85 ランクアップ3
-数分後
@崩壊前のガソリンスタンド
ガソリンスタンド…それは、自動車やバイクなどの内燃機関を有する車両の、燃料を補給する為の施設だ。ガソリンなどの引火性の高い物質を扱う関係上、ガソリンスタンドはかなり安全基準が厳しく、頑丈に作られていた。
その為か、崩壊後の現在でもボロボロになってはいるが、原型を保っていた。
御者が言った通り、平野を走る幹線道路の傍に、ポツンとガソリンスタンドが見える。崩壊前のガソリンスタンドは、ほとんどが全自動化しており、駐車スペースと、休憩所が併設されているものが多かった。
目の前に見えるガソリンスタンドも、例に漏れずそのパターンの作りをしており、野盗達はスタンドの休憩所を寝ぐらにしているようだ。
「よし、じゃあちゃんとやれよ!」
「へ、へい…!」
馬車がガソリンスタンドに到着すると、見張り役の男が一人、近づいて来る。
「おい、遅いじゃねぇか!!」
「す、すまねぇ!ちょっとてこずっちまって…。」
「他の奴はどうしたんだ?」
「ああ、それが村で酒を山ほど見つけてよ…それでもう一台馬車を頂いて、持って来るってよ。」
「おい、テメェ…何勝手な事してんだよ!」
「わ、悪い…。」
「だが、悪かねぇな。」
「だ、だよなぁ?」
「…何か、お前いつもと様子が変だぞ?」
「そ、そうか? それより、荷台を見てみろよ。とびきりの上玉を持ってきたぞ。」
「何!? 今いる奴ら、反応しなくなってつまらないからな…どれどれ…ん!?」
──ゴキリッ!
「…ッ!」
見張りが荷台の幌を開けた瞬間に、俺は素早く荷台から飛び出すと、見張りの首を180°回転させた。これで残るは4人だ。
そのまま顔が背中を向いた死体を引きずって、馬車の影へと隠すと、カティアを荷台から降ろす。
「じゃあ、上手くやれよ?」
「もちろん!」
「よし、じゃあ連れてけ! …忘れるなよ、後ろから狙ってるからな?」
「わ、分かってますって! それより、嬢ちゃんも俺を撃たないでくれよ?」
御者の男に、カティアの縄を持たせると、ガソリンスタンドの休憩所へと向かわせる。
* * *
-同時刻
@ガソリンスタンド 休憩所
「おっせーな! 村に行った奴らは何やってんだ?」
「酒が無くなっちまったよ…。」
「どうせ、新しい女の味見でもしてんだろ?」
「はぁ…はぁ…チッ! このッ! もっと締め付けろやッ!」
「…ぁ…ぅ…。」
「アイツもよく飽きねぇな。今日新しい女が来るってのに。」
休憩所の中では、野盗達が床で寝転がっていたり、酒を飲んでいたり、拉致した女で楽しんだりと、それぞれ寛いでいた。また、ヴィクター達にとって都合の良い事に、男の一人が盛っていたお陰で、馬車の到着を察知されずに済んだ。
「お、おーい! 今、戻ったぞ!」
「チッ、もうすぐでイケそうだったのによ!」
「遅いぞ、何やってたんだ!?」
「てか、それ今回の女か?」
「めっちゃ上玉じゃん!?」
カティアと御者が、休憩所の中へと入る。カティアは中を見渡して、状況を把握する。
(…人質は角に2人、あとは床の上…って、酷いッ! コイツら許さないッ!!)
「「「「 なっ!? 」」」」
カティアは縄を解くと、スカートの中からヴィクターの拳銃を取り出し、野盗達に向けて発砲した。ヴィクターに教えられた通り、一人当たり2発を目安に発砲していく。野盗達は、完全に油断しており、なす術なくカティアに撃ち倒された。
「はぁ…やった?」
「まだまだだな。」
「ッ! ヴィクター、いつの間に!?」
「撃ち始めた時ぐらいからかな。ちゃんと一人当たり2発…それは良く出来たな。」
「で、でしょ?」
「だがな…。」
俺は、カティアから拳銃を返してもらうと、地面に伏せた野盗の一人の背中に向けて発砲する。
──ダァン!ダァン!
「んあっ!」
「嘘ッ! まだ生きてた!?」
「良く見ろ。コイツは用心深いのか、室内でも鎧みたいなのを着てるだろ? 拳銃だと弾丸の貫通力が低いから、ちゃんと抜けなかったんだろうな。」
「な、なるほどね…。」
「油断するなよ。俺が油断したせいでガラルドは……。」
「…気を付けるわ。」
しばらくカティアと一緒に仕事をして気づいたが、カティアはミュータントなどに対しては経験豊富だが、対人戦闘の経験が少ないように見える。いつもは強がったりするカティアであるが、野盗とか人間が相手になる時は、俺の邪魔にならないようにそっと後ろに引っ込んでしまっていたのだ。
今回俺が手伝わなかったら、今頃カティアは、そこで震えている人質の娘達の仲間入りをしていたかもしれない……。
面倒だが、俺は彼女とチームである以上、サポートしてやる必要がある。……それに、ガラルドの忘れ形見みたいなもんだし、恩も返してやらないとな。
「カティア、あの娘達の面倒見てやれ。男の俺が近づいたら、怯えるかもしれないからな。」
「分かった…。貴女達、もう大丈夫よ!」
「よし、じゃあお前は御者台で待機だ!」
カティアは、人質達の元へ駆け寄ると、身体を拭いたり慰めたりしている。御者の男を縛って御者台に括り付けた後、使えそうな物を回収する。と言っても、野盗達の武器くらいの物だが、それらを回収して馬車に載せていく。流石にもう反抗しないだろうが、念の為に御者には手伝わせない。
ちなみに馬車の荷台は、人質を回収する為に荷物をある程度降ろしてきているので、まだ余裕がある。
その後回収が終わり、人質達を馬車に乗せると、村へと帰還する。
* * *
-数十分後
@村の入り口
「おお! よくぞご無事で!」
「ああ、状況は家で話そうか。」
「…ねぇ、ヴィクター。何か臭くない? 焦げたような…変な匂いがするんだけど。」
「…そうか?」
村の中心に、さっきまで無かった、真っ黒でグロテスクなヒト形のオブジェができているが、何も見なかったことにしよう…。
村長の家に向かうと、カティアが着替えたり、依頼達成の書類を書いてもらったりと事務的な事をして、俺達は依頼を終えた。
人質の娘達も、それぞれ自分達の家へと帰ったが、精神的なダメージは大きいだろう。かわいそうだが、自分達で克服する他あるまい…。
その後、村長から酒の席を勧められたが、人質を見て祝う気持ちになれなかったのと、試験のタイムリミットがあるので、さっさと帰ることにして村を出た。
「はぁ…大丈夫かしら、あの娘達…。」
「まあ、何とかなるさ。崩壊後の女性は逞しいからな。」
「何か無責任よね。でも、私達にできる事って無いわよね…はぁ。」
「まあ、野盗達の武器を買い取ってもらったからいいだろ?」
「買い叩かれたの間違いでしょ?」
「そう言うなよ。どうせ、いらなかったんだし、あの村には金の余裕があるように見えない。それに、あの武器があれば、村の戦力も多少は改善されて、また野盗が来ても抵抗できるかもしれないだろ?」
「ふ〜ん。ヴィクターって、ゲスい事しか考えて無いと思ってたけど、ちゃんと色々考えてるのね。」
「失礼な! 俺だって色々考えてるぞ!」
車は街へと走っていく…。
-数刻後。
「……ひゅー…ひゅー…。」
「…よし、もういいじゃろ。ネックレスを用意するのじゃ!」
その日、ヴィクター達が依頼を受けた村の入り口には、熱で溶けたゴムが張り付いた、グロテスクな焼死体が二つ……見せしめのように晒されていた。そして、その近くの立て札には、「野盗の末路」と書かれていた。
* * *
-翌日 夕方
@レンジャーズギルド
「おめでとうございます、カティアさん。貴女は今日から、Cランクレンジャーに昇格となります!」
「やったぁ!!」
また一日かけて、街へ戻って来た。早速、ギルドで依頼達成の報告をすると、カティアのCランク昇格が告げられた。別に、後日一斉に結果発表とかがされる訳ではなく、試験課題を達成したら、その場で合格になり、Cランクへと昇格するのだ。
ちなみに、カティアを手伝っていたが、パーティーを組むのが禁止されていただけで、チームで臨むのは問題無かったらしい。
と言っても、課題はそれなりに難しいことと、俺達のようにランクが近いチームが多い訳でも無いので、そこは運も実力のうちという考えのようだ。
しばらくして、カティアが新しくなったドッグタグを持って、俺に駆け寄って来た。
「じゃーんッ!これで私もCランクよ!!」
「良かったな。」
カティアがデカい声で宣言したせいで、周りの注目を集めてしまった。周りからは歓声や拍手が聞こえてきて、新たなCランクレンジャーの誕生を歓迎しているようだった。
「あの乱射姫がCランクか…。若いのに、やるなぁ。」
「流石はガラルドさんの弟子って、事だよな!」
「ソロだった時に、ウチに引き抜いとけば良かったな。」
「はっはっは、暴れられたらたまらん!とか言ってたのはお前じゃないか!」
色々と、カティアを賞賛するような声が聞こえてくる。この調子なら「乱射姫」の、汚名返上は近いかもしれないな…。
「そうだ! 早くヴィクターの課題もやっちゃいましょうよ! 残り時間、少ないんだから。」
「そうだな。じゃあ、行こうか!」
「ふふん! 何でもしてあげるわよ?」
「……そうだな。」
* * *
-数分後
@レンジャーズギルド 駐車場
俺は車の前で立ち止まると、カティアに向き直る。
「ヴィクター、どうしたの?」
「…カティア、ランクアップおめでとう!」
「えっ!? あ、ありがと……。何か面と向かって言われると、恥ずかしいんだけど……。」
「謙遜するな。まだまだ甘いが、Cランクを名乗っても問題無いと思うぞ。」
「き、急にどうしたのよ! いつも私に厳しいのに!?」
「相棒が昇格したんだ。喜ぶもんだろ?」
俺は、カティアの手を取って引き寄せる。
「ひゃっ、何!? 近い近いッ!?」
「カティア…これからもよろしくな?」
「あ…あぅ…。」
カティアは顔を赤らめ、震えている。カティアは多分、俺の事が好きだ……と思う。じゃなかったら、こうやってボディタッチしようものなら、嫌がる筈だ。そしてカティアには悪いが、今回はその気持ちに付け込ませてもらう!
俺は気づかれないように取り出した、ダートピストルのシリンジを、カティアの太ももに注射した。
「こ、こちらこそッ! …ねぇ、ヴィクター。実は私、ヴィクターのことが……はれ……?」
カティアは俺の胸に倒れこむと、そのまま意識を失った。
「悪いな…。でも、何でもするって言ってたから、文句無いよな? 軽々しく、そういう事は言わない方が良いんだぞ。」
意識を失ったカティアを肩に担ぐと、俺は再びギルドへと歩いて行く。
「おっ、そういやコイツ…いいケツしてるな……。っと、ヤバイな……何日かヤってないから溜まってるのか?」
帰ったら、フェイかモニカに相手をしてもらうか。まあ、減るものでもないので、カティアの尻は触っておくが……。うん。ガラルドも言っていたが、たしかに良いモノを持っているな。
カティアを担いだままギルドの扉を開くと、賑わっていたギルドが静寂に包まれ、視線が集中した。そのまま、受付に行き、試験課題が書かれた紙をアレッタに見せる。
「昇格試験…これでいいのか?」
「えっと…少々お待ちください…!」
俺が初日に引いたクジ…その内容は…
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[試験内容]
Dランクレンジャー3名、もしくはCランクレ
ンジャー1名の捕獲。
1.捕獲は対象を気絶、拘束するなどして無力化
すること。大怪我を負わせたり、殺してはならな
い。
2.この試験を通して、他のレンジャーとトラブ
ルになっても、殺人、盗難などの試験と関係ない
行為を除いて、罪に問われることはない。
3.この試験で捕らえられたDランクレンジャー
が、Cランク昇格試験の対象だった場合、その者
は試験資格を失う。
4.捕らえられたレンジャーには、ギルドからそ
の協力に対して、日給が支給される。
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おそらく、試験の際に他の受験者の障害となるべく仕込まれたものなのだろう。
レンジャーは、あまり自分の事を軽々しく語らない。ギルドに秩序があるとはいえ、街の外や依頼の最中に、味方に寝首をかかれないとは限らないからだ。現に、そうして指名手配されてる賞金首もいるのだ。
そんな中、Dランクレンジャーは誰か…と言ったら、初日の会議室にいた連中が確実なのだ。おそらく、このクジを引いた者は、この試験を受けている者を狙うはずだ。
しかし、俺は他人から怨みを買いたくないし、3人も襲うなんて面倒な事はしたく無かった。そこで、カティアを先にCランクへと昇格させてから、捕獲してしまうという方法に気づいて、実行に移したのだ。昇格した後なら、受験資格を失っても意味ないからな。
幸いにも、チームでの協力は可能だったので問題ないだろう。他はどうだか知らないが、チームの仲間を縛ったり、気絶させてギルドに連行するなんて、普通はやらないはずだ。もし、ダメだと言われたら、クエント辺りを騙してやろうと思っていたのだが…。
「ほぉ、あのクジを引いたのはヴィクター君でしたか!」
「おい、趣味が悪いぞ爺さん! 何だよこの課題は!?」
「悲しい事に、同業者とはいえ、必ずしも味方とは限らない……という事を皆さんに伝えたかったんですよ。下火になったとは言え、狼旅団も完全には潰れていませんからね。昔の知り合いと言って接近を許して、殺されてしまう事例もありましてね?」
「…で、どうなんだ? これは合格になるのか?」
「ええ、問題無いです。おめでとうございます、Cランク昇格です!」
支部長が、ロビーにいる全員に聞こえる声で、俺の昇格を宣言する。……だが、カティアの時とは違い、歓声や拍手は無く、聞こえてくるのはヒソヒソとした声だった。
「……おや?」
「おい支部長…恨むからな……。」
「な、何故?」
クソ。俺のクジ運が悪いのか、こんな課題を用意した支部長が悪いのか……。いや、絶対に後者だ。俺は悪くねぇ! 老害許すまじッッ!!
その後、新たなドッグタグをもらい、カティアを担ぐと、異端者を見るような目で見られながら静かになったギルドを出る。
まあとにかく、これでCランクへと昇格は出来た。これで死都で動きやすくなるはずだ。




