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女主人公になったら男主人公もいたんだが

作者: バリ茶



 AGE.2102

 7月2日:目が覚めた



 この日記は誰かに見せるわけではないし誰にも見せられないけど、自分自身の頭を整理する為に毎日事細かに書いていこうと思う。


 まず、まだ高校生だったオレは何故か見知らぬ別世界で、自分ではない誰かになって目を覚ました。別に神様に「転生させてやろう」とか言われたわけではなくて、気がついたら別の世界で目が覚めたって感じだ。当然死んだ覚えもない。


 死ぬほど焦ったけどとにかくまずは状況確認ってことで、街の風景やTVのニュースを眺めていて解ったことがある。


 それはここが以前オレが散々やりこんでいた『ライズ・オーザー』というゲームとよく似た世界だということ。ライズ・オーザーとは、近未来の地球を侵略しようとする悪の異星人たちと、ロボットに搭乗して地上や宇宙で戦うロボアクションゲームだ。


 まぁぶっちゃけまだ頭の中がグルグルしているので、とりあえず今日の日記はここまで。この世界での母親が呼んでるので早く行って一緒に寝なければ。なんせ今のオレはまだ五歳のガキンチョだからな。



 ……あと、昨日まで男子高校生だったオレは、この世界では女の子になっているらしい。結構かわいいので勝ち組だ。





 AGE.2102

 7月3日:いろいろと判明した



 今日は父親のパソコンを使って情報収集などをしてみたのだが、現在がゲーム本編開始のちょうど十年前だということが分かった。


 それから大事な事がもう一つ。それは俺が『主人公』だったということだ。

 さっき保険証を確認してようやくフルネームが解った。親からは「れーちゃん」としか呼ばれなかったから昨日まで自分の本名知らなかったぜ。


 ライズ・オーザーというゲームはまず男性主人公か女性主人公かを選べるのだが、それぞれ別にデフォの名前が存在する。

 男の場合はユウシ・ヒイラギで、女の場合はレミナ・キサラギ……んで、今のオレは後者だ。ストーリーには家族が一切絡まないので、名字が別なのも大した意味はない。所詮デフォルト名だし。


 基本的な性格や言動などが最初に決めた設定によって変わるプレイヤー分身型の主人公で、これといって特別な資質や隠された秘密なんかも無い。

 

 そんな平凡極まりない彼らを主人公たらしめているのは、パイロット育成課に入学したその日に異星人たちによって訓練校を襲撃された際、迎撃のため緊急的に『オーザー』という未完成の機体に搭乗して見事に起動させてみせたその運命力にある。

 

 つまりオレが苦楽を共にする相棒(ロボット)と出会えるのは十年後ってことで……んー、とりあえず今日はここまで。子供の手でスマホの文字打つの大変なんじゃ。





 AGE.2102 

 7月4日:目標が決まった



 唐突だがライズ・オーザーは神ゲーだ。


 ロボットの多彩なカスタムや高度なグラフィック、それから王道なストーリ──も良いんだけど、俺がこのゲームを神ゲー認定している理由は主人公と他キャラクターたちとの交流にある。


 実はこのゲームには三人のヒロインがいるのだが、それぞれの個別ルートの他にハーレムルートというものが存在する。しかも女主人公を選んだ場合でもその三人と結婚までいける──ということで、つまるところライズ・オーザーは最高の百合ゲーなのである。


 主人公かわいい、ヒロインみんなかわいいで画面が可愛いだらけになるハーレムルートが最高、という口コミを見かけて購入を決めたのはオレだけではない筈。


 オレの言いたいことが解るだろうか?


 そう、オレは主人公を全うして百合ハーレムを築くつもりなのだ!



 ──正直な話、突然別世界に飛ばされて五歳の女の子にされて……一昨日と昨日の夜は不安で心がいっぱいいっぱいになって、割と本気で泣きそうにもなった。


 けど、大切なのはポジティブ思考だ。これといって刺激がなかった高校生活から一転、世界を救って百合ハーレムをも築ける『主人公』になれたのだと考えれば、自然と心は前向きになれた。


 というわけでオレは主人公だ! これから頑張って世界救っちゃうぞー! おー!




 ……


 …………


 ………………



 AGE.2104

 11月13日:プロトタイプのくせにカッコよくて草



 今日は8歳になった記念として、両親に人類連合軍日本支部の総合火力演習に連れて行ってもらった。


 別にミリオタなわけではなく、オレが見たかったのは八年後に相棒になる予定の『オーザー』の試作機である『プロトオーザー』の動く姿だ。


 プロトオーザーはゲーム中名前しか出てこない唯一操縦不可能な機体で、その姿も設定資料集でしか確認できないほどレアな存在なのだが、火力演習に参加するって噂を聞いてから親に頼み込んで正解だった。外見は少し無骨だけど動くとめちゃくちゃカッコいい。


 オレの隣で見学してた男の子もかなり興奮してた。わかるぞ少年、ロボットってカッコいいもんな。


 十五歳になってからアレの完成機体を操って無双することになるなんて、想像しただけでゾクゾクするぜ。





 AGE.2104

 11月14日:初めて人助けをした



 これを人助けって呼んでいいのかは分からないけど、とりあえず日記には書いておこうと思う。


 今日は祝日で特にやることも無かったから近所の公園に行ったのだが、昨日火力演習の時に見かけたあの少年が三人の子供にいじめられている場面に遭遇してしまった。


 一緒にプロトオーザーを観た仲ってことで、いじめっ子たちを追い払ってから話を聞いたのだが、どうやら喋るのが苦手で周囲と馴染めていなかったらしい。

 しかもこれから遠くに引っ越すとのことで、こっちで友達が一人もできなかったことも悩んでいた。


 このまま帰すのもいたたまれないというか、見過ごせないというか……とにかく放っておけなかったので、今日一日はその子を無理やり連れだして遊んだ。んでもって友達になった。


 せっかくロボットに憧れを持ってくれた少年がくだらないイジメ如きで塞ぎこんでしまうのは勿体ないと思ったからだ。

 今日一日しか遊べなかったけど、オレとの出会いを機に人付き合いも頑張れるようになって欲しいとも思っている。


 今は子供時代なのでキャラの見分けがつかなかったが、成長したらもしかすれば見覚えのあるキャラだった……とかいう期待を込めて


「もしオレがパイロットになったら、その時は一緒に戦おう!」


 そう約束して少年と別れた。彼がどんな道を歩むかは分からないけど、また会えたらその時は一緒にご飯でも食べたいと思う。あとついつい一人称が私じゃなくてオレになってしまったのは、オレと彼だけの秘密だ。



 ……あ、そういえば名前聞くの忘れてたな。





 ……


 …………


 ………………



 AGE.2112

 4月2日:ヤバいやばいやばいヤバイ



 本当なら「今日は入学式! 主人公として華々しいデビューを飾ったぜ!」の一行で日記を終わらせるつもりだったんだ。それくらい主人公になる覚悟で今日を迎えたし、予めロボットの操縦とかも数年かけて死ぬほど練習してきてここまできた。


 ここからオレの百合ハーレム道の第一歩を踏み出すんだ──って、そう思ってたのに!


 なんかクッソ見慣れたビジュアルの男がいたんだが!?


 いやそりゃあ主要人物たちは見慣れてるだろうけどそういう話じゃなくて!

 同じクラスの! 隣の席に! ()()()()()()んだよ!

 

 まぁぁぁぁじで意味分からん……。何で? オレが主人公でしょ? 既にオレというレミナ・キサラギって女主人公がいるのに何で隣の席に男主人公のユウシ・ヒイラギが存在してんの? 選ばなかった側の主人公が別キャラ扱いで登場するポケモン的なシステムなんてこのゲームには無かったはずなんだが?


 ていうか未完成のオーザーも何故か二機あったし。それに搭乗したオレとアイツで見事に襲撃してきた敵やっつけちゃったし。

 

 いやおかしいんだよな、物語序盤のオーザーは『高性能な機体ゆえに量産が出来ていない』特別な機体なんだよ。中盤からはオーザーを元にした強い量産機たちも出てくるけど、それでも改良やグレードアップを続けて最後まで第一線で活躍する唯一無二の主役機なんですよぉ……。


 ロボットに意志みたいなモノが宿る特別なシステムが組み込まれてる唯一の機体で、主人公にしか扱えないじゃじゃ馬で暴れん坊だけど憎めない良き相棒の筈だったのに。


 何で既に一機量産されてるんだよ!? 主役機たる前提が全部覆ったんだが!? いやなんかオーザー開発責任者のおじいちゃんに「カラーリングは別だし性能面においても厳密には別の機体だよ」って言われたけど解んないよぉ! 


 アンタ終盤だと「オーザーは僕の、たった一人の子供なんだ……」とか言う人の予定なんですけど! たった一人どころか双子になっちゃってますけど!



 ……あぁ、うん。ここまで書きなぐって、ようやく少し落ち着いた。今日はここまでにしておこう。

 頭を整理するための日記なんだからこういう文句はバンバン書いていかなきゃな。


 そういえば不思議なことに、男主人公……ユウシはオレを以前から知っているような口ぶりだった。

 オレは全然知らなかったよアホ。知ってたらもっと対策とかしてたわボケ。もしナンパだったとしても下手すぎるぞお前。


 はー、いろいろあってもう疲れた。今日は寝る!





 AGE.2112

 4月15日:ユウシに飯奢らせた



 ツンデレだけど非常に仲間思いで根は優しい同級生ヒロインである「ナナミ・キコガワ」と親睦を深めたくて話しかけようと思ったのだが、寸前でユウシに声を掛けられて邪魔された。ふぁ○きゅー!

 

 ユウシの話ってのはオーザーの操縦や性能云々についての質問で、うまく誤魔化して帰ってもらおうと四苦八苦してたら結局ナナミは別の仲間と何処か行っちゃうしで散々だ。


 いや、そりゃ前に「キミより私の方がオーザーに詳しいんだから!」とは言ったけどさ。タイミングってものがあるだろ。

 事実性能に関しては開発者のおじいちゃんのフコ博士より詳しいよ? ゲーム一年以上やりこんでたから多少はね?


 でもオレがユウシに手を貸すメリットって欠片も存在しないんだよな。下手すりゃヒロインを奪われる可能性もある訳だし。


 まぁ今日は特別ってことで、昼飯代として操縦のコツみたいなのを教えてやった。現状機体操縦の腕に関してはオレの方が上だからか、割と教えることは多かった印象がある。


 とりあえず昼飯は旨かったし教えるのも少し楽しかったから、今日のところは大目に見てやる。今日だけだぞ!





 AGE.2112

 4月24日:何かちょっと変だ


 

 派手な入学式後の一ヶ月間は特に大きなイベントは無く、クラスメイトたちと親睦を深めていくのがこのゲームの序盤の流れ……のはずなのだが、何故か見たことのないイベントが発生している。


 このゲームには全六章のチャプターがあり、宇宙での戦闘が始まる二章で登場するはずの二人目のヒロインである「スレイ」が今日の夜、なんと学園の男子寮の前に突然姿を現した。

 

 スレイは元々異星人側が作り出した戦闘用生体アンドロイドで、ピッチピチの戦闘スーツに身を包んだ無表情系ヒロインだ。


 本来なら二章で遭難した主人公が無人の宇宙ステーションに漂流した際、お互いの素性を知らない状態で出会って手を取り合いながら苦しい状況を打破していき、正体を知ったのちに対立するもなんやかんやあって味方側に来ることになっているキャラだ。


 そんな『一章では影も形も存在しないキャラ』である筈のスレイがロボットに乗り、男子寮の前でユウシのオーザーと戦闘を繰り広げた。


 結果的にはスレイが退散する形で決着したものの、ゲームには無かったイベントが発生してオレの頭はパンク寸前だ。


 この世界がライズ・オーザーと『あくまでよく似た世界というだけ』だという可能性が浮上してきて焦っている。これだと俺の百合ハーレム計画が根柢から覆ってしまう……!


 ……いや、でもストーリーの本筋はゲームの通りに進んでいるし、多少は不測の事態が発生してもオレの原作知識をフル活用すれば恐らく対処は不可能じゃない。


 まだまだ全然大丈夫だ、あきらめる所なんかじゃない。せっかく主人公になったんだから百合ハーレム目指して頑張れオレ!





 AGE.2112

 5月14日:あいつマジで何なんだ!?



 あ゛あ゛ぁ゛ーっ! ふざけんなバカ! くっそユウシにヒロイン取られた!!


 ……本当なら今日は異星人側のスパイに誘拐されたナナミを完全に攫われる前に奪還するイベントが起きるはずだったんだ。


 これはヒロインフラグを立てる大切なイベントだし、スパイが隠し持っていた敵の新型機体もオーザーじゃないとナナミを生きた状態で奪還しつつ倒せないから、まさしく主人公がナナミを攻略する為に発生するイベントなんだよ。


 だってのにユウシの野郎勝手についてきやがってぇ……。

 しかもまた原作ゲームにはなかった敵の乱入者とか出てきてたし、結果的にはオレが敵機体を全部倒してユウシが生身でナナミを助けちゃったりであーもうめちゃくちゃだよ!


 ポンコツなセキュリティとか警備班を差し置いて表面上は大活躍したので学園生の皆からは賞賛されたけど、オレが欲しかったのは賞賛じゃなくてヒロインからの好感度だったんだよなぁ……。

 もうナナミが堕ちた顔してたから彼女は諦めるしかない。ぐやじい゛!


 あとなんかユウシがオレの事一番褒めてきたけど別にお前に褒められてもうれしくねーから!!





 AGE.2112

 6月4日:なんか調子が狂う



 今日は実戦形式の訓練をしていた途中、不慮の事故で無人のロボットが生身のオレの方に倒れてきた際、咄嗟に動けなかったオレをユウシが助けやがった。


 いや感謝はしてる。普通にありがとうも言った。実際かなり危なかったし、助けてくれなかったら大怪我してたからな。


 ただ毎日毎日ナナミと一緒に歩いてる姿を見せつけられてるこっちとしては複雑な気持ちなんだよね。

 ヒロイン掻っ攫ったことにもまだ納得してないのに、まるで挑発するかのようにオレに沢山接してくるのやめて? ナナミと仲良く話しながらオレの前で昼飯食うとか拷問か何かですか?


 見せつけんなよ! こっそりイチャイチャしろよぉ! わざわざオレの所に来なくていいからさぁ!





 AGE.2112

 8月9日:アイツぶん殴っていい?



 ユウシの野郎がナナミの夏祭りのお誘いを受けたんだけど、ついでに俺のことも誘ってきやがった。


 ああぁぁぁもう! オレのこと挑発すんのやめろって! どんだけ見せつけたいんだよ性格悪すぎるだろ!?

 お前らがデートするシチュに何でオレが巻き込まれなきゃいけないの! オレのこと誘う理由全くないだろ! ナナミもちょっと複雑な顔してたし!


 夏祭り自体は楽しみだから断らなかったけど、お前マジでそういうこと続けてるとオレいつか怒るよ? いやナナミ攻略の件に関しては出遅れたオレが悪いけど、その後のリア充を見せつけてくるのは普通に悪党の所業だぞちくしょう。


 まぁそろそろ第二章に移行だからスレイが出てくるまでは我慢だ。


 とりあえずユウシには毎日放課後に手伝ってあげてるオーザーの操縦訓練の見返りとして、夏祭りではたくさん奢らせるからな。今のうちにお財布の心配をしておくがいい、フハハ。





 AGE.2112

 9月1日:あれ?


 何故か9月になったのに話が二章に移行しない。

 実戦的な経験を積むために宇宙空間の中でも特に危険度が低い領域での戦闘訓練をする──ということで舞台が一旦宇宙に切り替わるはずなんだけど、何やら最近地球外での戦闘が激しくなっているとのことでこの件は保留になってしまった。


 なんか本格的に本筋とズレ始めてきたな……ゲームみたいに上手くはいかないってことなのだろうか。

 ともかくオレは早く第2ヒロインのスレイに会いたいんだけどなぁ。





 AGE.2112

 9月6日:もうーーー!!



 新しい仲間ってことでスレイが制服着て学園に転入してきました! そんで既にユウシと仲良さそうな雰囲気醸し出してます! キレそう。

 

 俺の知らない間にどんなイベントやってたんだよお前。二章すっ飛ばしてヒロイン増やすとか何考えてんだコラ。


 早くも百合ハーレムの夢が瓦解したんですけど? 

 俺の生きる希望摘み取られちゃったんですけど! ふざけんな責任取れよお前ぶっ殺すぞコラ!





 AGE.2112

 9月15日:なんかヒロインに嫌われた……



 いつも通り放課後にユウシと訓練してたらスレイに呼び出された。話の内容は要領を得なかったけど、理解できた部分だけを言葉にするなら『オレはユウシのなんなのか』だ。


 ……いや、なんなのかって、別に何でもないんだけど。強いて言えば同じオーザーのパイロットってだけだし、こうして訓練してるのもユウシに頼まれてるからだ。同じ立場だけど相棒とかそんなんじゃない。


 それを説明したらスレイが何か察したような顔してどこか行っちゃったけど、結局何がしたいのか分からなかった。ただ理解できたのは俺が彼女に嫌われてるってことだけだ。


 オレ別に何もしてないはずなんだけどな!? むしろユウシに全部取られて何もさせて貰えなかったんですけどね!?





 AGE.2112

 9月17日:ちょっと楽しかった



 最近ストレスがマッハなので今日は休日を利用してゲーセンでいろんなゲームをやってた。

 それでも鬱憤を晴らしきれなくてモヤモヤしてたら、偶然ユウシに会った。


 ということでユウシを無理やり誘ってゲームでボコボコにしてやったぜ。スッキリした……!


 あいつ負けると結構悔しそうな顔するからゲームしてて楽しかった。これからも定期的にサンドバックになってもらおうかな。





 AGE.2112

 10月22日:大活躍した!!



 異星人たちの駒、ゲームで言うところの雑魚キャラである「スフィア」という丸いボールにデカい口が生えたような奴らが、学園都市の近くで大量発生した。


 ゲーム的に考えれば主人公の身の回りで異常なトラブルが発生するのは当然なのだが、状況的には超イレギュラーの大ピンチだ。

 

 最近勢いを増している異星人側の猛攻のせいで日本支部は既に大打撃を受けていて、学園都市の防衛に回せる戦力もそこまで多くなかった。ベテランはいるが数が少なく、どうしても大量にいるスフィアたちを捌ききれない──そんな状況の中、学園は苦渋の決断を下した。


 それは訓練生たちを実戦に投入する、というもの。予定していた宇宙空間の低危険度領域でのテストの様な実戦ではなく、このまさに命を賭けた危険度マックスの状況に。


 常識的に考えて~とかお偉いさんの考えが~とか色々な思惑が交差している状況だけど、今のオレには知った事ではない。


 ついに待ちに待った本格的な集団戦闘だ。これで気合いとやる気が入らないわけがない。皆に主人公の力を見せつけるまたとない機会、これを逃す手はない。



 ということで、学園都市防衛戦はオレとユウシのオーザーが大活躍した。ぶっちゃけ正規兵の皆さんたちよりも戦果挙げちゃったぜ。主役機だからな!


 普段からの訓練のおかげか、実戦でもユウシとは息の合った戦闘をすることができた。途中危ない部分も多かったけど、ユウシをオレが助けてオレをユウシが助ける、なんていう二人三脚みたいな戦い方をしていたのでお互いに大きな怪我を負うこともなかった。


 オーザーは戦闘でいろんな箇所に傷を負ったけど、今回の改修を機に彼らは『ストライクオーザー』へとパワーアップする。ワクワクが止まらねぇ。


 ともかく、俺たち二人を含めた学園生たちは学園都市防衛に大きな貢献をした。

 これが影響して皆の機体が変わっていくのが四章なので、どうやらオレはいつの間にか二章を飛ばして三章をクリアしてしまったらしい。


 ここまで来てしまったので百合ハーレムの夢は潰えたけど、不思議と気分は悪くない。

 まぁヒロインはあと一人残ってるし、ユウシもこれ以上はヒロイン増やさないだろうから大丈夫だろう。


 お疲れ様の意味も込めて今日はオレが飯奢ったんだし、もうヒロイン攻略の邪魔はすんなよ~。





 AGE.2112

 11月13日:誕生日


 

 16歳になった。パイロット育成課の皆が祝ってくれて、プレゼントなんかもいっぱい貰った。


 でもユウシだけは何もくれなかったから少し落ち込んでた……のだけど、放課後の訓練の時に改めて白いマフラーをプレゼントされた。なんでも「二人の時に渡したかった」らしい。


 わかるぞぉ、渡すタイミング見失ってから皆の前で改めてプレゼントするの恥ずかしいもんな。ユウシは口下手だし、皆の前で気の利いたことを言うのも難しかったのかもしれない。


 そんな彼の気持ちを汲んで……というか普通にオレも嬉しかったので、ちゃんと笑顔で感謝を言っておいた。

 ヒロインを取られたのもよく考えれば逆恨みだし、今は同じオーザーパイロットで戦友のあいつを目の仇にするのも間違いだ。

 

 その後はユウシが何か言いかけてたけど、ナナミとスレイに誘われたので訓練は終わらせて、ユウシも含めて四人で寮の俺の部屋を使って誕生日パーティをした。都市防衛戦を通してヒロインの二人とも仲良くなれて良かったとつくづく思う。


 こんなに楽しかったのは……この世界に迷い込んでから初めてだったかも。


 へへへ、やっぱり友達と一緒にいるのは楽しいな!





 AGE.2112

 12月23日:大規模作戦の前日



 日本上空にある異星人たちの母船を総攻撃するという、連合軍が決めた大規模な作戦を明日に控えた今日。オレたちは各自の機体の整備に一日を費やした。


 もちろん学生の俺たちは作戦には参加しないが、異星人たちの軍はこの学園都市にも飛来する。そのため俺たち学生がやるのは、二ヶ月前にも経験した学園都市の防衛である。


 今まで様々なイレギュラーがあったけど、今回の二度目の防衛戦はしっかり原作ゲームにあるイベントだ。

 この戦闘イベントは途中で異星人側のエース格のパイロットが操る『アナザー』という機体が、作戦の戦闘区域を抜け出してこの学園にまで到達してしまう。


 アナザーは異常な程の驚異的な戦闘力で、カスタムされた機体に搭乗しているとはいえ学園生たちだけではまともに戦っても勝ち目はない。


 そこでオレたちオーザーパイロットの出番という訳だ。本来なら最終的に一人でアナザーとの戦闘を引き受けて、ピンチになった時にストライクオーザーの隠されたシステムである『バーストモード』を奇跡的に起動させて大逆転する、という流れだ。


 しかし原作と違ってオレたちは二人。もし原作と違う流れになってアナザーが他の仲間を引き連れてきたとしても、オレとユウシなら負けはしない。


 てなわけで今日は二人で気合いを入れて訓練をした。ユウシにはいろいろ言って誤魔化してアナザーの事は伏せてあるが、それはイレギュラーでアナザーが来ない場合もあるから必要以上に脅しておかなくてもいいと思ったからだ。


 とにかくもう準備は万端。明日の日記は『大勝利!』の一言で終わらせてやるぜ。

 


 そういえばユウシのヤツに「この作戦が終わった後に話がある」って言われたけど……。

 いやいや、まさかね!











 AGE.2112

 12月24日:










 AGE.2112

 12月25日:









 AGE.2112

 12月26日:


 

 またあいつらがくる









 AGE.2112

 12月27日:



 おれがぜんぶころせばいい












 ………… 



 ………………



 …………………………










 AGE.2113

 1月2日:



 おきた  



 ゆうしがおきた 



 よかった よかったよかったよかったよかったよかったよかったよかった



 ごめんなさい



 ごめんなさい

 ごめんなさい








 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ












★  ★  ★  ★  ★  ★














 ()が目を覚ましてから、何時間経ったのだろうか。


 気がついた時には暗い病室の、ベッドの上で寝ていた。意識はハッキリしていて瞼もしっかり開けられる。動かそうと思えば手足もそこそこ動きそうではある。

 しかし体から倦怠感が抜けないせいか、こうしてベッドの上でだらけてしまっている。


 ──思い出せる最後の記憶は、20機以上の数で学園へに飛来してきた『アナザー』と呼ばれる敵機体の総攻撃から、全力でレミナを庇ったところまでだ。それ以降はボンヤリとしてしまっていて何も思い出せない。


 しかしこうして思考できているということは、当然だが死ななかったということだ。手足も少しは動かせそうだという事実を考えれば、恐らくストライクオーザーの厚い外部装甲によって体の大部分は守られたのだろう。

 いたる箇所を包帯で巻かれているが少し大げさに感じる。

 

「っ! ……ぃって」


 上半身を起こすと腹部がズキンと痛んだ。だが、このまま寝てるだけでは状況判断ができないので、ベッド周りを漁ってナースコールを探す。


 しかし目的の物が見つからずに焦っていると、病室のドアが開かれる音が聞こえた。


 程なくして俺のベッド周りを覆っていたカーテンは開かれ、眼鏡をかけた一人の老人が顔を見せた。


「……おや?」


「ふ、フコ博士っ」


 ベッド前に訪れた人物は、オーザー開発の責任者であるフコ博士だった。

 俺が上半身を起こしている様子を見た途端、博士は血相を変えて傍に近づいてきた。


「ユウシ君! 僕が分かるのかい!」


「えぇ、大丈夫です。怪我を負う前の記憶もしっかりしてます」


「……そうか。いや、驚いたな……これもオーザーの加護だろうか」


 なるべく平静を装って説明すると、フコ博士は安堵して一歩下がった。

 俺の事は置いておいて、とりあえず聞きたいことが山ほどある。


「博士、今日の日付を教えてください」


「今日は2113年の1月2日だよ。君は九日間も眠っていたんだ」


「……じ、じゃあっ、防衛作戦は!?」


 博士に移り変わった西暦を言われた瞬間に心臓が跳ねあがり、九日という長すぎる期間を聞いてベッドから身を乗り出した。


 するとフコ博士は苦虫を噛み潰したような表情になり、俺から目を逸らして小さく呟いた。


「……継続中さ」


「なっ! ど、どういう状況なんですか!」


「アナザーと呼称される機体を撃破しては、再び学園に訪れる別のアナザーと戦闘をして……その繰り返しだよ」


 まるで進展していない作戦の事実を聞いて息を呑む。額から滲み出た冷や汗が頬を伝ってベッドに落ちた。


「本隊の作戦すら終了していないんだ。学園都市に回せる戦力などないし、我々は自力での解決を余儀なくされてる。……しかし、もう此方の戦力は皆無に等しい」


「こんな状況でどうやって維持を……」



「レミナ君だよ」



 ──え?


 そんな間抜けな声が漏れ出た。



「彼女が数時間おきに現れるアナザーたちを一人で相手している。君が落とされてしまった九日前から……ずっとね」


「そ、そんなことレミナ一人にできるわけが……!」


「ストライクオーザーの封印されていたバーストシステムを使ってなんとか喰らい付いているんだ。パイロットの生命力を奪う諸刃の剣を使い続けて、この状況をなんとかギリギリの所で維持している」


「他の皆は!?」


「動けるのはごく僅か……そこそこ残っているスフィアの駆除や救助の人出が足りなすぎてね、それにアナザーの強さを加味すると戦闘できるのは実質レミナ君だけということになる」


 俺が眠っている九日間あの強力な異星人たちと、たった一人で。

 そうしなければならない程にこの学園都市が追い詰められているというのに、俺は大人しく眠っていただけだったなんて……自分を殺したくなる。


「しかし、君が撃墜されてからレミナ君の様子が変わってしまってね、我々との連携が取れていないんだ。パートナーが落とされたのだから当然と言えば当然なのだが」


「……変わった、というと?」


「こちらの指示を全く聞いてくれない。通信チャンネルは解放されたままなのだが、彼女から聞こえてくるのは『殺す』の一言だけだ」


「ころ、す……」


「加えて戦い方も選ばなくなっている。戦闘の余波を警戒するのは我々の方だが、それでも一切こちらを気にすることなく場所も問わずビームライフルを撃ち続ける彼女の影響で必要以上に怪我人が出ているのもまた事実」



 どうしたものか……そう言って俯くフコ博士を見て、俺は自分が今すぐにこの場から動き出さなければいけないということを悟った。



「フコ博士……ここってどこですか」


「この病室のことかね? ここは学園別館一階に作られた仮設ベッドルームだよ」 


「オーザーは今、どこにありますか」


「……きみ、まさかとは思うが」


 そこまで言うと、フコ博士に険しい表情で見つめられた。流石に質問が露骨すぎたらしい。

 だがここで引き下がるわけにはいかない。今血反吐を吐く思いで戦ってるレミナをそのままにして、俺が大人しく休んでていい理由などない。



「──いや、これも運命か」



 そう呟いたフコ博士はベッドの下に靴を置いた。


「……博士?」


「レミナ君を助けに行く、と言うんだろう君は。そのいつまた気絶してもおかしくないような体で」


「……行かせてくれるんですか」


「正直に言わせてもらうとね、君が戦ってくれること以外にこの状況の打開策は無いと考えているんだよ。本隊からの応援は期待できそうにないし、なによりレミナ君はもう限界だ」


 俺に肩を貸しながら病室から出ていくフコ博士。


「……あの、自分で言っておいてなんですけど、俺一人でこの戦況が変わるとは思えないです」


 俺の目的はあくまで戦い続けているレミナを助けることにある。たとえ異星人たちに負けて学園都市が崩壊する結果になったとしても、レミナだけは絶対に助けたい……などというクソみたいに我が儘な理由だ。

 

 それでも博士は俺を行かせてくれるというのだろうか。勝てる見込みなどそもそもないというのに。




「いや、勝算はあるよ──見たまえ」


 肩を貸したまま俺を格納庫まで連れてきてくれたフコ博士は、起動していないオーザーの前でそう言った。 

 彼の発言に驚いて隣を見ると、ほんの少しだけ口角の釣り上がっている老人がそこにはいた。


 そして博士に顎で促されて再びオーザーを見ると──そこには見たことのない姿になっているオーザーがあった。


「君が目覚めた後に戦えるように、そしてこの事態の解決を目的に機体を改良した」


「解決って……」


「君が撃墜されてからようやく発見したのだがね、学園都市の郊外には大きなワープゲートが出現していた。アレを破壊すればアナザーの侵攻も止まるが、今その作戦を実行できる人間と機体は……君とこのオーザーだけだ」


 そう言って博士はポケットから取り出したリモコンのボタンを押して格納庫の天井を開けた。これは明らかに出撃の準備だ。


 格納庫の天井が開いたことによって外の光が差し込みオーザーの全身を照らし出した。するとうっすらとしか見えていなかった改良型オーザーの外装がハッキリとこの目に映った。

 


「……これは」


「ボロボロな君をサポートするアシスト機能、弾数が極めて少ない代わりに高威力なビームライフル、目的地へ速攻で向かうためのアルティメットブースト……」


 一拍置いて、博士は告げる。



「とにかくこの状況を打破する為に改良した超短期決戦型の機体──ストライクオーザーΔ(デルタ)だ。乗りたまえ」









 一時間後、博士の改良した新型オーザーを操り俺はこの事態を力技で解決させた。


 途中から動かなくなってしまったレミナの代わりに四機のアナザーを撃墜し、援軍の通路となっていたワープゲートを高出力の新型兵装デルタブラスターで破壊したことで、今回の学園都市防衛戦は終結した。


 今はコクピットにレミナを乗せているストライクオーザーを抱えて、学園に戻ってきたところだ。

 校庭は大量に設置された仮設テントと担架で運ばれている人間で溢れ返っている。

 

 若干放心状態になっているレミナを無理やりコクピットから連れ出し、近くの仮設テントまで向かう。俺も病み上がりのボロボロだが、それ以上に戦い続けていたレミナの方が身体的にも精神的にも限界寸前だ。まず先に彼女を休ませなければ。


「……あぇ、ゆう、し……?」


「あぁ、そうだ! ちゃんと生きてたから心配すんな!」


 肩を貸しているレミナが小さく呟いた。まだ意識を失ってもらっては困るのでわざと大きな声で返事をすると、彼女は虚ろな目のまま小さく笑った。


「よ、かった……よかった、ゆうし、ゆうしっ、ゆう──」



 レミナがそこまで言いかけた瞬間、俺たちの前に女子を一人乗せた担架が横切った。



「スレイ! しっかりして! スレイってば!」


「──あっ」


 その担架の上で気を失っている人物を見た瞬間、レミナが声を挙げた。


「……っ!」


 その瞬間怪我を負った女子──スレイに必死で声を掛けていたナナミが此方に気がついた。


 そして俺とレミナの顔を見て驚き、その場で立ち止まってしまった。担架を運んでいた二人は立ち止まったナナミを気にすることなく仮設テントの中に入っていき、俺たち三人は全員その場で足を止めたまま動かなくなってしまった。


「な、なんでユウシが? 昏睡状態だった筈じゃ……っ」


「……数時間前に目を覚ましたんだ。俺は大丈夫だよ」


 困惑するナナミにそう説明している一方で、怪我を負ったスレイを見た時から青ざめて震えだしているレミナが気になってしまう。


 するとナナミは右手を自分の額に当てて数回深呼吸をすると、視線を俺ではなく隣にいるレミナへと移した。

 そのまま此方へと近づいてきて、レミナの目の前で立ち止まり、右手を大きく振り上げ──


「……っ!」


 レミナの頬を叩くことはなく、歯を食いしばりながらその手をゆっくりと下ろした。

 今、ナナミは彼女にビンタをしようとしていた。しかしそれを踏みとどまったのはナナミの中で二つの感情がぶつかり合っているから……なのかもしれない。


 ──こうなった理由の想像はつく。


 戦う前のフコ博士によれば、レミナは機体がオーバーヒートして強制停止をする直前まで、ほぼ暴走状態で戦闘をしていた。

 誰の指示も聞かずどんな場所だろうと周囲に飛び火する可能性のある武器を使い続けて、必要以上に怪我人を出していたとのことだ。


 恐らくは、レミナの暴走が原因でスレイは深手を負ったのだろう。



「あ、な、ななみ……?」


「ねぇ、レミナ……っ」


 ナナミは明らかに自分の中にある憤怒を抑え込もうと必死だ。しかし声には怒気が現れており、それを聞いたレミナは既に怯え始めている。


「どうしてっ、第二体育館の真上で……高出力ライフルを撃ったの……っ!」


「えっ……」


「通信で言ったじゃない! 避難してきた子供たちや老人がまだいるって! スレイが皆を別の場所に避難誘導してるからっ、あと五分でいいからそのライフルはまだ撃たないでって!」


 声を張り上げるナナミを前にして、レミナは言葉を失っている。目を見開いて青ざめたまま、何も言えずに立ち尽くしている。


「敵の距離を考えてもあそこでライフルを撃つ必要なんてなかった! あんな近くで発射なんてしたら余波で体育館のガラスが全部割れて吹き飛ぶことぐらい知ってた筈でしょ!? 前の防衛戦の時にそれを教えてくれたのはアンタじゃないっ!」


「……そ、それは」


「殺す殺す殺すってそればっかりで! 一つも指示を聞き入れてくれなかった! どうしっ、て……ぅッ、どっ、どうして……っ」


 言葉の途中でナナミは膝から崩れ落ち、レミナの服の端を強く握ったまま涙を流す。

 それを前にしているレミナは体を震わせながら若干過呼吸になりつつあり、一歩後ずさった。


「いつもっ、仲間のために戦うって、言ってくれてたのに……っ、スレイがいたのにどうして……!」



「…………ち、ちが、こんなっ、こんなこと……する、つもりじゃ……っ」



「おいっ、レミナ?」


 服からナナミの手が離れた途端、レミナが狼狽しながら一歩、また一歩と後ずさっていく。

 何度も首を左右に振り、両手で頭を抱えて「ちがう」と連呼し続け、眼尻に涙を浮かばせた。


「あいつらがしねば……! みんな、みんなたすかってっ……だ、だからわたしはっ、わ、ぁ……おっ、おれは……っ!」


「おいレミナ! 待て!」 


 混乱しきった彼女は俺の制止の声も聴かず駆け出してしまい、一心不乱に何処かへと走り去ってしまった。

 

 泣き崩れてしまったナナミ、逃げ出してしまったレミナ、どちらを選べばいいのかまるで判断がつかずに狼狽えてその場に留まってしまった。



 すると、膝をついていたナナミが小さく呟いた。


「……ほんと私、最低」


「……ナナミ?」


「ユウシがいなくなったら、あの子があんな風になることくらい……分かってた筈なのに、どうしても我慢できなかった」


 そう言ってナナミはゆっくりと立ち上がり、手の甲で涙を拭ってから俺と目を合わせた。その表情は暗く、そこから彼女の感情を読み取ることは叶わない。


「今の私にあの子を追いかける資格はない……ごめん、お願い」


「っ。……あぁ、元からそのつもりだ」


「甘えてばかりで──本当にごめんなさい」


 ナナミの謝罪を視界に映すことはなく、俺はすぐさま走り出してレミナの後を追った。









 彼女を追いかけてたどり着いたのは校舎の屋上だった。少し嫌な予感がしたものの、かなり高さがあって上には有刺鉄線が張り巡らされてる屋上のフェンスを越えるのは無理だと察し、急ぎつつも心を落ち着けてから屋上に入った。


 扉を開けた先にいたのは、俺に背を向けた状態で蹲っているレミナだった。


「レミナ!」


「っ!?」


 駆け寄って後ろから声を掛けると、レミナは肩をビクつかせて手に持っていた何かを地面に落とした。

 それはよく見てみると携帯端末で画面には何かの文字が打ち込まれている。 



【──んなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさ──】



 スマホに打ちこまれていたのは、異常な数の懺悔の言葉。

 それを打ち続けることでレミナは精神を安定させようとしていた、そんな事実に気がついた時にはもう遅く、彼女は非常に怯えた様子のままフェンスに背中を張り付けた。


「ひっ……!」


 ここへ来たのが俺だと知っても尚、レミナの恐怖が消えることはない。

 今にも泣きそうな、光を映さない虚ろな瞳が本当に俺の事を捉えているのかも分からない。


 だがここへ来た以上は引き下がるわけにはいかない。相手が怖がっているから今は時間を置く、などという選択肢は今の俺には存在しないのだ。


「……レミナ」


「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」


 両手で頭を抱えて叫ぶレミナに構わず、俺はどんどん距離を詰めていく。

 すぐ傍の目の前まで来てから床に膝をつき、正面からレミナを見つめた。 


「おれっ、おれはただ……! みんなをまもりたくて! あいつらころせばみんなっ、きずつかないからぁ……!」


「レミナ」


「だ、だってあいつらゆうしを! ゆうしにひどいことして…………ぁ、あれ、で、でもっ、そうなったのは、ぉ、おれのせい、で……」


「レミナっ」


「おれが、おれがわるい……、ななみにもおこられたっ、すれいにもけがさせた、ゆうしも……お、おれが……ぜんぶおれが……あ、あぁっ」



「レミナッ!!」



「っ!」


 まるで此方の声が聞こえていないレミナに対してわざと大声を張り上げ、無理やり意識を俺の方へと向けさせた。

 そして言葉を失っているレミナの肩に手を置き、今度こそしっかり彼女と目を合わせた。


「……ユウ、シ」


「……一つ訂正がある」


「え?」


「俺がアナザーに落とされたことに関しては、決してレミナのせいじゃない。昔きみが俺にしてくれたことを返そうとして、俺が勝手にやられただけだからな」


 子供の頃、今よりもずっと弱かった存在だった俺を彼女は助けてくれた。

 あの時の高揚感を、憧れを、直に感じた彼女の優しさと強さを──何よりあの言葉を忘れた日など一度もない。


 だからこそずっと返したかった。あの時に受けた恩を、多少は成長した今の自分なら返せると思っていた。


 それは間違いなく俺の驕りだ。一度事故から助けたことはあったが、幼き頃の彼女の様に『味方』になれたことは一度だって無かった。

 寄り添って苦しみを理解して、優しさを与えてあげられたことなど、ただの一度も。


「だからその事でレミナが気負う必要はないんだ。……でも、もしそれでも納得できないというなら……俺は今この場できみを許す。あの時あったかもしれないきみの責任も全て不問にして許すよ」


「……いいの」


「いいんだ、それで」


 半ば無理やり納得させてしまったが、こうでもしなければ今の彼女は全てを背負って塞ぎこんでしまう。それほどまでに追い詰められていて、今こそ誰かの助けが必要だ。



 ──だが、俺が許せるのは俺のことだけだ。


「でも、ナナミの声を無視して……スレイを負傷させたのは、レミナの責任だ」


「……っ!」


 この部分に関しては俺個人が許してはいけないのだろう。


 錯乱していただけだからレミナは全部悪くない、なんて暴論はまかり通らない。一緒に戦えなくなってしまった俺が元凶なのは間違いないが、それを理由にしたところでナナミやスレイがレミナを許すとは思えない。


 大切なのは犯した罪から逃げないことだ。俺だけが許して彼女を全ての罪から遠ざけるのではなく、過ちを認めて彼女があの二人と話したうえで許されることこそ、俺の望んでいる結末だ。

 俺たちは今までも、そしてこれからも共に戦い続けていく仲間だ。だからこそ、逃げの道を選択して有耶無耶にしたまま終わらせてはいけないと思っている。


 

 しかしそんな重度のプレッシャーと罪の意識を、たった一人で背負えるほど今のレミナは強くない。

 故に。


「だから、一緒に背負わせてくれ」


「……え?」


「レミナが抱えるべき責任を、俺にも少し分けてほしいんだ」


 これはただの我が儘だ。レミナ一人じゃ重すぎる荷物を俺にも背負わせて欲しいという、本当に何の捻りもない我が儘だ。


「たとえレミナが悪いのだとしても、その罪を半分俺にくれ。自分だけで背負わずに……俺を頼ってくれ」


 俺が許せる範囲を超えた彼女自身の責任すらも一緒に背負いたい。一人で抱え込まずに俺を頼って欲しい。


 そんな心の中で考えている俺の気持ちは、すべて言葉になって出ていっている。


「もしレミナが許されなかったとしても……俺はずっときみの味方でいる。きみの責任を消すことはできないけど、一緒に抱えることならできる」


 正直に言えばあの二人にも許されて欲しい。でも二人に拒絶されて一人になるのが怖くて最初の一歩を踏み出せないのなら、俺という最後の逃げ道があるということを知ってほしい。


「どんな結果になってもずっと傍にいる……! だからっ」


 だから、今は。


 今だけでいいから。



「頼む、逃げないでくれ……っ!」




「……」



 最後まで伝えきったが、レミナからの返事はない。

 俺は目を閉じて頭を下げて懇願しているため、彼女の様子を窺うこともできない。

 今できる事は、レミナからの返事を待つことだけだ。


 了承か、拒絶か、逃避か。


 いずれにせよ、ここでの彼女の選択がどのようなものであっても俺はそれを受け入れる。

 了承してくれるなら最後まで味方でいる。目の前から消えろと告げられたら金輪際姿は現さない。逃避を選択するなら俺が逃げ道を用意する。それが『現実』からの逃避であっても彼女を責めたりはしない。ただそれを事実として受け止める。


 どんな答えを選んでも……俺は、俺は彼女の──










「……ふふ」



「っ!」


 レミナの声が鼓膜に届き、すぐさまバッと顔を上げた。


 そこには──仕方なさそうに笑うレミナの顔があった。


「ユウシ……優しいのか厳しいのか、わかんないね」


「……ご、ごめん」


 どうやら俺の言葉は非常に分かりにくかったらしい。昔から口下手だったことが災いしてしまったようだ。

 これはいけない、すぐに納得のいく説明をしなければ。


「えぇっと、つまり……その、レミナにはナナミとスレイとも話してほしくて……で、でも俺は味方でいるからもしもの時があっても一人にはならないから安心してほしいっていうか、あの、えっと……」


 手でろくろを回しながら要領を得ない説明をしていることにはもう気がついているが、うまく説明できないのがもどかしくて辛い。


 そんな風に俺が悩んでいると、レミナはもう一度小さく笑った。


「あははっ……まるで昔のユウシみたい」


「……えっ? お、俺の事覚えて……?」



「……そっか、()()()……か。あの時約束したもんね」


 俺の質問に答えるわけではなく、レミナは小さい独り言をして何かを納得したように何度か頷いた。

 

 そして数回深呼吸を繰り返すと、彼女はゆっくりと立ち上がった。それに続いて俺も立ち上がると、レミナは上目遣いをしながら口を開いた。


「うん、わかった」


「えっ」


「オレ逃げない。……ユウシがいてくれるなら、もう二度と逃げたりはしない」


 そう言いながらそっと俺の手を握ってきたレミナの瞳からは不思議な雰囲気を感じた。まるで黒く塗りつぶしたかのように光を映していないのに、明るい希望を感じる──そんな不思議で形容しがたい雰囲気を。


「じゃあ、行こ。オレが──私がナナミに全力で謝り倒すところ、ちゃんと見ててね」


「……お、おう」


 何故か一人称が元に戻ったレミナに引っ張られて、俺は屋上を後にした。

 


 その後はナナミと、それから割と早めに意識が回復したスレイに対して完璧な土下座を決め込むレミナを見ることになったのだが、二人がそれを必死でやめさせようとするその光景を見てつい安心してしまったのは内緒だ。









 ………… 



 ………………



 …………………………







 

 あの大規模作戦から早三ヶ月が経過した。結局は本隊の作戦も無事に成功し、日本支部は何年間も懸念材料だった母船を破壊できて一段落。俺たちが倒したアナザーの残骸を利用したロボット開発も進んで更にウマウマ。


 まだまだ異星人との戦いは続いているが、とりあえず日本は激戦区ではなくなり、一旦平和を得ることとなった。


 

 今日は休日ということで、俺はレミナと一緒に桜並木が見れる公園へ訪れている。

 結構歩いたしそろそろ昼時ということで、公園のベンチで桜を見ながらレミナお手製の弁当を食べることになった。


「ぱんぱかぱ~ん」


「おぉ、結構作ってきたんだな」


「ユウシがいっぱい食べると思ったから」


 レミナが笑顔で開けた大きな弁当箱の中は、たくさんのおにぎりやオカズがこれでもかというほど敷き詰められていた。

 正直俺でも食いきれるか分からない量なのだが、レミナの笑顔を見たら「絶対残せない」という使命感が湧いて出てきた。


「いただきます」


「めしあがれ」


 おにぎりを手に取って食べ始めると、隣に座っていたレミナが距離を詰めてきた。この時点で既に体がくっ付いてしまうほど近いのだが、もそもそとおにぎりを食べ始めた彼女を見るに、それを気にしている様子はなさそうだ。



 変わったと思う、レミナは。


 あの第二次学園都市防戦前までの強気で活発だった性格は鳴りを潜め、今は……なんというか、いかにも女の子って感じの性格だ。


 部屋で一緒にいる時とかはたまに一人称が『オレ』になったり、少々無防備になってしまうこともあるが、基本的には今みたいな雰囲気を常日頃からしている。


 俺が小学生の頃に惚れたあの男顔負けなくらいの兄貴肌だったあの子は、もういない。


 だけどレミナはレミナだ。性格が変わったというなら俺だって似たようなものだし、深く気にするようなことではない。


「ね、おいしい?」 


「うん、やっぱりレミナは料理上手だ」


「……えへへ」


 こうして褒めると心底嬉しそうな顔するので、最近はついつい褒めすぎてしまう。まぁこんなことでも喜んでくれるなら何億回だろうと褒めちぎるつもりだが。



 ……ただ最近のレミナは、俺がナナミとスレイ以外の女子と一緒にいる時だけ、とても怖い目になる。


 別に何か文句を言われるわけでもなく、また後からその女子に対して彼女が何かをするわけでもないが、とにかく恐怖を覚える程怖い目になるのだ。


 睨みつけているわけでもなく、目力が強いわけでもないが……とにかく()()。本当に黒い絵の具で塗りつぶしたのではないかと錯覚を覚える程の黒くて不気味な目になってしまう。

 アレを見ても平気でいられる人間がいるとすれば、多分そいつは人間ではない。


「あ、そういえばこの前フコ博士から映画のチケット貰ったんだ!」


「博士が? 珍しいな……それ、誰かと行くのか?」


「ナナミとスレイ誘った! 来週の土曜楽しみだなぁ」


 実はこの三ヶ月の間に、少しだけレミナの交流関係は狭まっている。表面上は以前の通り誰に対しても優しいが、特に俺と博士、ナナミとスレイの四人に対しては以前以上に親密に接するようになった。そのせいで若干他人との付き合いが疎かになっていたりもしたが、そこをカバーするのが俺の仕事でもある。



「……ふう、ごちそうさま」


「わっ、ほんとに全部食べちゃった」


「流石に結構苦しいな」


「こ、今度はもう少し減らしてくるね……」


 それでも、彼女は今でも俺の頼れるパートナーだ。

 ストライクオーザーデルタMk-IIを操る俺と、Gオーザーデュアルブレイドを使いこなすレミナが合わされば何者にも負けることはない。



「じゃ、ぼちぼち桜見ながら帰るか」


「うんっ」


 俺の手を強く握ってくれるこの手を離さない限り、俺たちが折れることはない。たとえどんな苦難が待ち構えていようとも、俺とレミナなら乗り越えられる。



「……幸せだなぁ、私」


「俺もだ」



 愛するこの人と一緒なら。




「……えへっ、えへへ! 好き! 大好きっ!」





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― 新着の感想 ―
[一言] tsメス堕ちは嫌いなんだけど、これはそこまでじゃなかったな。愛というかそれ超えて依存してる感じだけども、かけがえのない親友が死にかけて色々ぐちゃぐちゃになって、色々な感情混ざってヤンデレに落…
[良い点] なんだろ、こう、形容し難いけどクるものがあるよね
[良い点] 依存っていいですよね [一言] やっぱりメス堕ちヤンデレは最高だぜ!
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