70 棺桶の女
この小説はフィクションです。実在の人物、団体、宗教とは関係ありません。
-昼過ぎ
@死都近郊の草原
「…なぁミシェル、見てみろよ。死都があんなに近くに見えるぜ…?」
「…そうですね。」
「俺、そこまで悪い事したかな? 確かに、悪いことはしたかもしれないよ?でも、だからってこの仕打ちはないよ…。」
「…そうですね。」
「「 ……はぁ〜。 」」
俺たちは現在、死都への楽しいドライブ中である。俺の車は座席が2つしか無いので、助手席にカティアを乗せて、クエントとミシェルには荷台に乗ってもらっている。荷台と言っても、他の車よりは容量が大きいし、普段はオープンにしているが、専用のゴムシートで覆えば、雨天時でも快適なはずだ。
そんな楽しいはずのドライブだと言うのに、助手席のカティアは喋らないし、荷台はお通夜状態だしで気分が悪い。
「なあ、なんかマズかったか? 荷台から悲惨な空気が漂ってるんだけど。」
「…あのねぇ、死都にたった4人で行くなんて、非常識なのよ?」
「でもカティア、この前は一人で来たんだろ? 人の事言えないじゃん。」
「私はいいの! 一応、オヤジからも死都に生息してるミュータントの話とか、そいつらと戦った武勇伝とやらを聞かされてたからね。それに、前にBランクの人たちとパーティーを組む機会があったんだけど…。」
「…何だよ?」
「死都に入るなり、8人いた人間が3人になったわ…。」
「マジかよ!?」
「あの時は、オヤジに負けるかって思って参加したけど、他にも一旗揚げようとした子達がいてね? まあ、全員死んじゃったんだけど、あれからランクに見合った仕事ってのを考える良い機会になったわ…。」
しれっと、重い話をぶち込んできたぞこの女。余計に空気が悪くなるだろうがッ! 今の話のせいで、荷台からの圧も高くなった気がするし!
ちなみに、今は4人で会話できるように、車のキャビンの後部…ちょうど、俺とカティアの頭の後ろにある窓は開けられている。
カティアの話で、やはり崩壊後は人間が簡単に死んでしまうという事は再確認できた。あのガラルドでさえ、ここで命を落としているのだ。油断は禁物だ。
では、死都で生き延びるにはどうすればいいのかというと、戦わなければ良いのだ。ミュータントや野盗と、命のやり取りをするから、命を落とすのだ。余計なリスクは最小限にするべきだ。
別に俺は英雄でもなければ、映画の中の主人公を演じるつもりもない。死都で生き延びるには、戦わないという選択肢が一番良いのだ。
「そういえば、私…依頼の内容聞いてないんだけど?」
「ああ、泣いてたもんな?」
「うっ、うるさいわねッ!ほっといてよっ!! で、依頼って何なの!?」
「あ〜リーダー、説明してくれ。」
「……。」
流石に、後方からの悲惨なオーラに耐えきれず、声をかけてみたが反応が無い…。
「リーダー? おい、クエント?」
「クエントさん!呼ばれてますよ!」
「何だ、ミシェルか…。一瞬、天使か何かだと思ったぜ…。」
「なっ、ななな…!」
「…ミシェルが美形だからって、流石にそれはないだろクエント。」
「…キモッ。」
「うっ、カティアの言葉が俺のハートにヒビを…!」
「いいから、依頼の説明してよッ!」
クエントの奴…精神的に参ってるようだ。流石に言動がキモいぞ。…確かに、ミシェルに白い服着せて、背中に翼とか付けたら似合いそうだな。その金髪碧眼イケメンフェイスで、お姉さん達を虜にする事間違いないだろうな…。
そうこうしている間にも、車は死都に入り、ガラルドの秘密基地へ向けて順調に進んでいる。今回も、ロゼッタのサポートで衛星を使っている。生体反応がある箇所や、崩れて通れない箇所を避けている。これで、宣言通りに戦わずに済むはずだ。
「ゲェッ!死都に入ってる!?いつの間にッ!」
「先程から入ってますが…。」
「ちょっと、依頼はッ!?」
「マジかよ…もう引き返せない…。」
「もう、覚悟決めましょう?」
「ねぇ!い〜ら〜い〜ッ!!」
「…カティア、うるさいわッ!!耳元で大声を出すな!」
死都に入ったことで、クエントの様子が更に暗くなってしまった。こうなることを見越して、カティアに依頼の説明をさせて、今を忘れさせようとしたのだが…。
今回の依頼、それは人の捜索依頼だった。依頼主は自治防衛隊…先日、俺に100万Ⓜ︎ポンッとくれたプルートとかいう奴が、リーダーになった組織だ。あいつが金を渡してくれてなければ、今頃大変な事になっていただろう。…いや初対面の時に、デブとか思ってすまん…プルート、あんたいい奴だよ…。
依頼内容は、プルートの兄…クソデブ不細工の野郎が、街から逃亡する際に、護衛を何名か連れて行ったらしいのだが、帰って来て無いらしい…。
俺たちの仕事は、そいつらの遺品の回収と、死体が残っていたらその処理だ。…依頼主は、彼らがまだ生きているとは考えていないようだ。
* * *
-1時間後
@秘密基地
カティア達が、騒いだり静かになったりしている間に、秘密基地へと着いた。もちろん、その間にミュータントや野盗の襲撃などは何も無かった。というよりも、避けたという方が正しいか…。
今度は、秘密基地に入るなり皆大騒ぎだった。
「うわぁ!ここがあのガラルドさんの秘密基地ですか!?」
「スゲェ!何だ何だ!? 崩壊前の建物を再利用してるのか!? やっぱり、英雄は考えることが違うなぁ!!」
「無いッ!無いッ!! 本当に車が無いぃ!!」
「お前らはしゃぎ過ぎだぞ! まあ、ここは安全だ、寛いでくれ。…あっ、その前にお前らちょっと来い。」
全員を秘密基地…地下駐車場の一角に作った、ガラルドの墓標へと連れて行く。
「ねぇ、ヴィクター。これって…。」
「ああ、ガラルドだ。お前らも挨拶しとけ。」
「なっ!…ガラルドさん、お邪魔します。俺はクエントっていいますッ!」
「あっ!…僕はミシェルっていいますッ!よろしくお願いします!」
「……。」
カティアの反応が無い。やはり、墓を前にすると色々あるのだろう。…とか思っていたら、カティアはガラルドの墓標代りにしていた、カービン…『レゴリス』とか言ったか?それを掴んで、持って行こうとしていた。
俺はカティアの腕を無言で抑え、ガラルドの墓とカティアの間に立つ。
「ちょっと、何よ!?」
「何じゃないわ!お前、どういうつもりだッ!?」
「あの銃、オヤジのでしょ!? 私が使う!それか売るわ!」
「何だって?ダメに決まってるだろうが! これはガラルドの墓標なんだよッ!!」
「何でよ、いいじゃない!? 使わないなんて勿体無いわ!それにソレ、凄く高い奴だから良い金になるわ!」
「それでもダメなの!」
恩人の遺品を売る?それを売るなんてとんでもない!!
俺はそう考えていたが、クエントやミシェルも、カティアの意見に賛成していた。…やはり、崩壊前と崩壊後では価値観が違うのだろうか?
しかし、俺もガラルドの墓標は守りたい。そこで、妥協案を出してカティアを納得させることにした。
「…あ〜もうっ!分かった、分かったよ!」
「やっと分かった?じゃあヴィクター、その銃を渡して。」
「ダメだ!」
「ちょっと、分かってないじゃない!」
「カティア…もしこの銃と、それよりもっと良い銃があったら、どっちが欲しい?」
「…良い奴に決まってるじゃない。」
「じゃあ、お前にもっと良い銃をやる。だからこれは諦めろ。」
「どんなの?」
「ここには無いが、凄いやつだぞ。…遺物に近い代物だ。」
「な、何ですって!?」
「それがあれば、お前も大活躍!あっという間に、金持ちだ!」
「…何か胡散臭いけど、信用出来るんでしょうね?」
ミスった!カティアを言いくるめられそうだったのに、最後の一言が余計だったか。そう思っていたら、ミシェルが話に入ってきた。
「あ、あの…カティアさん。」
「ん?どうしたのミシェル?」
「これ…ヴィクターさんから貰ったんですけど…。」
「……。」
ミシェルは、以前俺が与えた4連式拳銃をカティアに渡した。カティアは、マジマジと見つめると、握ったり構えたりして、感触を確かめている。流石に職業柄、銃の良し悪しは、手に取れば分かるのだろう。カティアは、俺の妥協案に応じることにしたようだ。
「…わかった。ヴィクターの言う通りでいいわ。でも、良いものじゃなかったら、その銃は貰うからね!」
(ナイスフォローだったぞ!ミシェル!)
(いえ…どうも。)
* * *
-1時間後
@死都 秘密基地前
ゴタゴタが片付いた後、野営の準備を行った。大体の作業が終わり、今は皆リラックスしている。流石に、この広大な死都で捜索を行うには、今日はもう時間が足りないだろう。依頼の内容からして、狼旅団がアジトにしていた、拘置所跡を中心に捜せばいいはずだ。
今回ここに訪れたのは、捜索が長引き、数日間死都に滞在する必要があるかもしれないのと、カティアをガラルドの墓に連れて来る目的があった。…後悔したがな。
あと、何かあったような気がするんだが、何だったかな?…まあ、いいか。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ!」
「行ってらっしゃい。」
「ヴィクター、気をつけろよ!」
「ヴィクターさん、お気をつけて!」
俺は、見回りと称して外に出ることにした。皆付いていくと言っていたが、カティアに渡す銃を隠している場所を知られたく無いと言って、断った。実際に、カティアに渡す予定の銃がノア6にあるので、一旦帰って取ってこようと思っていたのだ。
秘密基地を出て、しばらく車を走らせると、見覚えのある箱が道路の真ん中に置かれていた。俺が、ジュディを閉じ込めて捨てた奴だ。
…そういえばあの後、ロゼッタと話してから色々と後悔したので、ジュディがどうなってるか確かめに行くと言っていたのに、すっかり忘れていた。カティアが暴れたからな、仕方ない。
ジュディ…生きてるのかな? だとしたら、2日…いや、今日で3日目か?かなり長い時間、閉じ込められている事になるが…。
車を降りて箱を見ると、周囲には動物の糞のようなものが散乱しており、箱は引っ掻き傷があったり、何かで叩かれたのか所々凹んでいたりとボロボロだった。だが、箱の中身は無事のようだ。
俺は、恐る恐る箱に手をかけた…。
* * *
-同時刻
@ジュディの棺
……もう、どれくらいの時間が経ったのだろう。
あれから、この暗くて狭い箱の中に閉じ込められて、何かに叩かれたり、恐ろしい怪物の声を聞かされた。
初めはとても恐ろしくて、何度も悪い夢だと思い、恐怖で気絶して目覚めるたびに絶望した。だが、今ではどうという事はない。
…そういえば、いつからアタシは暗くて狭い所が怖く感じるようになったのだろうか?
そうだ!あれは確か、10年前の…アタシ…私がまだ子供だった頃……孤児院の教会の前で…。
ーージュディの回想(ジュディ8才の頃)ーー
「や、やめようよカティアちゃんッ!」
「はぁ、ジュディ…あなたのそうゆうとこ、よくないわよ!」
「うう…でもぉ…。」
「ウシシ…あのクソ神父、いいバイクじゃないの!」
あの時、教会の前で私はカティアちゃん…カティアと遊んでいた。カティアとは、物心ついた頃から一緒にいた。彼女はいつも元気いっぱいで、皆んなを引っ張っていた。彼女はちょっと…いや、かなり悪戯っ子だったが、私はいつもそんな彼女に引っ張られていた。
そういえばあの頃の私は、臆病でいつもオドオドしてたっけ…思い出すと、恥ずかしいな。
それで、あの時教会の前に、神父の愛車のバイクが停めてあって、それを見たカティアが、バイクに乗ってみようって言い出したんだっけ。バイクはカッコイイとは思ってたけど、神父が怖くて近くで見たことは、あの時まで無かったな…。
カティアは、私の手を引いて、神父のバイクに近づいていった。
「神父にしちゃ、カッコイイわよね。」
「そ、そうだね。も、もう見終わったから帰ろ?」
「は?いや、まだ乗ってないし。」
「ほ、本当に乗るの?怒られちゃうよぅ!」
この教会の神父…ジェイコブ神父は、怒ると本当に怖い。特に、教会の地下にある通称『お仕置き部屋』に連れて行かれると、死ぬより恐ろしい目にあうと言われており、どんな問題児も真人間になって帰ってくると噂され、孤児院の子供たちからは恐れられていたのだ。
「ふん、ふん!よっこらせっと! ジュディ、乗れたよ〜!」
「あわわ!早く降りてよ〜!」
「これ、どうすれば動くかな?」
「カティアちゃん!やめて!本当にやめてッ!」
カティアは、私の制止も聞かずにバイクに飛び乗ると、バイクのエンジンを動かそうと、色々弄り始めた。私は、「どうか何事もありませんようにッ!」と神さまに祈った。だが私の祈りは届く事はなく、カティアはバイクのエンジンを動かすことに成功してしまった。
-ドゥルンッ!ドッドッドッドッ…
「やった!ジュディ、動いたよ〜!」
「どおして動かせちゃうのぉ!? 神さまのバカぁ!!」
「えっと、確か右手があくせる?で、左手がくらっち?で、それからギアは左足で変えるんだよね?」
「な、何でそんなにくわしいのぉ!?」
「よし!」
「よし! じゃないよぉ!!」
カティアはバイクのアクセルを全開して、クラッチを繋いだ。だが、バイクのスタンドを立てたままで、足も地面についていない状態だったので、バイクはバランスを崩して盛大に転倒してしまった。
「うわっちッ!!」
「か、カティアちゃん!? 大丈夫!?」
「いてて…バイクってむずかしいのね、もうのらないわ!」
「そ、それよりこれどうするの!?」
目の前には、神父の愛車が盛大に倒れている。これを見た神父がどういう風になるのか、まるで予想がつかない。
「何だぁ、今の音はッ!? ってぇ!?俺のバイクがァァァ!!」
これからどうしようかと考える暇も無く、神父が教会から飛んできた。
「おいジュディ…テメェよくもやってくれたなぁ!!」
「ヒィッ!そ、それはカティアちゃんが…。」
「あ゛あ゛ん?テメェ、人のせいにすんのかぁ?」
「ほ、ほら…カティアちゃんも謝って…って、いないッ!?」
気づいたら、カティアは居なくなっていた。残されたのは、倒れたバイクと私…それからジェイコブ神父…。私が、事件の首謀者と見られてしまったようだ。
「ち、違うんですッ!私じゃなくて、カティアちゃんが…」
私の弁明は、神父が私の腕を掴んだことで中止になった。
「もういい…ジュディ、地下でゆっくりお話ししようか?」
「ヒィッ!やだ…やだやだやだッ!ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
神父は私の腕を引いて、地下への階段へと向かって行く。
「ううぇぇぇん…どぉして…何でわたしがぁ!?」
「さっさと歩けッ!このクソガキがぁ! あの十字架背負ったマゾの方が、10倍は早く歩いてるだろ!」
神父は、教会の十字架を背負った救世主の像を指差しながら、こう言い放った。…何でこの人は『神父』なんだろうか?今考えても、変な人だ…。
お仕置き部屋の中に入ると、そこは身の毛もよだつ恐ろしい空間だった…。思い出したくもない…。とにかく、たくさんの棺桶が並んでおり、神父はその一つへと私を押し込んで、釘を打ってしまったのだ。
それから、土葬寸前になってから暴れまわって、やっと救出されたのだが、あれ以来、箱の中のような暗くて狭い所に恐怖するようになってしまったのだ。
ーー回想終わりーー
そういえば、あれ以来カティアとあまり関わらないようになっちゃったな…。お互いにわだかまりを解消してたら、昔みたいに仲良く出来たのかな?
どうしてこんなことになっちゃったんだろ…。
寒い…。ひもじい…。惨めだ…。このまま死んでいくのかな?
……い、嫌だッ!こんなのって無いよ!あんまりだよ!こんなことになるなら、あの人達の言う事をちゃんと聞いておくんだった!抱きたいなら、好きなだけ抱いてくれていい!奴隷でも何でもする!だから、出して!この暗闇から、私を助けて下さいッ!!
私は祈った。神父からは、祈るだけ時間の無駄だとか、神なんていないと言われていたが、私は祈った。
絶望で、頭がおかしくなりそうなその時、眩しい光が差し込んできたのだ。
(…か、神さま!何だ、本当はいるんじゃない…。神父の嘘つき。)




