メリル、未明のこと。
「はっ!!」
私は目を覚ました。
暫く息を止めていたように、新鮮な空気を吸う。
胸のフィンが高鳴り、口の中がカラカラだ。
ここは・・私の部屋?
私はどうしたんだろう?
チームガンバは?
ベッドのシールドは既に開いていて、私はソリッドを飲みにキッチンに向かう事にした。
本当に私の家・・。
私はいつもどってきたのだろう?
時刻は夜中の3時だ。
時計を見ると8月なので、学校は夏休みかもしれない。
「う、うん・・。」
足に何かが当たり、見たら布団が敷いてあった。
「あれ?メリル・・?メリル?」
「ん・・。ロロアちゃん?これは・・夢?」
メリルが眠たそうに目を擦る。
「夢じゃないよ、メリル。」
「ロロアちゃん・・!」
メリルに抱きしめられ、私も抱きしめる。
(小鳥を抱くように・・)と心に念じながら力加減を調節する。
メリルの体温で熱をもったオードトワレの香りが私の鼻をくすぐり、日常に帰ってきたのだと実感した。
いつしか心のフィンは静かになり。
メリルの小さな息づかいと鼓動が胸を伝って感じた。
「そうだ、メリル。今から公園に行かない?」
「今から!?」
「うん!外の空気を吸いたいし。ね?いいでしょ?」
「わかった。すぐ準備する!」
メリルは慌てて私から離れると髪をとかしだした。
空調は動いているけどオフラインだ。
ママも寝ているのだろう。
私は2階のパパが目を覚まさないように静かに階段を降りる。
リビングの上が緩やかな螺旋階段になっていて、クリーム色のやさしい光りが壁の窪みから優しく照らしている。
無事に降りるとソリッドを2つ分ジュースにした。
ソファーにはメリルがくれたブルーベリーが沢山の実をつけていた。
「おまたせ・・」
メリルは白いケープ(パジャマのようなもの)を風のように翻しながら階段を降りる。
「ありがとう・・」
そして、ジュースを静かに呑み始めた。
「なんだか不思議な気分ね・・!」
「そうだね、メリル」
「私、裸足でいこうかな!」
「楽しそうね!」
メリルの手を取り、心を踊らせながら外に出る。
逆三角形の街灯が道路を白く照らしお掃除ロボットが念入りに掃除していた。
そういえば、出撃した時は心の余裕は無かったけど。
こうして夜中に出歩く事は今までした事が無かった。
誰もいないメインストリートを抜け、火と大地の神セーモスを祭るケルン(神社)に向かった。
街灯に照らされると、影になった私のボディが際立つ。
ヘッドギアをしていないとは言っても、『女の子』とは言えないシルエットだ・・。
「ロロアちゃん!はやくぅ!」
「うん!」
ケルンはちょっとした塚になっている。
メリルの細くて白い足が階段を颯爽と登る。
足のエアークッションが久しぶりに動いたように軋んだ。
石の階段を登ると小さな高台になっていて、三日月の金属のオブジェが高台の周りから出ている。
そして、真ん中に巨大な花崗岩の御神体の石柱があった。
たまに学校から帰る時に見ていたけど、こうして間近で見るのは初めてだ。
「ふぅ、ふう。ロロアちゃん・・ぜんぜんハァハァしてないね・・。」
「うん。ロボだからね!」
「ロボって・・ふぅー。あそこに座ろ?眺めが綺麗だよ?」
「うん。」
メリルが座り、となりをポンポンと叩いた。
私もそこに腰をかける。
夜風が抜けて気持ち良い。
「ロロアちゃん、夜空が綺麗だね。あそこがメルヴィア音楽堂だよ?」
「ん?どこ?」
私は目のスコープを倍にして暗視モードにした。
すると、沢山の街灯の中に黒くて巨大な塔があるのが見える。
「見えた!メリルちゃん、よく見えたね?」
「勘で言ったら、やっぱり合ってた!今は消灯しているから分からないけど、お陰で夜空が見えるから。」
メリルは両手両足をピンとしたままベンチに寝そべった。
私も真似して寝そべってみる。
足を空に向けたら、そのまま星空に落ちてしまいそうだ。
フッドパーツのエアークッションが地面だと勘違いして小さく膨らむ。
その感覚が心地よくて、足をひろげて星空を蹴った。
メリルが私が変な事をするのでクスクス笑う。
「ねぇメリル。いつもこの時間は消灯しているの??」
「そういう訳じゃないみたい。今・・」
「ん?」
「・・今、ストリームマンがこの街を狙っているらしいの。ロロアちゃんのお母さんの話だと・・パワーマンの仕返し(爆撃)に備えているって・・」
「仕返し!?」
私は両足を降ろして、パッとメリルを見た。
パワーマンを倒せば全て解決すると思っていた。
でも、私は解決する所かメリルやユミル。
クラスメイトを危険にさらしている。
「ロロアちゃん、大丈夫・・?」
「う、うん。」
「ロロアちゃん?」
私は少し目眩がして俯いた。
メリルの手の温もりを首に感じて上を向く。
「ロロアちゃんは、2回も戦いに出て。しっかり仕事をした。後は大人の人に任せて・・ね?ロロアちゃんが悩む事は無いんだよ?」
「うん。・・うん。」
私はママの言葉を思い出していた。
『ロロアちゃん頑張って!早くパワーマンを倒して普通の女の子に戻ろう!』
パワーマンを倒した先に『普通の女の子』は本当に待っていたのだろうか。
私は・・正しい事をしたのかな・・。
正しい事をしたと言うのに、この心のモヤモヤは何だろう?
「メリル・・私は正しい事をしたのかな・・。」
「・・・。」
「私はこの手で沢山のロボット達を殺めたの。間違いを正すために、パワーマンの反乱を止めるために。でも、私は新しい憎しみを買ってしまった。そして・・」
「そして・・?」
「あなたを危険にさらしてしまった・・」
私は両手を見ながら話した。
クリーニングされているとは言え、私の手には3863体のオイルが念のように染み付いている・・。
撃破した精密な数字と一緒に、一体一体の断末魔を覚えている。
「ロロアちゃん。あなたのした事は間違いではないわ。もしも私がロロアちゃんでも、同じように戦っていたと思う。だってそうするしかないじゃない?パワーマンのようなイレギュラーをこのまま野放しになんて出来なかった。そうでしょう?」
「・・うん。」
「元気出してロロアちゃん!あなたは仕事をしたまでなの。そしてこれから普通の女の子に戻るの!それでいいじゃない。ね?ロロアちゃん!」
「ありがとうメリル・・。」
「うん!ロロアちゃんが起きたと知ったら、ユミルやリクトも喜ぶわ!みんなで何処かに行こう?」
「そうね!」
私はメリルにとびきりの笑顔を向けた。
メリルは私に笑顔をかえした。
頬に涙が伝い、メリルは笑顔のまま泣き出した・・。