94 鮮血
-昼前
@ガラルドガレージ
朝にグラスレイクを出発して、死都を突っ切ってきた。フェイは大騒ぎしていたが、キスしたら黙った。チョロい…。
「もう、死ぬかと思ったわよ!」
「でも、大丈夫だったろ? もう少し、俺を信じてほしいね。」
「ご、ごめんなさい…。」
ガレージの中に入ると、カティアが飛び出して来た。
「ヴィクター、帰るの早くない!?」
「近道したからな。」
「そ、そうだ…そんな事より、大変なのよッ! ミシェルが…!」
「ミシェル?」
「あ…あの……。」
カティアの背後から、ミシェルがトボトボと歩いてきた。なんだか元気が無さそうだが…。
「ヴィクターさん…僕…一体どうしたら…。」
「ミシェル? 顔色悪いぞ、大丈夫か?」
「そんな事よりも、これよこれッ!」
「やめろ、カティア! 変な紙を押し付けるなッ!!」
「いいから見なさいッ! ミシェルに関係ある事よ!」
カティアの手から紙を奪うと、中身を見る。
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旅に出ます。
探さないでください。
クエント・ガルブレイス
P.S. 何かあったら、ヴィクターを頼れ
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「な、ななななんじゃこりゃあああッッ!!」
「でしょ!? 普通そうなるわよね!?」
「うっ……グスン…。」
「「 あっ…。 」」
ミシェルがメソメソと泣き出してしまった。まずい…正直、泣いてる人間に対する接し方ってよく分からないんだよな…。
それにしても、クエントの奴…ミシェルを置いて旅に出るなんて、何があったんだ? しかも、ミシェルを俺に押し付けて行くなんて、聞いてないぞ!
「……カティア、どうすればいい?」
「えっ、私!? そんなの分からないわよッ! フェイなら…。」
「えっ!? うーん、そうねぇ…。とりあえず、お昼にしましょっか!」
「「 はぁ!? 」」
* * *
-数十分後
@中央地区 レストラン・ベアトリーチェ
フェイの突飛な言葉に、最初は何を言っているか分からなかったが、結果としては正解だった。人間、腹が減っていると、落ち着かないものだ。
また、食事というのはコミュニケーションの手段の一つでもある。食事の時は、口が開かれるので、話もしやすくなるというものだ。
という事で俺達は、街一番の高級レストランとして知られる、ここ“ベアトリーチェ”を訪れていた。たまには、皆んなで外食というのも良い機会だろう。
ミシェルには、以前も注文していたハンバーガーをご馳走した。談笑しながら…とはいかなかったが、ミシェルもポツリポツリと状況を説明してくれた。
「…クエントさん……昨日から居なくなってしまってて…。それで…ギルドに行ったら、僕宛の手紙が届いてて…中を見たら……うぅ…。」
「そ、そうか…辛かったな、ミシェル。」
「僕…何か悪い事をしてしまったんでしょうか? どうして、急にクエントさんが居なくなってしまったのか…分からないんです……。」
「あのクエントが…ねぇ……。」
クエントとは仲が良かったが、正直お互いのことは良く知らない。レンジャー同士で、お互いのことを探ることはマナー違反にあたる。俺も、自分の事はあまり話したく無かったので、なるべく過去の話や、突っ込んだプライベートの話などはしていなかった。
精々が、仕事の話や猥談(これが一番多い)といった世間話だ。クエントの身に何があったかなど、知る由も無い…。
「ミシェル、何か心当たりは無いのか? 最後見た時は、どんな感じだったんだ?」
「えっと、そうですね…。最後見た時は、何だか緊張した面持ちで……でも時々、力が抜けたようにニヤけたり…ちょっと良く分からない感じでした。」
「なんだそりゃ? で、最後は何か言ってたか?」
「それが……クエントさんが気持ち悪かったので、話しかけられなくて…気づいたらいなくなってました。」
何かの病気だろうか? そういえば、統合失調症は疫学的に、若年層に好発すると聞いたことがある。…だが、そんなに急におかしくなるものだろうか? 前見た時は、そんな素振りは見せなかったが…。
てか、ミシェル…何気に酷い。自分の師匠にそんな態度でいいのだろうか? …でも、確かにクエントがニヤけていたら、近付きたくないな。
「ヴィーくん、私この後ギルドでクエントの足取りを調べてみるわ。本当はダメだけど、流石にミシェルが可愛そうだし。……“破門”だと、色々と大変でしょ?」
「うう……。」
「破門? なんだそりゃ?」
「師事してる人に見限られたり、先立たれたり、チームが解散したりして、低ランクの弟子が一人になる事よ。」
「何か問題があるのか?」
「違う人に弟子入りしようとしても、前の師匠との教え方の違いや、チームの方針の違いについていけなかったりするから、避けられちゃう傾向にあるの。
それで、ランクが低い人はパーティー組むのも大変だし、それでレンジャーを辞めていく人は何人も見てきたわ……。」
「そうか…。」
ミシェルは、小刻みに震えている。今後のことが不安なのだろうか? …まあ、無理もないな。
ミシェルは、ただでさえ破門されているのに、経歴1年の新人だ。さらに、“スカウト”という不人気なポジションに就いている。さぞ苦労する事になるだろう…。
どうしようかと思い悩んでいると、身なりの良い、年配の女性がこちらにやって来た。
「あら、誰かと思ったらジェイクの所の……フェイちゃんに、カティアちゃんじゃないのさ!」
「あっ、マダム。どうも、ご無沙汰してます!」
「げっ…!」
「あら、げって何? カティアちゃん、何かやましい事でもあんのかい?」
「な、何でも無いわよ!」
「聞いたわよ、また街で大暴れしたらしいじゃないの。うちのお店じゃなくて良かったわ。」
「う…。」
女性は、フェイやカティアと親しげに話している。話の内容から察するに、あのジェイコブ神父の知り合いだろうか? “ジェイク”は“ジェイコブ”の愛称だ。つまり、知り合いといっても、かなり親しい間柄なのだろう。
話に入れそうもないので、モニカとミシェルの方を見ると、二人共ガチガチに固まっていた。
「二人共、どうしたんだ? そんなに緊張して…。」
「ヴィクターさん、知らないんですか!? あの人は、ベアトリーチェさんって言う人で、この街の有名人です! ローザ服飾店のお得意様でした!」
「あ、あの“鮮血のベアトリーチェ”をこの目で見れるなんて……。」
「鮮血…? ミシェル、何だそりゃ?」
「あら? その子、随分と詳しいのね。」
ミシェルの言葉に反応して、ベアトリーチェと呼ばれた婦人が、こちらに話しかけてきた。
「私は、この店のオーナーの『ベアトリーチェ・P・コンティーニ』だよ。初めましてだね、ヴィクターさん?」
「俺の事を知ってるのか?」
「そりゃあ、噂はいっぱい聞いてるさね。最近だと、あのエコーレ家を潰したとか何とか…。」
「まあな…。『ヴィクター・ライスフィールド』だ。で、この店のオーナーさんが何か用か?」
「いや、皆んなでその金髪の子を虐めてる様に見えたから、様子を見に来のさ。そしたら、知ってる子がいたもんで、こうして話しかけたってわけさ。」
「カティアと、フェイと顔見知りみたいだが、どういった関係なんだ?」
「ジェイク…ジェイコブと私は、同郷でね。古くからの付き合いなのさ。この子達の事は、孤児院にいた時から知ってるのよ。私も、あそこにはよく邪魔しに行くからね。
優等生のフェイちゃんに、問題児のカティアちゃん…二人共、よく覚えてるよ。」
「同郷…って事は、この街の出身じゃないのか。どこから来たんだ?」
「【アモール】よ。」
「そりゃまた、遠くから…。成る程、だから料理にピザとかパスタが多いのか。」
「で、その子…浮かない顔してるけど、もしかしてウチの料理が口に合わなかったのかい?」
「そ、そんなこと無いですッ! 凄く美味しかったです!」
「なら良いんだけど。」
ミシェルが勢いよく立ち上がり、椅子が倒れそうになる。隣に座っていたモニカが、抑えてくれたから良かったけど。
「だったら、どうしたんだい? 悩み事かい?」
「え、ええ…まあ……。」
「なら、サッサっと打ち明けたらいいさ。」
「で、でも…。」
「何を遠慮してるのか知らないけどね、周りを見てごらん?」
「えっ…?」
「ほら…この人達は、アンタの為にこの店で高い金を払ってくれてるんだよ? 今さら、遠慮することなんて無いだろう?」
「それは…。」
ベアトリーチェは、未だにウジウジしているミシェルの耳に顔を近づけると、何かを囁き始めた。
「でた! アレくすぐったいし、怖いし…昔から嫌いだったのよね…。」
「あら? それは、カティアが怒られてたからじゃない? 私の時は、二人だけの会話みたいで嬉しかったわよ?」
カティア達の会話からすると、耳元で囁くのはベアトリーチェの癖のようなものらしい。何を話したかは分からないが、しばらくするとミシェルの顔に元気が戻った。
「べ、ベアトリーチェさん……ありがとうございます!」
「何か、すまないな。正直、ミシェルとどう接していいか、分からなかったんだ。」
「オホホ、気にしないで。食事の時は、笑顔が一番だろう? それじゃ、私は店の奥に帰るとするよ。」
「あっ、マダム。お気遣いありがとうございました。」
「じゃあね、フェイちゃん。カティアちゃんも、ヴィクターさんに迷惑かけたらダメだよ?」
「わ、分かってるわよ!」
「…ああ、そうそう。ヴィクターさん。」
ベアトリーチェは、振り返って俺を見る。
「何だ?」
「女房と牛は身近な所から探せ。故郷の諺だよ。」
「…?」
「それじゃあね。」
そう言うと、ベアトリーチェは店の奥に引っ込んで行った。
何で女房と牛が同列なのかはともかくとして、確かに身近なところを探してみれば、クエントの足取りを追えるかもしれない。もしかしたら、まだ近くにいるかもしれないしな。
そう思っていると、ミシェルが話しかけてきた。
「……ヴィクターさん、皆さんも、今までウジウジしてごめんなさい!」
「ミシェル?」
「僕の為に、色々と気を使ってくれてありがとうございます! それから、もう少し皆さんのお力を、僕に貸して下さい! 何でクエントさんが姿を消したか、知りたいんです!」
「水臭いぞ、ミシェル。俺もクエントの奴には、一言言わなきゃ気が済まねぇ。なあ、みんな?」
テーブルの全員に目を合わせる。皆んな同じ気持ちみたいだ。クエント許すまじッ!
「私も! クエント殴りたい!」
「弟子を放り出すなんて、最低よ!」
「こんな可愛い子に酷いことするなんて、許せないです!」
「えっ? …あ、あの皆さん? 乱暴なのはダメですよぅ!」
「よし、じゃあフェイはギルドでクエントの足取りを調べてみてくれ。」
「任せて! 支部長に、グラスレイクの報告してからになっちゃうけど。」
「よし、俺達はモニカをガレージに置いたら、街中を調べに行くぞ!」
「「 おーッ! 」」
「あ、あの……!」
俺とカティア、ミシェルの3人で街中でクエントの足取りを追うことにした。アテはある、門だ…。
もし、街から出て行ったなら、門を使っているはずだ。何か分かるかもしれない。
* * *
ー数十分後
@街中 ヴィクターの車
会計を済ませて、店を出ると、ガレージへと車を走らせる。フェイは、そのまま徒歩でギルドへと向かった。
それにしても、4〜5人で乗ると、車がいっぱいいっぱいだ。こういう、皆んなで出かける機会はこれからもあるだろうし、新しい車が必要かもしれないな。
「そういえばミシェル、さっきあのおばさんのこと、鮮血とか何とか言ってなかったか?」
「え、ええ。鮮血のベアトリーチェ……元Aランクのレンジャーです。英雄ガラルドに隠れてしまってますけど、相当な活躍だったそうですよ!」
「マジか…あのおばさんがねぇ…。」
「そういえば、私も子供の頃にあの人の特訓を受けたけど、かなりヤバかったわよ。」
「そういえば、ジェイコブ神父も元レンジャーだったな?」
「確か、ジェイコブ神父も元Aランクで、昔はベアトリーチェさんとチームだったらしいですよ?」
「へー、気になるな。」
「だったら聞いてみればいいじゃない。」
「…いや、やめとく。」
プライベートな話は、なるべく避けるべきだろう。人によっては、聞かれたくないこともあるだろうしな。
「は…は、ハクションッ!!」
「何だカティア、風邪か?」
「何か、鼻が急にムズムズして…。誰か噂でもしてるのかしら?」
「乱射姫だしな。噂されるのも無理ないな。」
「せめて、悪い噂じゃないことを祈るわ…。」
「…多分、悪い噂だろ。」
* * *
-同時刻
@レストラン・ベアトリーチェ 執務室
ベアトリーチェは、先程会ったヴィクターのことを考えていた。
(あの男が、カティアちゃんの相棒か。それに、フェイちゃんの想い人ね…。さっきの諺、ちゃんと通じたかね?)
『女房と牛は身近な所から探せ。』
この諺の意味は、人生のパートナーは、近しい人物から選べという意味だ。
女房はもちろん、かつて牛は農民の生活の一部であり、大切なパートナーのようなものだった。人生を共にするなら、自分に近い生活を送ってきた、地元の人の中から見つけた方がいいし、長年続いてきた伝統を変えないためにも、そういう相手と結婚した方がいい。
この諺は、パートナーを選ぶ上で、互いの摩擦や無理解を避ける為の、警告のような意味合いだったのだ。
(あの子達も、もうそんな歳か…。時が経つってのは、早いもんだね。)
ベアトリーチェは、その豊富な人生経験から、フェイの話と態度から、ヴィクターのことを想っているのを察した。
そして、年寄りのお節介とばかりに、ヴィクターとフェイをくっつけようとして、先程の言葉を贈ったのだ。身近な女…そこにフェイっていうのがいるだろ?と…。
……まあ、若者に年寄りの言葉は届かないもので、ヴィクターもその真意は分からなかったのだが。
(フェイちゃんはいいけど、カティアちゃんは、貰ってくれる人…いるのかね? 何だか心配になってきたよ…。)
そして、無用な心配をされてしまうカティアであった…。
【アモール】
セデラル大陸に存在する中小国で、“連合”加盟国の一つ。
中世後期〜近世期にかけて、文化の中心として栄えた。崩壊前は、当時の建物が数多く残されており、観光地として栄えていた。また、食文化が発達しており、ピザやパスタなどの料理が、世界中に知られていた。
地球で言う、イタリアのようなところ。




