72 陰謀
-昼
@レンジャーズギルド
死都でデュラハンから逃走した俺達は、まっすぐ街へと帰って来た。ギルドの扉をくぐると、フェイが駆け寄ってくる。
「あっ、ヴィー君♡ …あれ、依頼はどうしたの?」
「ああ、片付けたぞ。」
「えっ、もう!? 凄いね!手続きするからこっちに来て。」
「おう! …何だよクエント、そんな疲れた顔して?」
「いや、何つうか…生きた心地がしないというか何というか…。」
「何だそりゃ?」
カティアとミシェルを見ると、クエントと似たような顔をしている…。疲れたのかな?
まあ冗談はさておき、今後の話をしなくてはならない…。いつもは報酬を受け取ったら、酒を飲みに街へと繰り出すところだが、金に充分な余裕ができるまでは遊んではいられない…。人付き合いも大事なのは理解しているが、今は節約が優先だ。
「なあ、クエント。言いにくいんだが…。」
「何だ、改まって?」
「いつもは、依頼を終えたら飲みに行ってたろ? ちょっと今回は、金に余裕が無くてだな…。」
「なんだそんな事かよ。 気にすんなよ、そんなのはまた金に余裕ができた時にでも行けばいいんだ。それにまだ昼だしな。 な、ミシェル?」
「そ、そうですね! 僕たちは別に気にしませんよ!」
「お前ら…俺には良いダチができたもんだな…。」
俺は、場の雰囲気とかを大事にする人間だ(主観的な意見)。こんな事…本当は言いたくなかったが、こちらも生活が掛かっている。だがもし、打ち上げを断って、二人の心証を害したらと思うと気が気でなかった。なんせ、崩壊前と崩壊後では人の価値観が違うのだから…。
だが彼らは、そんなの気にしないぜ!とでも言うような、気持ちのいい態度で接してくれた。崩壊前では友人の少なかった俺だが、今になって得難い友人達を得られたことに俺は感動している。……だから、俺が打ち上げ行かないって言った時に、カティアをチラ見して胸をなでおろしていたのは見なかったことにしてやる!ちくしょう!
何か、一方的な損害を被っているような悶々とした気分のまま、クエントと報酬を分配して、帰路に就く。
「ねえヴィクター、何か変な顔してない?」
「誰のせいだと思ってんだよ? それより、帰ったら反省会するぞ。」
「今回、結構羽振りの良い依頼だったわよね? 自治防衛隊の依頼って聞いた時は、地雷だと思ったけど、連中の事見直そうかしら!」
「ふ~ん。」
「あ、反省会の前に報酬の分配しよ? これで、しばらくは困らないわ!」
「ん? 無いぞ?」
「えっ? …な、無い…ってどういう事?」
「報酬。お前の報酬は無いぞ? 借金返すまで、お前の報酬はゼロだ!!」
「なっ、嘘でしょッ!? え、ちょっとソレ困るんだけど!」
「知らんな。自業自得だ…まあ、飯代とか必要最低限の費用は出してやるから、せいぜい励むんだな。」
今回、カティアの手取りはゼロだ。クエント達と報酬を分配した後、俺達のチームが受け取った報酬は、全額俺のギルドの口座に入金済である。俺はカティアに返済方法を聞いた時に、確かに聞いたはずだ。返済方法と期限を…。
そしたら、働いて返すだの期限は分からないだの、ちょっとよく分からない事を言っていたので、こうして報酬を俺が全て頂くことで、カティアの返済をお手伝いすることにしたのだ。
「……ねえヴィクター、ちょっとだけ何とかならない?」
「なりません。」
「ほんとにちょっと…ちょっとだけだから…。」
「ダメです!」
「お願い、何でもするからッ!」
「ん? 今何でもするって言ったよね?」
「えっ……な、何をするの?」
「じゃあ、諦めて♪」
「チッ! ちょっと位、いいじゃないのよ!」
「あっ、馬鹿やめろッ! ハンドルが乱れるッ!! 無いから!とっくに金は全部、ギルドの口座に入ってるんだよォ!!」
カティアに助手席から飛びつかれ、ハンドルを乱しながらガラルドガレージへと車を蛇行させて走らせる。崩壊後は交通量が少ないのが、せめてもの救いだった…。
* * *
-同時刻
@街中央地区 スカドール家
スカドール家の屋敷を守る自治防衛隊員の一人が、スカドール家の当主となったプルートの執務室のドアをノックする。
「入りなさい。」
「はっ、失礼します!今、門の前で男がプルート様に会わせろと仰ってまして…その…。」
「…いくら貰いました?」
「えっ…。」
「普通なら、追い払うでしょう?いくら掴まされたのですか? 私への取り次ぎの賄賂として。」
「そ、それは…。」
「当てましょうか? 金貨1枚…10万Ⓜ︎ポンッとくれたのではないですか?」
「な、何故それをッ!?」
プルートは現在、スカドール家の当主にして、街中央地区を管轄する自治防衛隊のトップである。そんな彼に、簡単にお目通りが叶うはずはない。普通なら、街の住民が訪ねて来たら、門前払いになる筈だ。
だが、今回訪ねて来た男は普通では無かった。住民には大金である、10万Ⓜ︎の価値を持つギルド発行の金のコインを門番に握らせると、プルートへの取り次ぎを頼んできたのだ。
もちろん、腐敗していると言われている自治防衛隊ではあるが、一応収賄行為は禁じられている。…もっとも、最近ではそれで罰せられることは無く、むしろ積極的に賄賂を要求していたのだが。
「とにかく、その人をここへお連れして下さい。失礼のないようにね。」
「は、はっ!今すぐにッ!」
収賄行為がバレた門番は、顔を青ざめていたが、プルートの命令を聞くと、いくらか調子を取り戻した。
(ふぅ〜、びびったぁ!! でも黙認ってことは、トップが変わっても好き勝手できるな!好都合だぜぃ!!)
門番は直ぐに件の男を連れて、プルートの執務室へと帰って来た。
「プルート様、お連れしました!」
「ご苦労様。…ああ、そうそう。君はもう来なくていいから。」
「えっ…?」
「収賄行為は禁じられているはずだが? それに、退職金はこの方から十分貰っているから大丈夫だね?」
「ま、待って下さい!ずっと、そんなことは野放しだった筈だ!なんで俺だけッ!?」
「これからは、それでは困るんですよ。ボードン、席を外すついでにその男を連れてってくれ。…あっ、制服は返して貰ってくれよ?」
「…へい。」
「な、何だよお前…!? フガッ!」
プルートの執務室の隅で壁を背にして立っていた、ボードンと呼ばれた身長2mに迫る大男が、喚く門番だった男の顔を片手で掴むと、そのまま引きずって部屋の外へと出て行った。
そして、部屋の中にはプルートと、連れて来られた男の二人だけとなった。
「ふぅ…。いやぁ、お見苦しい所をお見せして申し訳ございません。」
「いえいえ、気にしていませんよ。それよりも、就任早々に大忙しのようで…。」
「全く、使者殿も人が悪い。お陰で、貴重な隊員を一人失いましたよ。」
「ははっ、ご冗談を。身の回りの不安要素を排除しつつ、作戦の駒を一つ増やすとは…。貴方に任せて正解でしたね。」
「お見通しですか…。どうぞ、おかけ下さい。」
プルートは、使者と呼んでいる男に応接スペースのソファを勧める。
「…では、本題に入りましょう。プルートさん、今後の方針をお聞かせください。」
「ええ…。まず、自治防衛隊の改革に取り組んでおります。」
「と、言いますと?」
「ええ。腐敗が著しい組織が、腐敗を取り除くとそれなりのものが出てきますよね?」
「なるほど…それを新たな駒に、というわけですか。」
「それだけでは無く、残った人員や新たに入ってくる人間には、きちんとした訓練を施して教育します。」
「教育…ふふ、我が主の好きな言葉ですね。」
「それから、後は訓練された駒を使えば…。」
「素晴らしい!やはり、貴方の手を取って正解でした!」
「お褒め頂きありがとうございます。」
「では、先ずはどこから落とすおつもりで?」
プルートは、テーブルに地図を広げると、マーカーの石を置いていく。
「ここと、ここ…それから、ここを考えています。」
「ふむ…。確かに、どれも規模が大きい村ですね…。さらに、もし占領を維持できれば、我々にとっても前哨基地として使いやすいと…。」
「仰る通りです。」
「これは…。正直驚きましたね。我が主が貴方を評価する訳だ。では、我々も手筈を整えるとしましょう。」
使者は、身支度して席を立とうとしたが、プルートが何かを思いだしたのか、話しかけてきた。
「…ああ、そういえば。」
「はい、何でしょうか?」
「狼旅団のアジトを潰したレンジャーに会いましたよ。」
「ああ、例の…。どうでしたか?」
「パッと見、少しだけ体格が良いだけの男ですが、油断は出来ませんね…。何せ、ギルドの執行官を二人も相手にして勝ったそうですからね。」
「…我々には、少し理解が難しいのですが、ギルドの執行官とはどの程度強いのですか?」
「ああ、これは失礼を…大体BランクからAランクのレンジャーと考えて下さい。」
「何と、それは厄介な相手ですね…それを二人も相手にするとは…。大丈夫でしょうか?」
「ご安心ください!私のボードンの相手ではありません!…それに、切り札もございますし。」
「ああ、例のアレですか…。因みに、そのレンジャーの名は?」
「ヴィクターです。ヴィクター・ライスフィールド…D+ランクですが侮らないよう、お気をつけて下さい。」
「ええ、肝に銘じます…。」
* * *
-昼過ぎ
@スカベジングステーション
昼飯を食べた俺たちは、回収した武器や道具を金に換えるために、この街の廃品回収業者である、スカベジングステーションを訪れていた。
「…ん〜、どれもクソね。」
「おい、やった銃じゃ満足しないのか?」
「いや、気に入ってるわよ? 掘出し物は無いって言ってんの!」
カティアは、床一面に並べられた銃や刃物、鞄や小物を眺めている。スカベジングステーションは、主にレンジャーが死体から回収して来た物を買い取って、それらをクリーニングした後で中古品として街の武器屋に卸しているが、こうして卸す前に直接見に来て、気に入った物があればその場で買い取ることができるのだ。
…もっとも、大抵はクリーニング前で、血糊が付いていたり、汚れているので、わざわざ買いに来る奴は少ないそうだが。
「ヴィクターさん!査定終わりましたよ!」
「ああ、今行く。」
係員に呼ばれ、書類にサインをして金を受け取る。
「あっ、そうだ! 機関銃…それも、車両なんかに取り付けられそうな奴って、ここにあるか?」
「い、いや…。そういうのは見た事無いですね。」
「何よヴィクター、戦争でもするの?」
今朝、デュラハンに追われた時に、車載の機関銃があれば便利だと思ったのだ。ノア6からは持ち出さない方針を採っているので、なるべく街で調達したい所だが、ここには無さそうだ。今度、ボリスの所を見てみるか。
「そういえば、いくら貰ったのよ?見せなさい!」
「あっ、コラッ!」
カティアは、俺の手から金の入った袋をひったくると、中身を確認する。
「…わお。結構いったわね!車があるって、本当に便利!」
「もういいだろ、返せ。」
「…ヤダ。」
「おいっ!」
「待ってヴィクター!話を聞いて!!」
カティアは急に改まると、真剣な顔でとんでもないことをのたまった…。
「このお金…私に預けてちょうだい!」
「ダメだ!お前が借金を返済するまで、お前の手取りは無しだ!」
「お願いッ!ちょっとだけ試してみたいの…倍にして返すからッ!!」
「な、倍にするだって!? どうやって?」
「興味湧いたでしょ? さ、行きましょ!」
そうして、俺はカティアに連れられて、街の北へ向かうことになった…。
ヴィ《3人の様子はどうだ?》
ロゼ《皆さん、ちゃんと話を聞いてくれますが、教えるって難しいのですね。マイクロマシンが無いと、こんなにも苦労するとは思いませんでした。》
ヴィ《すまん、苦労をかけるな。》
ロゼ《でも大変ですが、同時に楽しさを感じています。この調子で、ヴィクター様がお帰りになるまでに、大体の事は仕込みますので…。》
ヴィ《ああ、期待してるぞ。》