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75 俺達の理想郷2

-夕方

@グラスレイクキャンプ場 跡地


 会議の結果、難民達の新しい村を作ることになった。その候補地として俺が提案したのが、かつてソルトマウンテン国立公園と呼ばれていた地域だ。

 そこには豊かな森林と湖があり、湖畔には大きなキャンプ場があった筈だ。だが、それは崩壊前の話だ。今はどうなっているか、分からない。

 その為、現在俺達は現地の下見に来ているのだが…


「こ、これは予想外だな…!」

「ここは…一体…?」

「な、何なんだ…これは!?」

「何…これ…?」


 皆、目の前の光景に息を飲んだ。目の前には、天高く(そび)える山脈の山々が、西から夕陽を受けて赤く染まっている。それだけではなく、山の麓に広がる湖…グラスレイクが、赤く染まった山を反射して、まるで鏡の如くそれらを逆さに映し出している。さらに驚いた事に、俺達の目の前には、花畑が広がっていたのだ。

 その幻想的な光景に、俺達はしばし呆然としてしまった。


「ガイドブックには、花畑何て無かった筈なんだが…。」

「う…美しい…!」

「こ、ここに新たな村を…!」

「ハァ…キレイ…夢みたい。」


 下見には俺とフェイの他に、難民達のリーダーと、副リーダーと言う男達を連れてきている。難民達を説得するのに、現地を視察して来た人間がやった方が説得力がある。ちなみに、難民の説得は俺じゃなくてリーダー達に任せる予定だ。…めんどくさいし。


「ヴィーくん…ここ、凄くキレイ! 私、こんなの生まれて初めて!」

「そうだな。で…お前達、ここはどうだ?」

「素晴らしい所です! ここが我々の約束の地なのですね!」

「今すぐにでも、こちらに越して来たいです!」


 どうやら気に入ってもらえたようだ。だが、そう易々と決める事は出来ない。ここに村を作るとして、彼らが生計を立てられる事や、村を維持する為に必要なことを考える必要がある。


「…花畑か。なあ、フェイ…これ街で売れないかな?」

「お花? う〜ん…中央地区のお金持ちとかなら、売れるかもしれない。この花、そこら辺の花じゃないみたいだから、珍しいんじゃない?」


 確かに、街の周りでは見ない花だ。というより、明らかに園芸植物の類だ。おそらく、崩壊前にキャンプ場で植えてた花が野生化したのだろう。

 それを活かして、花卉栽培とかが主要な産業にならないかと思ったが、街にはそれほど需要は無いようだ。


「あ、あの…マスク様?」

「なんだ?」

「我々の中に、養蜂をやっていた者がおりまして…。」

「養蜂…そうか、ハチミツか!」


 ハチミツ…技術が発達していた崩壊前でも、人工的に作られる事が無かった、天然由来製品の代名詞だった。人工的に作れはするのだろうが、ハチミツ本来の味と香りを再現するのは難しいのと、わざわざ人工的に作るよりも蜂に作らせた方がコストがかからないのだと思われる。


 これだけ花があるのだ。養蜂…いいんじゃないかな?

 もちろん毒草の類が無いかを調べたり、その養蜂家を連れて来て、環境はどうか見てもらう必要はあるだろうが。


「…だが、養蜂だけで食っていけるのか? 他にも何かあった方がいいんじゃないか?」

「あ、マスク様…これを…。」

「何だこれ?」

「我々の名簿です。名前、性別、年齢、前やっていた職業などを載せています。」

「な…随分と優秀だな、お前!?」

「お褒めいただき光栄です!」


 リーダーの男が、何枚かの紙で出来た冊子を手渡してきた。内容は、難民達の名簿…個人情報だ。手書きではあったが、難民一人一人の詳しい情報が載っていた。


「…農家に、酪農家、猟師、(きこり)、商人…何でもござれだな。」

「正直、我々もこれからどうすればと思っていたのです…。ですので、マスク様のご提案は正に天啓の如く…」

「あ〜、そういうのいいから…。そういや、お前は以前何をしてたんだ?」

「私は父が村長だったので、事務などの手伝いを…。それから、トラックで村の製品を街へと運送してたりしてました。」

「なるほどね…だから、そんなにしっかりしてんのか。…じゃあ、お前が村長やれよ。」

「えぇっ!? わ、私がですか!? マスク様では?」

「名簿をざっと見たけど、お前以外に適任はいないみたいだしな? この名簿も、手書きにしちゃ良く出来てる。これを見れば、お前が仕事が出来る奴って分かるわ。それに、俺は忙しいんだ。…村長はお前に任せる。」

「は、はい!必ずや、マスク様のご期待に応えてみせますッ!!」

(よしッ!! 何か適当にそれっぽい事言って、面倒ごとを押し付けられたぞ!)


 適当に、それっぽい事を言って村長の職を押し付ける事ができた。このままいくと、俺に村長やれとか言われそうだったので、先に釘を刺しておいたのだ。

 リーダー…村長は、暗くなる前に野営の準備をすると言って、副リーダーと共にテントを張りに行った。ここから街まで、死都を迂回したのでかなりの時間を要してしまっている。もう陽も落ちる頃合いなので、俺達はここで一泊して、翌朝に村の建設予定地を視察してから帰る事にしていた。


「なあ、フェイ。村を作る時に、必要な手続きってあるか?」 

「ええと…それって、ギルドの庇護(ひご)を受けたいって事かしら?」

「庇護?」

「カナルティアの街の、レンジャーズギルドの出張所なんかを作るって意味よ。そうすれば、村からミュータントや野盗の討伐をギルドに依頼出来るようになるわ。それから、もし村が危機に陥ったら、ギルドの任務としてレンジャーを救援に回す事もできるわ。」

「なるほど。そりゃいいな!」

「…だけど、村の規模に応じた組合費と、依頼毎に発生するレンジャーへの報酬と、その手数料を払ってもらう事になるわ。任務だって、危機に間に合うとは限らないし…。ちなみに組合費、安くないわよ…。」

「なるほど。そりゃ悪いな…。」


 ギルドはタダじゃ動かないって事か。だが、できたての村に多額の費用を払える余裕は無い。


「はぁ…そう上手くはいかないって事か…。」

「うん…こればっかりはね…。ギルドの職員も、レンジャーもそのおかげで食べていけるんだし。」

「そういえば、街には何か払うものあるのか?」

「街…そうね、商売をするなら街の商工会に税金を納める必要があるわね。」

「金、金、金…世の中金だな…。」


 とりあえず、金が必要なことは分かった。今ある金じゃ、村の建築費用で手一杯だ。…むしろ、足りない可能性が高い。


 …それにしても、これだけ制約が大きいと、新しく村を興すなんて殆ど不可能に近いんじゃないか?…きっと事業の独占とか、利権が絡んでいるんだろうな。


「はぁ…ここなら、静かに暮らせると思ったんだけどな。なかなか道のりは険しそうだ。なぁ、フェイ…?」

「えっ…!」


 その時、振り返ってフェイを見つめたヴィクターの横顔に、夕陽が差し込んだ。そして、それを見たフェイの身体は電撃が走ったかの様な感覚に陥った。


(えっ、今ヴィーくん何て言った?てか、ヴィーくん夕陽纏ってる、かっこいいな…エヘヘ…。

 そうそう…ここなら、静かに暮らせる…だっけ? …静かに…暮らす……私と…?えっえっ、それいいッ!ヤバいッ!! 湖畔のログハウス…子供はいっぱい…エヘヘ…。

 でも、このままだと色々と壁があるわよね…。最悪、村ができる前に頓挫するかもしれない。…わ、私が何とか…何とかしなくちゃッ!!ヴィーくんを困らせるもの全てを、私が何とかしてみせるッ!)


「…フェイ、どうしたんだ? 急にニヤついたり、真剣な顔したりして…。」

「えっ…ああ、何でもないわ。」

「そ、それならいいんだけど…。」

「マスク様ぁ! キャンプの設営、終わりましたぁ!」

「あっ、ヴィーくん。終わったみたいよ? 流石にやらせっ放しも悪いから、手伝いに行きましょ?」


 この時のヴィクターは、まだ知らなかった…。崩壊後の女性は、崩壊前よりも貞操観念が高く、“男女の仲になる=結婚が前提”と考えている人が多いのだった。この命の軽い世界で、男に責任感を持たせてしっかりと女性を守ってもらう様にする為だ。

 特に、この考えは早くに親に先立たれた女性や、孤児に多い。その為、ジュディの様に自分の身体にタトゥー彫ったり、ピアス開けちゃう様な娘も、ヴィクターに抱かれる前まで純潔を保っていたのだ。

 …余談だが、カティアの様に特定の男(ヴィクター)との既成事実を作り、責任を取らせようと考える者も、中にはいる。


 そして、フェイも例に漏れず同じ考えをしていた。…そして、フェイは初めての彼氏(未来の旦那さん♡)が出来て、浮かれていたのだ。そして今後彼女は、未来を夢見て妄想し行動していき、色々な人を巻き込んで行く事になるのだった…。




-真夜中


「……ハッ!?」

「お、起きたかフェイ。」

「あ、ヴィーくん…ごめんなさい、見張りなのに寝ちゃって…。」

「まあ、心配するな。この分だと、何もなさそうだし。」


 テントを張って、一晩過ごす事にした俺達だが、全員で寝るという訳にもいかない。何が襲ってくるか分からないので、きちんと見張りを立てる必要があるのだ。

 そこで夜中を3つに分けて、最初の方を俺とフェイで担当し、残る2つを村長達に任せることにした。俺らの方が見張りの時間が短いのは、俺への遠慮もあるが、俺が明日も車を運転する必要がある為という、もっともらしい理由がつけられている。…実は車に自動運転機能が搭載されていて、運転時の負担を軽減できる事は黙っておこう。


「それにしても、見張りって暇だな…。焚火(たきび)見てたら眠くなっちまうよ。」

「…ねぇ、ヴィーくん。聞きたいことがあるんだけど…。」

「ん、なんだ?」

「前も似たような事聞いたけど…ヴィーくん、貴方は何者なの? 一人で狼旅団のアジトを壊滅させて、執行官も返り討ちにして…そして今度は、村を興す…明らかに一人のレンジャーがする事じゃないわ!」

「…フェイ。」

「私ね、怖いの…。ヴィーくんが、またとんでもない事をして、フラッと私の前から居なくなっちゃうんじゃないかって…。そう思うと…」

「ぼかぁ、死にましぇーん!!」

「へっ!?な、何?」

「…ふぅ。あのな…あの街から出て行く様な時は、お前も連れてく…無理矢理にでもな!どうだ、安心したか?」

「え、ええ…。でも、無理矢理連れてくなら、前もって伝えてね?こっちも準備とかあるから。」

「お…おう。」


 …危ねぇ。今って、フェイが俺への不信感を募らせていたのではないか? 貴重な現地妻を失う訳にはいかない!ロゼッタと違って、フェイとのいちゃラブ恋人プレイは新鮮で、結構気に入っているのだ。流れぶった切って、ボケかまして正解だったな…。


 …確かに、俺は普通の人間ではない。カティア…はバカだからいいとしても、フェイの様に俺を知る人物は、俺のことを不気味に思ってるのではないか? 今までは、仲良くなってる者には、俺という人間を理解してもらえていると考えていたが、考えを改めるべきか…。

 それに、フェイはギルドの職員だ。万一、ギルドにマークされると、俺の今後の活動に影響が出てしまう。それだけは避けたい。


 だが、カティアやフェイの様に、俺と深い関係がある人間には、俺の正体…俺が崩壊前の人間である事を打ち明けても良いと思っている。…だが


「フェイ、俺が何者か教えてやる。」

「う、うん。」

「実はな…俺は崩壊前の人間なんだ。手違いで、冷凍睡眠して、この時代に目覚めたんだ。」

「…ヴィーくん、どうしたの? …あっ、もしかして笑うところだった?」


 とまあ、こんな感じで全く信用されないのだ。…うん、知ってた。既に、ガラルドとカティアで経験済みだ。カティアに至っては、腹を抱えて笑ってくれたのでまだマシだったが、今の様にシラけるのは勘弁して欲しい…。

 …チクショウ!俺は真面目なのにッ!こうなったら…!


「キャッ!ヴィーくん?」

「シーッ!いいからついて来いよ。」


 俺はフェイの手を引いて、少し歩いて森の中へと入って行く。



「やっ…ダメよ、こんなところで…。それに、見張りはどうするの?」

「大丈夫だって。それに、ここならバレないって!」


 実際、衛星で周辺を探索している為、ある程度の安全は保証されている。だから、本当は見張りとかいらないのは内緒だ。


「ほら、早く脱いで♪」

「もう、外でするなんて…本当にケダモノね!♡」


 それにしても、何か忘れてるような気がするんだよなぁ…。まあいっか!今は目の前の女に集中だな。



 * * *



-同時刻

@ガラルドガレージ


「…遅い。遅い、遅い、遅ぉいッ!! いつになったら帰ってくんのよ!?」


 今日一日中、どこかへ行っていたカティアであったが、現在ヴィクターの帰りを待っていた。というのも、カティアはヴィクターから貰った金を、ある事情で全て使ってしまっていたので、夕飯を食べる為の資金が無かった。つまり、カティアは空腹だったのだ。


「お腹空いたぁ〜!! 食材も無いし、お金も無いッ!どうすればいいのよぉ!? ヴィクター、早く帰って来て!」


 そして、彼女はヴィクターが死都を越えた辺境で、フェイと月明りの下に楽しんでいる事など知る由も無かった。彼女の虚しい叫びが、ガレージの中を反響して、消えていった…。

ロゼ《ジュディさんの教育なのですが、如何致しましょう?何かご希望はございますか?》

ヴィ《基本的な事は、カイナ達と同じでいい。それから、全員に追加で『接客』の項目を学習させておいてくれ。》

ロゼ《『接客』ですか…。分かりました。彼女達に、商売でもさせるおつもりなのでしょうか?》

ヴィ《いや、ホステスみたいにならないかと思って…。》

ロゼ《そ、そうなのですね…。》

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