30.高き壁
生放送の時間も残り少なくなってきたが、神殿まであと少しのところまで来た。
生放送を見ている視聴者も応援してくれている。
神殿に向かう道中で20匹以上はモンスターを倒したと思う。
怪我はヒールで治るが、モンスターが強いために常に気を抜くことができず…精神的な疲労が溜まってきている。
だが、苦労しながらも神殿の本殿と思われる建物の前に到達する事ができた。
その神殿は、青白い石造りの建物だった。
見た目は古代ギリシア時代の神殿をイメージすると分かりやすいと思う。
多くの石柱が屋根を支えているが、壁が無いので石柱の合間から中が見える。
オレは石柱の合間から様子を伺う。
神殿の中は…何かを祀っている礼拝堂だろうか?
石の椅子が同じ間隔で並べられ、奥の壁には何かが置いてあるように見える。
中にモンスターが居ない事を確認し、慎重に神殿内部へと足を踏み入れた。
足を踏み入れた礼拝堂の中は、海底だというのに青い光が差し込んでいた。
まるで教会の青いステンドグラスから日が差し込んでいるような。
そしてその光が水中のエフェクトで乱反射している…幻想的な光景。
そして礼拝堂の一番奥の壁際に棚があり、その上で”火が燃えている”。
青く燃えるその炎は…神話てあった水中の火の話を連想させる。
それは、水中の中で燃えている神聖な火。
その火には、人類は決して触れてはならない。
人類がもし神聖な火に触れた時、世界を大きな災害が襲い…人類を滅ぼすであろう。
その話で災害…大津波を起こしたと伝えられるのが、神であるネプチューン。
ギリシャ神話ではポセイドンとも呼ばれる…水神・海の神だ。
全知全能と言われるゼウスの兄弟で、その強さは神の中でも最強クラス。
もしかして…炎に近づくとネプチューンが出てくるのだろうか…?
初ボスが最強クラスの神でこちらはソロとか、洒落にならないんだが。
だがここまで来たら帰るという選択肢は無い。
オレは気を引き締め、少しずつ…少しずつ…水中の火に近づく。
そしてついに、礼拝堂の中で一段高くなっている壇上へとたどり着いた。
すると突如、神殿の上の方から声が聞こえてくる。
『…人よ…その火に触れる事は許さぬ…。その火に触れる事は…死を意味すると思え…』
歳の重ねた男性の低い声なのだが、その声はどこか神聖さをも感じさせる。
オレはその言葉に従い足を止める。
『…やけに素直だな?…人とは…もっと傲慢で、欲にまみれていると、そう思っておったが…』
どうやら機嫌を損ねなければ話せそうな雰囲気だ。
これに乗らない手はないだろう。
「わたしは上野樹と申します。…もしかして、あなたは水神ネプチューン様でしょうか?」
どこに話しても良いか分からず、その場で質問をする。
『…いかにも。儂はネプチューンと呼ばれていた存在だ。人には海の神や水神として崇められていたか。それで…人間よ。儂がネプチューンと分かった上で、何を望む?…儂は傲慢な人が嫌いだ。何かを望むのであれば、相応の覚悟をせよ」
「いえ…特に何かを望んでここに来たわけではありません。探索中に偶然素晴らしい神殿を見つけたので、足を踏み入れただけです」
こうして話している間も、ネプチューンから尋常じゃない圧力を感じる。
もしも気を抜いたら即座に地に伏してしまいそうだ。
今も指一本動かせないし、身体中から冷や汗が止まらない。
ネプチューンという神と対峙している事で、自分がいかに小さな存在であるかを認識させられる。
…正直恐くて仕方が無い。今すぐに逃げたい。
『クククッ…お主は面白い人間だな』
突然のネプチューンの笑い声に驚く。
『……儂と平然を装って会話出来るその胆力…面白いではないか。心の中では今にも崩れ落ちそうにも関わらず…。良いだろう。お主の望み通り、姿を見せてやろう』
ネプチューンがそう言葉を発した直後、神殿の中が目を開けることができないほどの光に溢れた。
視界が正常に戻り始め、周囲を確認すると…それは神殿中央に姿を現していた。
…白髪の長髪に、立派な口髭を蓄えた初老の男性。
体長は2m以上はあるだろうか…その手にはトライデントと呼ばれる、大きな三叉の槍。
そして極め付けは黄金のたてがみを持つ馬に乗っている。
オレの思った神話のネプチューンのイメージ通りだ。
そしてネプチューンが姿を見せた事により、身体にかかっていた圧力が倍増した。
オレはその圧力に耐え切れず片膝をついた。
その姿が現れたことで…ネプチューンとの圧倒的な戦力差を認識してしまった。
身体中…頭から足の指先まで震えが止まらない。
勝手に奥歯が辺りに、ガチガチと音を立てている。
「ふむ……流石にこれは耐え切れぬか。…残念だ。久々に槍を振るえるかと思ったのだが、な」
これは無理だ。完全に次元が違う。
彼ネプチューンが槍の一振りをしただけで、オレの小さな命の火など簡単に刈り取っていってしまう。
彼の前ではオレは雑草と同じだ。
恐い、逃げたい。
頭の中は恐怖で埋め尽くされている。
視界の横では視聴者のコメントも流れているが、何が書かれているかも認識できない。
ネプチューンは肩を落とし、ため息をつく。
「…言葉の一つさえ出てこないか。…もう良い、お主にもう興味は無くなった。今すぐに立ち去るがいい。弱き人間よ」
…。
興味が無い、弱い、その言葉がオレの中に響き、胸を締め付ける。
あぁ…一生忘れられない言葉だ。
オレが現実で、最後に戦った、あいつのあの言葉。
…あの時からオレは何も変わっていない。
格闘技から逃げ、現実からも逃げ、…その結果ゲームに逃げ込んだんだ。
その逃げた先の、ゲームでも逃げるのか?
その先にはもう、逃げ場は無い。
オレは…気がついたら立っていた。
そして、ネプチューンに向け右手の拳を向ける。
「待って…くれ…」
儚く消えそうな弱々しい声で、ネプチューンを呼び止めた。
…どうせゲームじゃないか。
実際に死ぬわけじゃ無い。
現実とは違って…何度でもやり直せるんだ。
まずはここから、乗り越えよう…。
「ネプチューン様。……あなたに手合わせを願いたい。一人の格闘家として」
それを聞いたネプチューンは、口角を上げてニヤリと笑った。




