、幽給バイトとは当たり外れが大きい。それに口約束だけのため、とんずらされることも多い。


 

 かと言って給料前払いとかにすれば、へそくりとか安い給料になる。高い給料になると依頼人は皆後払いを希望する。依頼する幽霊達にとって高い給料とは自分にとってかけがえのないものであるため、前払いなどはありえない。だが、今回のように逃げる奴もいる。



 結果として安い給料なら報酬を貰える可能性は高いが、高い給料ほど報酬を貰える可能性が低い。今回の幽給は成功後ということで300万だったが、佐々木さんは金を払わずに逝ってしまった。



 まあへそくりで300万あったのかもしれないが、それがもう身内が継いでしまっているのかもしれない。佐々木陽子さんが死んだ後に身内の誰かがそのへそくりを見つけたのかもしれない。可能性としては否定できないが。



「あのよぉ、俺もただ働きばっかしたくないわけ、わかる?」

「よーくわかっとる。そこで、お主に新しい仕事の依頼を持ってきたぞ」



 幽霊からのバイト依頼は絶えない。皆死ぬ前に遣り残したが少なからずある。現に遣り残したことがあるからこうしてこの墓地に留まっている。じぃはそういった幽霊からのバイトの依頼を受け、俺に話を持ってくる。それは俺がまだ生きていて、幽霊達の相談に乗ってやることができるから。ただ……。



「じぃ、いいか。俺も家計が厳しいだ。あの家見ればわかるよな?」



 顎で自宅を指す。じぃはその家を見て哀れむように目を伏せる。



「い、いや、お主が言いたいこともわかる。じゃが、今回は大きい仕事だぞ」



 じぃは俺の話を逸らすように、無理矢理仕事の話を進める。



「今回の幽給バイトは、前田信二さんという方からじゃあ。去年死んだのじゃが、その依頼というのが――」

「まず、そのバイトの幽給の報酬はいくら? 前払い? 後払い?」

「……どっちもじゃ。仕事を始める前に1000万。後払い2000万。いい話じゃろ?」



 じぃは何か期待しているかのようで、目が輝いている。確かに、今回の仕事は大きい。計3000万か。もし今回みたいに仕事が終わった後金を払わずに逃げられたとしても手元に1000万は残る。かなりいい話だ。だけど……。



「それで、その仕事って?」



 すると、急にじぃが黙り込んだ。言いづらそうに口をもごもごさせる。あまりにも勿体ぶるので先を促すと、じぃがしぶしぶ答えた。



「今回の仕事は……前田信二さんの妻を、こ、殺してくれという――」

「はい却下。今度は殺人依頼かよ。じぃ、俺はなんでもするって言ったが、そういうのは却下だ。人を殺して、またここに墓を増やすつもりかよ」

「じゃが、3000万だぞ。3000万、3000万、お主の借金帳消しじゃぞ」

「うっせーよ、それに俺の借金じゃなくて、親のだ」



 それだけ言うと、暗闇に包まれた自宅へ重い足を運んだ。親父が作った借金3000万。確かに、帳消しにできるが、俺が幽霊を増やしてどうする。



 俺がしなければならないのは、ここにいる幽霊達を一人でも多く成仏させてやることだ。だから、決してそんなバイトはできない。



「俺は、人を殺してまで生きようとは思わねーよ」



 じぃを後にいつものように家に入る。



 玄関の戸を静かに閉め、大きなため息をつく。



「3000万かぁ」



 いくら嫌なバイトといえ、大金は惜しい。が。



「俺には向かないバイトだな」



 これからも幽霊からバイトを頼まれ、給料をもらう。そしてそのお金で借金を返し、この家を建て替え、ばあちゃんを幸せにする。



「……」



 考えるだけで気が遠くなる。



 だが、やらなければならない。生きるためには働くしかない。例え幽霊から給料を貰うバイトだとしても。



 お隣さんが自宅にならないようにするために、俺はこれからもこのバイトを続けていく。



ほのぼのとしたホラー、コメディ、青春物としてこれからも連載していく方針です。主人公が貧乏生活から抜けるため、次々と幽霊たちのバイト依頼を受けていきます。どうぞよろしくお願いします。

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